Brøndbyernes Idrætsforening
ゴール裏スタンド「シュドシデン」の入口側から見たブレンビー・スタディオン(2017年撮影)
黄色に染まるゴール裏の立ち見スタンド「シュドシデン(南側)」。2016年7月のホームゲームで
ブレンビーの旧村の中心、ブレンビーヴェスター教会
写真: Tøndemageren(2017年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Tøndemageren(2016年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Ib Rasmussen(2007年)・Public domain・Commons(いずれもトリミング加工)
コペンハーゲンの西郊外ブレンビーを本拠とする、デンマーク屈指の人気クラブ。1964年に地元の2クラブが合併して生まれ、ミカエル・ラウドルップやペーター・シュマイケルを送り出して国内リーグ11回の優勝を重ねた。2023年に加入した鈴木唯人が攻撃の中心として活躍し、2025年からは福田翔生がプレーしている。
📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典31件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。
2026-27シーズンのスーペルリーガで4位(12チーム中・勝ち点22)順位表 →
今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。
1964年12月3日、ブレンビー自治体の2つのクラブ、ブレンビーヴェスターIFとブレンビーエスターIFが合併して誕生した。合併は自治体が新しいスタジアムを建設する前提条件でもあった。地域リーグから一歩ずつ昇格を重ね、1978年にはデンマークで初めて有償のプロ契約を軌道に乗せたクラブとなり、1981年10月に1部昇格を決めて翌1982年に初めてトップリーグを戦った。同じ1982年には、ミカエル・ラウドルップがクラブから初めてデンマーク代表に選ばれている。
1985年、当時としては最も若いクラブとしてデンマーク王者に輝くと、1987・1988・1990・1991年と優勝を重ねて国内の盟主となった。1987年にはコペンハーゲン証券取引所に上場。1990-91シーズンにはモーテン・オルセン監督のもとUEFAカップでアイントラハト・フランクフルトやバイエル・レバークーゼンを破り、準決勝に進出した。ローマとの準決勝は第1戦を0-0で終えたが、第2戦は終了間際にルディ・フェラーの決勝点を許して1-2で敗れ、決勝には届かなかった。
黄金期の直後には経営危機が訪れた。1990年代初めに借入金で銀行インターバンクの株式を取得したが、銀行の破綻でクラブは約4億デンマーク・クローネの負債を抱え、1992年は7位と低迷した。それでもエッベ・スコウダール監督のもとで立て直し、1995-96シーズンからリーグ3連覇。1998年にはチャンピオンズリーグ本大会に初出場し、初戦でバイエルン・ミュンヘンを2-1で破った。2002年からはミカエル・ラウドルップが監督を務め、2004-05シーズンにリーグとカップの2冠を達成した。
2000年代後半からは優勝から遠ざかり、2013年冬には新たな出資でかろうじて破産を免れた。転機は2019年に就任したニールス・フレデリクセン監督で、2020-21シーズンに16年ぶり11回目のリーグ優勝を果たした。2022年10月には米国の投資グループ、グローバル・フットボール・ホールディングスが株式の過半数を取得。2023-24シーズンは首位と勝ち点1差の2位に入った。2025年9月にはスティーヴ・クーパーが監督に就いたが、4位に終わった2025-26シーズン後に退任し、2026年夏からはクラブの下部組織出身のトーマス・ノアゴーが指揮を執っている。
愛称: 西郊外の少年たち(Drengene fra Vestegnen) / BIF
| シーズン | リーグ | 順位 | トピック |
|---|---|---|---|
| 2021-22 | デンマーク・スーペルリーガ | 4 | 前年王者として臨んだシーズン。ヨーロッパリーグではグループステージに進出(リヨン、レンジャーズ、スパルタ・プラハと同組で4位)[6][11] |
| 2022-23 | デンマーク・スーペルリーガ | 5 | 2022年11月に優勝監督フレデリクセンが解任された[7][19] |
| 2023-24 | デンマーク・スーペルリーガ | 2 | 鈴木唯人の加入1年目。優勝したミッティランとは勝ち点1差[1][8][23] |
| 2024-25 | デンマーク・スーペルリーガ | 3 | 鈴木唯人がリーグ戦32試合12得点。シーズン後にフライブルクへ移籍した[9][23] |
