サッカーというスポーツは、どこかで必ず「タイミング」の話になる。
出場できるかどうか。使われるかどうか。試合に間に合うかどうか。選ばれるかどうか。そのどれもが、積み重ねた時間と、その時の運と、監督の頭の中にある絵とが交差した一点で決まる。
堂安律がアイントラハト・フランクフルトからW杯2026に臨む、という事実が持つ意味を、ぼくはしばらく考えていた。
2022年のカタール大会。堂安はあの大会で、間違いなく"印象"を残した。
グループステージ、ドイツ戦の逆転劇。後半から投入された堂安が放った同点弾は、世界中に流れた映像だ。スペイン戦でも存在感を見せ、日本が「本気でやれる」ということを証明する一人になった。
だが、結果として日本はベスト16止まり。クロアチア戦でPK戦の末に散った。
堂安はあの大会で何かをつかんだのか、それとも何かを取りこぼしたのか。見る側によって、評価は分かれたと思う。
そして今回、2度目のW杯へ向かう。
ここで少し立ち止まって考えたいのは、この2年間でどこで何をやってきたか、という話だ。
フライブルクから2024年にフランクフルトへ移籍。ブンデスリーガのなかでも毎シーズン上位を争うクラブへの移籍は、単純にステップアップとは言いきれない複雑さを持っていた。フライブルクではある程度の信頼と役割を築いていたわけで、それを手放してでも新しい場所を選んだということだ。
選手が「居心地のいい場所」を捨てるとき、そこには必ず何かしらの飢えがある。
W杯に向けた状態でいえば、フランクフルトでの経験がどう積み重なっているかが鍵になる。クラブの一員として戦い続ける中でコンディションを維持し、代表でも信頼される存在でいること。それは言葉にするほど簡単ではない。
ヘッセン放送の報道では、フランクフルトから複数の選手が各国代表に名を連ねている。ベルギーのテアテ、スイスのアメンダ、チュニジアのスキリ、そして堂安。各国の事情はそれぞれ異なるが、一つのクラブからこれだけの選手が大陸をまたいで集まってくる構図は、いまのフランクフルトの「層の厚さ」を示してもいる。
面白いのは、同じクラブの同僚として日々を共にしてきた選手たちが、W杯では対戦相手になりうるということだ。クラブと代表の二重性の中で、選手はどんな感情を抱えているのか。ピッチに立ったことがある人間なら、その奇妙さは少し想像できる。
一方でヒューゴ・ラーションはスウェーデン代表に選ばれなかった。報道ではその落選が「本人に大きなショックを与えた」と伝えられている。同じクラブの中に、W杯へ向かう選手と、W杯を失った選手が共存している。それもまた、フランクフルトのロッカールームのいまの姿だ。
堂安にとって、これは2度目のW杯だ。
参考情報として確認できるクラブ歴を見ると、PSVでのキャリアからビーレフェルト、フライブルクを経てフランクフルトへという流れが見えてくる。決して一本道ではなかった。ローンで出場機会を稼ぐ時期もあれば、代表での役割が固まりきらなかった時期もあった。
2度目のW杯というのは、1度目とは違う問いを突きつけてくる。
初めての舞台は、ただそこにいることに意味があった。だが2度目は、何をするために来たのかが問われる。初出場の輝きは使い切った。次は、積み上げてきたものをどう出すかだ。
"プレーで魅せるというより、勝てる選手になりたい"——そういった趣旨のことをかつて堂安が語っていたのを覚えている。その言葉の重さを、2度目のW杯で試す機会が来た、ということだ。
27歳。選手としてちょうど脂の乗り切った時期、と言っていい。
フランクフルトという環境で積んできたもの、日本代表という文脈の中での役割。それを持ち込んでどこまでやれるか。
ぼくは期待というより、静かな興味を持ってあの背番号を探すつもりでいる。
