去年の10月、東京スタジアムで日本がブラジルを3-2で破った夜のことを覚えているだろうか。
あの試合、正直に言う。 「たまたまだ」と思った人間は、少なくないはずだ。 ブラジルのベストメンバーではなかった、コンディション的な問題があった、日本にとってホームだった——そういう留保が、無意識のうちに頭をよぎった。 それは一種の防衛本能だ。長年の記憶が、あまりにも根深いから。
1990年代に少年だったなら、ブラジルはもはや「別の生き物」だった。
ロナウド、リバウド、ロナウジーニョ、カカ。 バロンドールを手にしたブラジル人が、まるで順番待ちをするように連続して現れた。1997年から2007年の間、世界最優秀選手の称号はほとんどブラジルの持ち物だった。
そしてカカが2007年に受賞して以来、ブラジル人の名は一度もその頂点に刻まれていない。 約18年。
ヴィニシウスは2024年、限りなく近いところまで行った。しかし届かなかった。授賞式にブラジル側は現れず、その欠席そのものがある種の憤りの表れだったかもしれないが、受賞という事実は覆らない。「憧れのブラジル人」を、日本の子どもたちはいつの間にか描きにくくなっている。
象徴の不在は、実力の低下と無縁ではない。
数字で見ると、それはもっと残酷に、そして希望に満ちて見える。
World Football Elo Ratingsという指標がある。チェス由来の相対評価をサッカー向けに改良したもので、勝敗だけでなく得失点差やホームアドバンテージも計算に折り込む。学術的にも予測精度が高いとされ、FIFAも2018年からこの方式を取り入れた。
参考情報として手元にあるデータによれば、2021年のブラジルのEloは2149。日本は1760。その差389点。 当時の中立地における日本の期待勝率は、9.6%だった。
10回やって1回勝てるかどうか。 それがほんの5年前の現実だった。
そして2026年6月現在、ブラジルは2009、日本は1910。 差は99点。 期待勝率は36.1%。
5年で4倍近く跳ね上がった。 「ほぼ一方的」から「3回に1回は十分あり得る」へ。
ここで強調しておきたいのは、これは「日本が頑張った」という話だけじゃない。ブラジルが下がったという話でもある。2021年から現在にかけて、ブラジルのEloは約140点落ちた。日本が同じ期間に約150点上げたこととほぼ対称をなしている。双方向の動きが、この99点差を生んだ。
世代交代の難しさ、南米予選での苦戦、監督の交代——ブラジルもまた、自分たちの問題と格闘している。
決勝トーナメント1回戦、日本対ブラジルが現実になるかもしれない。 会場はアメリカ。中立地だ。ホームアドバンテージは、お互いにない。
Eloの序列で言えば、6月26日時点でブラジルは世界5位、日本は13位。ブラジルはまだ「2位グループ」の最後尾ではある。けれど日本は、その背中が視野に入る位置にいる。
1992年当時のElo差は約469点。それが30年で99点になった。 数字の縮まり方は、ドイツやスペインに勝った夜の興奮だけじゃ説明できない。久保、三笘、鎌田ら欧州主要リーグでプレーする選手層が分厚くなり、チームとしての練度が積み上がった。構造的な変化が、Eloの変化として現れている。
それでも、だ。
99点差というのは、依然として差がある、ということでもある。 64%対36%。ブラジルが有利な試合であることは変わらない。
でも考えてほしい。 かつて「10%以下」だった数字が、今は「36%」になっている。 3回やれば1回以上は日本が勝つ計算になる、そういう水準だ。
昨年10月、東京で勝ったあの夜を「たまたまだ」と片付けることは、もうできない。 あれはたまたまじゃなかった——少なくとも、そう言い切れるだけの根拠が、数字の中にある。
期待していい。 それだけは確かだ。