| 2025-26 | デンマーク・スーペルリーガ | 4 | 福田翔生の加入1年目。9月にスティーヴ・クーパーが監督就任。欧州カップ戦出場権を懸けたプレーオフでFCコペンハーゲンに延長戦の末1-3で敗れた[5][10][27] |
1982年にクラブから初めてデンマーク代表に選ばれ、1983年に当時の国内最高額でユヴェントスへ移籍。のちに監督として戻り、2004-05シーズンのリーグとカップの2冠に導いた。[3][4][14]
ミカエルの弟。在籍中に1987・1988年のリーグ優勝を経験し、のちにEURO1992優勝メンバーとなった。デンマーク年間最優秀選手に4度選ばれている。[15]
4度のリーグ優勝と1988-89シーズンのカップ優勝に貢献し、1991年のUEFAカップ4強進出を最後尾から支えた。同年マンチェスター・ユナイテッドへ移籍し、翌1992年にはEUROを制した。[1][13]
公式戦110得点でクラブ歴代最多得点。7度のリーグ優勝を経験し、EURO1992決勝ではドイツ戦で2点目を決めた。サポーターはスタジアムを彼にちなんで「ヴィルフォート・パーク」と呼ぶ。[16]
3度にわたって指揮を執り、経営危機後のチームを立て直して1995-96シーズンからリーグ3連覇。1998年にはチャンピオンズリーグ本大会出場へ導いた。[1][17]
1996年からクラブの下部組織で育ち、2004-05シーズンの2冠に貢献。2006年1月にリバプールへ移籍し、2014年に復帰してブレンビーで現役を終えた。[5][18]
首都コペンハーゲンの西郊外、「ヴェスタイネン(西の郊外)」と呼ばれる一帯にある自治体。面積は約21平方キロとコンパクトで、南はケーゲ湾に面している。クラブの愛称「西郊外の少年たち」はこの土地柄に由来する。
自治体は西のブレンビーヴェスター、東のブレンビーエスター、南のブレンビー・ストランの3地区からなる。ブレンビーヴェスターは古い農家が残る歴史的な中心地で、役場もここにある。合併前の2クラブ、ブレンビーヴェスターIFとブレンビーエスターIFは、それぞれこの地区の名を冠していた。
南部のブレンビー・ストランには1960〜70年代に建てられた12棟の高層住宅群が並ぶ。住民の半数以上を外国にルーツを持つ人が占めたデンマークで最初の地区とされ、多様な人々が暮らす郊外の街でもある。
クラブ誕生の翌1965年に、スタンドのないグラウンドとして使われ始めた。1978年に最初のスタンドができ、その後の増築を経て1999〜2000年に大規模な改築を実施。2000年10月22日、2万8,000人を超える観衆の前で現在の姿に生まれ変わった。コペンハーゲンのパルケンに次ぐデンマーク第2の規模のスタジアムだ。
南側のゴール裏は立ち見席の「シュドシデン(南側)」で、ホームゲームではここが黄色に染まる。観客動員の記録は2003年6月18日のFCコペンハーゲン戦の31,508人。代表デビューを果たした所属選手の名前を壁に刻む伝統があり、鈴木唯人の名も2024年に加わった。
デンマーク有数の育成組織として知られ、2016年にはクラブの戦略「ストラテジ6.4」で国内最高峰のアカデミーの復活を目標に掲げた。近年もモーテン・フレンドルップ、イェスパー・リンストロム、アニス・ベン・スリマンらがトップチームへ巣立っている。
リバプールで長く活躍したダニエル・アッガーも、1996年からブレンビーの下部組織で育った選手だ。
主な出身選手: ダニエル・アッガー、イェスパー・リンストロム、モーテン・フレンドルップ、アニス・ベン・スリマン
ホームゲームの熱気を生むのは南側の立ち見スタンド「シュドシデン」。2006年に結成されたサポーターグループ「アルファ」がその中央に陣取り、チャントや旗、コレオを取りまとめる。1993年創設の公式ファンクラブ「ブレンビー・サポート」もある。
サポーターはクラブ経営にも関わってきた。ファンと少数株主の声を届ける「ブレンビー・サポーターズ・トラスト」は2013年に役員の席を得ており、2022年に米国の投資グループが株式の過半数を取得した際には、サポーターの抗議活動も起きた。
日本からはコペンハーゲン空港(カストロップ)を目指す。市中心部のコペンハーゲン中央駅からは近郊電車Sトーの B線でグロストルップ駅まで約15分。そこからスタジアムまでは徒歩25分ほどで、試合日にはグロストルップ駅やブレンビー・ストラン駅からシャトルバスが出る。試合のない日はグロストルップ駅から路線バス500Sで約5分。
チケットはオンライン販売のほか、スタジアム内のクラブショップでも買える。通常のリーグ戦は売り切れになることが少ないが、FCコペンハーゲンとのダービーは料金が高く、需要も大きい。販売方法や料金は変わることがあるので、最新情報はクラブ公式サイトで確認したい。
クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。