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予言を、海の向こうから呼び戻した国——フランス対モロッコ、鏡の前の再会【W杯2026】

2026年7月7日 リリース·独自記事

7月9日、ワールドカップ準々決勝、フランス対モロッコ。 2022年カタール大会の準決勝と、同じカードである。 ただの再戦じゃない。これは、鏡の前の再会なのだ。

半世紀前、王様ペレは予言した。近い将来、アフリカの国がワールドカップを制する、と。 その予言を先に叶えてしまったのは、実はフランスだった——前の稿で、そう書いた。旧植民地から渡った移民たちがパリの郊外に根を下ろし、その団地からジダンが生まれ、ムバッペが生まれた。いまのフランス代表は、26人中16人がアフリカにルーツを持つ。アフリカの才能を、国境の「内側」で開花させた国。 その稿の結びに、こう記した。「同じ予言を、逆向きに訳そうとしている国」がある、と。 今日は、その国の話である。

モロッコをよく知らない人のために、まず近年の戦績を並べておく。 2022年、ベスト4。ベルギーを倒し、スペインを倒し、ポルトガルを倒した。アフリカ勢もアラブ勢も、誰も踏んだことのない場所だった。 2024年、パリ五輪で銅メダル。 2025年、U-20ワールドカップ優勝。決勝でアルゼンチンを破っての世界一だ。 今年1月、地元開催のアフリカ選手権は決勝で涙を呑んだ。それでも今大会はブラジルと引き分け、オランダをPK戦で沈め、カナダを3-0で退けて無敗のベスト8。FIFAランキングは一桁で、ドイツやイタリアより上にいる。 まぐれは、4年も続かない。


アシュラフ・ハキミは、マドリードで生まれた。

母は人の家を掃除して働いた。父は路上で物を売った。 「両親は、僕のために犠牲になった」。 そんな家の息子が、8歳でレアル・マドリードの下部組織に入る。白い巨人が育てた、生粋のマドリードっ子だ。

けれど、スペイン代表の練習場は「自分の居場所だと感じられなかった」と、のちに彼は明かしている。 家に帰れば、そこは小さなモロッコだった。 一度も赤いユニフォームに袖を通さないまま、17歳でモロッコを選んだ。

2022年12月6日。伏線は回収される。 ラウンド16、モロッコ対スペイン。0-0のままPK戦へ。 最後のキッカーはハキミだった。マドリード生まれの男は助走から、ふわりとボールを浮かせた。 パネンカ。 スペインは、マドリードの子に沈められたのだ。 あの大会、彼は勝つたびにスタンドへ駆け寄り、母の額に口づけた。


なぜ、そんな選手が生まれるのか。

歴史を掘ると、フランスの時とまったく同じ地層が出てくる。 1960年代、独立したばかりのモロッコは、国を挙げて労働者を送り出した。フランス、西ドイツ、ベルギー、オランダと、次々に協定を結んで。北部リーフの村々からオランダの炭鉱へ。やがてスペインへ、イタリアへ。ハキミの両親がマドリードに渡ったのも、この大きな流れの中でだ。 石油危機で欧州の門が閉じると、人々は家族を呼び寄せ、根を下ろした。二世が生まれ、三世が生まれた。

祖国の外で生きるモロッコ人と、その子孫たち。その数はいまや推計600万——人口のおよそ6人に1人が、海の向こうにいる計算になる。

そして、ここからがこの国の本題だ。 モロッコは、彼らを手放さなかった。 モロッコの国籍は、離れられない。法がそう出来ている。二世も三世も、生まれた瞬間からモロッコ人なのだ。毎年夏には150万人が船と車で帰省し、送金は国のGDPの8%を支え、憲法には在外国民のための章まである。 いまの代表にも、夏が来るたび、ああやって海を渡って「帰った」子ども時代を持つ者が少なくない。祖国は書類の上の言葉ではなく、祖母の家の匂いなのだ。

フランスは、国境の内側で市民を作る。 モロッコは、海の向こうで生まれた子を、「うちの子」と呼び続ける。 今大会の26人のうち、国外生まれは19人。この数字は戦略の結果である前に、国の形そのものなのだ。FIFAが国籍変更の規定を緩めたこの数年で、扉はさらに大きく開いた。


