三笘薫を初めて見たとき、あの感覚を覚えている人はいるだろうか。
「これは本物だ」という確信が、頭よりも先に体に来る瞬間。サッカーを長くやってきた人間なら、その感覚が何を意味するかをわかっている。うまい選手は山ほどいる。でも、見る者を前のめりにさせる選手は、そう多くない。
鈴木唯人は、そちら側の選手だ。
ブラジル戦を控えている。
6月30日、深夜2時のキックオフ。日本にとって、おそらく今大会最大の山場になる。その試合で、鈴木がどれほどの時間をピッチで過ごせるかはわからない。でも今日、この選手のことを書いておきたかった。知ってほしいと思ったから。
まだ多くの人が知らない。それが少し、もったいない。
フライブルクへの移籍前、鈴木はブロンビーIFで約1年半プレーした。69試合、23ゴール、15アシスト。数字も十分だが、現地の評価の方が印象深かった。
ブロンビーを専門に取り上げるサイト「Vilfortpark.dk」の編集長は、こう言っている。
"デンマーク・スーパーリーガ史上、技術的に最も恵まれた選手の一人"
デンマークのサッカーを地元で見続けてきた人間がそう言うのだ。単なるリップサービスではないだろう。
この評価が出てきたとき、日本では誰も騒がなかった。パリオリンピックには所属クラブの都合で出られず、注目を集める舞台を逃した。三笘が川崎やベルギーで着実に足跡を刻んでいたころとは、少し違う文脈を歩いてきた選手だ。
だからこそ、まだ「発見」の余地がある。
技術の話をしたい。
ドリブルが得意、というのは正確な表現ではないかもしれない。華麗なスキルムーブで相手を抜き去るタイプというよりも、ボールを持った状態での速さと、相手の逆をつく判断の速さが際立つ。
これはピッチに立ったことのある人間ならわかる。技術が高い選手は「ボールを持ってから考える」のではなく、「受ける前に答えを持っている」のだ。狭いスペースを打開するのに、無理なスキルは要らない。体の向き、ファーストタッチ、そして次の一手。それが整っている選手は、力んで見えない。むしろ、涼しい顔をしている。
鈴木のプレーを見ていると、それを感じる瞬間がある。
押しつけがましくない。でも、確実にチャンスを作っている。
チュニジア戦での途中出場でも、そのドリブルが何度かチャンスの起点になった。限られた時間の中で、「らしさ」を見せた。
2023年11月、U22の代表戦でアルゼンチンを5-2で下した試合がある。
鈴木は2得点を挙げ、チームを牽引した。アルゼンチンの育成は世界的にも屈指で、そのカテゴリーに対してこれほどの大勝をもたらした選手が、まだ多くの人に知られていない。
24歳。
この年齢で今大会のメンバーに名前を連ねているという事実は、単純に「若手枠」の話ではない。次のサイクルを見据えた時、この選手が攻撃の軸にいることは、もはや既定路線に近いのではないかと思っている。
フライブルクでの適応にはある程度の時間を要した、と伝えられている。
フィジカル面、守備の強度、ドイツのリーグのテンポ。それらに馴染むまでの時間は、決して短くなかったようだ。でも今季、チームはUEFAヨーロッパリーグの決勝まで勝ち進んだ。その道のりで鈴木が牽引役を担ったという事実は、適応が単なる「慣れ」ではなく、本質的な成長だったことを示している。
ストラスブールで何も掴めず、ブロンビーでの最初の半年も模索が続いた。それでも諦めなかった選手が、今ここにいる。
その軌跡が、また一つ奥行きを持たせる。
ブラジル戦で、鈴木が決定的な場面に絡んだら。
そのとき初めて多くの人が名前を覚えるかもしれない。でも、できれば今夜、試合前に一度この選手のことを頭に入れておいてほしい。
理屈ではなく、見ていて楽しいサッカー選手が、日本にいる。
まだあまり知られていない。それが今日、変わるかもしれない。
