降格というのは、選手にとってある種の「踏み絵」になる。
チームと心中するか。それとも、自分のキャリアを優先して出ていくか。どちらが正しいとは言えない。ただ、どちらを選ぶかによって、その選手が何者であるかが、少しだけ見えてくる。
中村敬斗が今、その踏み絵の前に立っている。
スタッド・ランスが今季のリーグ1を最下位付近で終え、リーグ2に降格した。その結果を受けて、サウジプロリーグのアル・ファイハFCが中村の獲得に動いているとジャーナリストのサシャ・タヴォリエリは報じている。正式オファーはまだ届いていないが、すでに選手サイドとサウジ首脳陣の間で話し合いが行われたという。
理屈はわかる。
中村はランスの低迷の中で、32試合11ゴールという数字を残した。リーグ2でのプレーを望んでいない、というのも報道の通りだろう。25歳、W杯を2度経験した選手が、二部のリーグでくすぶることを望まないのは自然な感情だ。
だが、行き先がサウジアラビアというのは、少し立ち止まって考えてしまう。
中村のキャリアを振り返ると、ひたすら「上を目指してきた」軌跡がある。
オランダのFCトゥエンテ、オーストリアのザルツブルク、ヤング・ボーイズへのローン、LASKリンツ、そしてフランス。一つひとつのステップが、より高い舞台へ向かうための助走だった。ランスに加入したのも、リーグ・アンというフランス一部の舞台で自分を証明するためだったはずだ。
その文脈に、サウジという選択肢はうまく収まらない。
もちろん、サウジリーグを一概に「降格」と見なすことはできない時代になった。ネイマール、ベンゼマ、マネ——世界的な選手たちが移籍した実績がある。資金力も人材も、かつてとは別次元だ。中村が引き付けられているアル・ファイハは今季34試合で13位に終わり、わずか27ゴールしか奪えなかった攻撃陣の補強を急いでいる。中村への関心は、そのニーズから来ている。
ただ、25歳という年齢はどう考えても、欧州の舞台でまだ勝負できる年齢だ。
"まだ上がれる選手が、脇道に入るのは惜しい"——という感覚は、おそらく多くの人が持つだろう。
気になるのは、この状況の「タイミング」である。
今夏は北中米W杯の年だ。日本代表のウインガーとして招集されているなら、大会後の市場価値は大きく変わりうる。逆に言えば、大会前に焦って決断する必要は、本人にはないはずだ。
それでもサウジ側が今この時点で動いているのは、ランスの降格という「ディスカウント」を狙っているからだろう。クラブの足元が弱くなっている今が、最も安く、最も話がしやすいタイミングだ。交渉の機微として、これは理にかなっている。
選手サイドがどう判断するか。
リーグ2を1年経験してから再び欧州の一部リーグを目指すのか。それとも、経済的な安定と引き換えにサウジへ渡るのか。あるいは、欧州の別のクラブへの移籍が水面下で動いているのか。
報道は「サウジからの接触」という事実を伝えているが、中村の本心はまだ見えない。
ピッチに立つ選手にとって、リーグ2というカテゴリーは単なる「格」の問題じゃない。対戦相手のフィジカル強度、スカウトの目の届き方、試合が放映される媒体の規模——すべてが変わる。見てもらえなくなる、というのが一番怖い。
その恐怖が、今の話し合いを加速させているとしたら、それは選手として正直な反応だと思う。
ただ、一つだけ言えることがある。
25歳というのは、まだ「答え」を出す必要のない年齢でもある。焦って脇道に入るより、もう一年、見られる場所で戦い続けた選手の方が、最終的に遠くへ行けることが多い。
中村がどちらを選ぶのか。W杯という大きなイベントを前に、静かに、しかし重要な決断が迫られている。