ブラヒム・ディアスは、その扉を外側から開けた男だ。

マラガ生まれ。母はスペイン人、父方の血がモロッコに繋がる。 マンチェスター・シティ、レアル・マドリード。スペイン育成の王道を歩き、2021年にはスペインA代表としてピッチに立った。 一度は、赤を着たのだ。

それでも2024年、彼は緑を選んだ。 「自分は100%スペイン人で、100%モロッコ人だ」。 裏切りじゃない。逃避でもない。二つの帰属を、二つとも抱えて生きるという宣言だ。 欧州で育ったモロッコの子らの中には、小さなミスさえ許されない視線を浴びてきた者もいる。それでも、彼らの選択を「差別からの逃亡」の一言で片付けてしまうと、このブラヒムの言葉が説明できなくなる。

かつてこの代表には、ハキム・ジエシュという男がいた。オランダに生まれ育ち、心で選べと言われて、心はモロッコを選んだ——そう語って緑を着た男は、代表で得た報酬のすべてを、モロッコの貧しい家庭に贈り続けた。 帰属とは、資格の話じゃない。誰に、何を、返したいかという話なのだ。

カナダ戦、ブラヒムは2アシスト。W杯通算4アシストは、アフリカ人の新記録だという。 最初から緑を選んだ男と、一度離れてから帰ってきた男。 二つの扉から入ったふたりが、いま同じロッカールームにいる。


ただし、呼び戻すだけの国だと思ったら間違える。

モロッコは、欧州で育った才能をこう口説くのだという。 「君には代表資格がある」ではなく、「ここには、君が人生を懸けるに値する本気のプロジェクトがある」と。 言葉だけなら、誰にでも言える。この国は、その言葉に実体を持たせた。 それが、首都ラバトの隣町サレに建つ王立のアカデミーだ。 2022年のスペイン戦のあと、ルイス・エンリケが記者会見で漏らした。あの子は、いったいどこから来たんだ——。 アッゼディン・ウナヒ。答えは、サレのアカデミーだった。 その男が、カナダ戦で2ゴール。U-20を世界一にしたチームの背骨も、ここの卒業生たちだ。呼び戻す国は、育てる国にもなった。

そして予言は、まだ南下を続けている。カサブランカではいま、セネガルやマリから来た移民の子どもたちが育ちはじめている。この話は、いつか稿を改めて。

フランス対モロッコ——どちらが勝っても、予言が勝つ。

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出典・参考文献

ペレの予言(1977年)——ESPN https://www.espn.com/soccer/story/_/id/37634085/africa-turn-win-world-cup フランス代表26人中16人がアフリカにルーツ——Afrik.com https://www.afrik.com/mondial-2026-les-16-bleus-aux-origines-africaines-l-algerie-en-tete 今大会26人中19人が国外生まれ/FIFAランク8位でドイツ・イタリアより上/ブラヒムの経歴(スペインA代表1キャップ→2024年転籍)と「100%スペイン人で100%モロッコ人」/「本気のプロジェクトがある」という勧誘思想——COMPAS(オックスフォード大学移民研究所)2026年6月 https://www.compas.ox.ac.uk/article/pride-of-place-the-story-behind-moroccos-world-cup-squad ハキミ「(スペインの育成拠点で)自分の居場所だと感じられなかった」/2022年大会の26人中14人(全出場国最多)/欧州育ちの選手たちの帰属をめぐる証言——COMPAS 2022年12月 https://www.compas.ox.ac.uk/article/moroccos-world-cup-the-diaspora-choose-to-champion-their-motherland 夏の帰省150万人(マルハバ作戦、2025年7月10日時点で1,520,951人)——Morocco World News https://www.moroccoworldnews.com/2025/07/231306/marhaba-2025-morocco-welcomes-1-5-million-diaspora-returns/ 送金がGDPの8%(2024年は129億ドル)——IFAD(国連国際農業開発基金) https://www.ifad.org/en/w/news/international-day-of-family-remittances-2025-morocco-migrants-sent-home-over-8-per-cent-of-gdp-in-2024 https://data.worldbank.org/indicator/BX.TRF.PWKR.DT.GD.ZS?locations=MA モハメドVIアカデミー(2009年国王開設、サレ。ウナヒら卒業生、2022年W杯スカッドに4人、U-20世界一チームの主力)——Wikipedia英語版 https://en.wikipedia.org/wiki/Mohammed_VI_Football_Academy

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