負傷というのは、残酷なほどシンプルに夢を断ち切る。
ウルバーハンプトン戦で三笘薫が太ももを痛めた瞬間、おそらく本人はすぐに悟ったはずだ。大会まで間に合わない、と。ピッチに倒れた選手の表情を遠くから見ていても、あの種の痛みと落胆は伝わってくる。プレーしたことのある者なら、なおさら。
fussballdaten.deが伝えるところによれば、日本サッカー協会が発表した2026年W杯最終メンバーに三笘の名前はなかった。森保監督は、医療スタッフの判断を受けて落選を決断した。
選ばれなかった男の話ではない。 今回書きたいのは、選ばれた男の話だ。
伊藤洋輝が、またW杯のピッチに立つ。
27歳。ジュビロ磐田からシュトゥットガルトへ渡り、そこからバイエルン・ミュンヘンへ。日本人DFがたどれるキャリアとしては、ほとんど前例のない軌跡を描いてきた男が、今夏は北米の地でボールを追う。今回が2度目のW杯だ。
センターバックもできる。左サイドバックもできる。守備的MFもこなせる。記事はそのユーティリティ性を評価の根拠として記しているが、私はそこに少し引っかかりを覚える。
「何でもできる」という評価は、諸刃の剣だ。
どのポジションでも及第点を出せる選手は重宝される。ベンチワークとして頭数に入れやすいし、試合の流れによって駒として動かしやすい。でも裏を返せば、「ここに伊藤しかいない」という絶対的な場所を持ちにくい。90分間、自分の仕事を全うしたあとで「お前がいなければ勝てなかった」と言われる機会が、そのぶん減る。
それは選手として、切ない立ち位置でもある。
ただ、バイエルンというクラブを選んだこと自体が、伊藤の意思表示だったと私は思っている。
シュトゥットガルトで地位を築き、評価を受けた選手が次に選ぶクラブとして、バイエルンはあまりにも重い。ブンデスリーガの頂点に君臨するクラブで、出場機会が保証されているわけではない。それでも彼はそこを選んだ。
ユーティリティとして生きることと、高い水準の競争に身を置き続けることは、矛盾しない。むしろバイエルンという環境が、彼の多様性をさらに研ぎ澄ましているとも言える。毎週、世界トップクラスの同僚・対戦相手と渡り合うなかで培われた経験値は、代表の最終ラインに確実に宿っている。
日本のグループFの相手はオランダ、チュニジア、スウェーデン。なかでもオランダ戦(6月14日、ダラス)は、代表の守備陣に突きつけられる最初の試験になる。フィジカルとスピードを兼ね備えたオランダのアタッカーたちを前に、伊藤がどこでどう立って、何を防ぐか。それは机上の戦術論では語れない、ピッチ上の肌感覚の勝負になる。
三笘の不在は、チームにとって大きな痛手であることは間違いない。
でも同時に、誰かの出番が増えるということでもある。
ブンデスリーガからは今回、伊藤を含む6名が選ばれた。堂安律、佐野海舟、鈴木唯人、菅原由勢、塩谷司——それぞれのクラブで積んできた時間が、グループステージの90分ずつに凝縮されていく。
スターが欠けたとき、別の誰かの物語が動き出す。
サッカーというのは、いつもそうやってできている。
伊藤洋輝が2度目のW杯で何を見せるか。 私はそこをじっくり見届けたいと思っている。
