Club Sport Marítimo
緑の屋根のエスタディオ・ド・マリティモと、背後の山の斜面に広がるフンシャルの街並み(2017年)
バルセロス展望台から見たフンシャル。山の斜面に家々が連なり、海へと下っていく(2020年)
写真: muffinn from Worcester, UK(2017年)・CC BY 2.0・Commons / H. Zell(2020年)・CC BY-SA 3.0・Commons(いずれもトリミング加工)
大西洋に浮かぶポルトガル領マデイラ島の州都フンシャルのクラブ。赤と緑をクラブカラーに1910年に生まれ、1926年には全国選手権を制して「島々の最大のクラブ」と呼ばれるようになった。1部には38季連続で在籍したが2023年に降格し、2025-26シーズンの2部優勝で1部へ戻ってきた。2026年夏にはキーティング・タイラーがU23チームに加入し、過去には相馬崇人や前田大然もこの島でプレーしている。
📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典30件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。
2026-27シーズンのプリメイラ・リーガで14位(18チーム中・勝ち点8)順位表 →
現在、トップチームに所属する日本人選手は登録されていません。
セカンドチーム: キーティング・タイラー(CSマリティモ U23)
今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。
1910年、カンディド・フェルナンデス・デ・ゴウヴェイアがフンシャルで「クルブ・ポルトゲス・デ・スポルト・マリティモ」を設立した(創設日は9月20日とされるが、正確な日付には諸説がある)。「マリティモ(海の)」の名は、初期の選手の多くがフンシャル港で働く港湾労働者だったことに由来する。赤と緑は新しい共和国の旗の色で、王政派の青と白を使っていた地元のライバル、クルブ・スポルツ・ダ・マデイラとの違いを示す意味もあった。
クラブの名を全国に知らしめたのは1925-26シーズンのカンピオナート・デ・ポルトガル(各地域の王者が全国一を争った当時の選手権)。準決勝でFCポルトを7-1で破り、決勝でもベレネンセスに2-0で勝って優勝した。この優勝から「島々の最大のクラブ」の愛称が生まれた。ただし1934年に始まった全国リーグは本土のクラブに限られ、マリティモは長く島内のリーグで戦った。マデイラ選手権の優勝35回は今も最多記録となっている。
島のクラブに全国リーグへの道が開かれたのは1970年代。1973年に島のクラブとして初めて全国リーグに参加し、1976-77シーズンには2部で優勝して、本土以外のクラブとして初めて1部昇格を果たした。1982-83シーズンに再び1部へ上がり、1980年代半ばから2023年まで38季連続で1部に在籍した。1990年代初めにはブラジル人のパウロ・アウトゥオリ監督のもとで攻撃的なチームをつくり、1992-93シーズンに5位に入って島のクラブとして初めてUEFAカップの出場権を獲得。1994-95シーズンにはスイスのアーラウを破って欧州初勝利を挙げ、2回戦ではユヴェントスと対戦した。
その後もタッサ・デ・ポルトガル(国内カップ)で1995年と2001年の2度決勝に進み(いずれもスポルティング、FCポルトに敗れて準優勝)、2012-13シーズンにはヨーロッパリーグで初めてグループステージに進出。クラブ・ブルッヘに勝ち、ニューカッスル・ユナイテッドと2度引き分けてグループ3位に入った。リーグカップ(タッサ・ダ・リーガ)でも2015年と2016年に決勝へ進んだが、どちらもベンフィカに敗れた。UEFAカップ/ヨーロッパリーグには通算9回出場し、最後は2017年。
2022-23シーズンは16位で終わり、2部3位のエストレラ・アマドーラとの入れ替え戦に回った。2試合合計3-3からのPK戦で敗れ、38季続いた1部の座を失った。2部では2023-24シーズンに4位、2024-25シーズンに12位と足踏みしたが、2025-26シーズンは2025年11月に就任したミゲル・モイタ監督のもとで、2026年5月1日、第32節でレイションイスを3-2で下して2部優勝を決めた(2部優勝は1976-77、1981-82に続いて3度目)。2026年6月には、かつて主力として活躍したミッチェル・ファン・デル・ハーフが監督に就任し、2026-27シーズンは1部(プリメイラ・リーガ)で戦っている。
エンブレムエンブレムの中心は、船の船の舵輪と、その中央のライオン。1916-17シーズンにフンシャルの刺繍工房のジョゼ・イネス・ラモスが考案したもので、ライオンは「マデイラ王者」の強さを表すとされる。創設当初の紋章は櫂・浮き・銛・錨とボールを組み合わせたものだった。1999年のSAD(株式会社)化の際に現代風のデザインが導入されたが、2022年に伝統的なエンブレムが正式なロゴとして復活した。
愛称: マイオール・ダス・イーリャス(O Maior das Ilhas、「島々の最大のクラブ」) / ヴェルデ・ルブロス(Os Verde-Rubros、「緑と赤」) / アルミランテ・レイスのライオン(Os Leões do Almirante Reis)
若き日に2度にわたって指揮。攻撃的なチームをつくり、1992-93シーズンに5位でクラブ初のUEFAカップ出場権をもたらした。のちにサンパウロでコパ・リベルタドーレスとクラブW杯を制している。[1][23]
FCポルトからのレンタルで1シーズン在籍し、リーグ戦31試合に出場。ポルトに戻ると主将としてモウリーニョ監督のもとで2004年のチャンピオンズリーグ優勝を果たした。[24]
18歳でブラジルからマリティモへ渡り、セカンドチームを経てトップチームに定着(トップで2季64試合)。FCポルト、レアル・マドリードで大成し、ポルトガル代表としてEURO2016を制した。[19]
PSVでもプレーしたDFで、マリティモでは5季にわたりリーグ戦154試合に出場。引退後はセカンドチーム、トップチームの監督を経て、2026年6月に1部復帰のチームの監督として戻ってきた。[1][22]
2季で公式戦70試合に出場し、2015年のリーグカップ決勝進出に貢献。同年夏に当時クラブ史上最高額の450万ユーロでFCポルトへ移籍し、翌2016年にはポルトガル代表としてEURO優勝を経験した。[20]
2015年1月に加入し、1年間で公式戦34試合15得点。2016年1月にFCポルトへ移籍し、2度のリーグ優勝に貢献した。[21]
マデイラ諸島はリスボンの南西約1,000キロ、アフリカ大陸(モロッコ)の西約520キロの大西洋上にある。1419年にポルトガルの航海者が到達し、1976年から自治州として独自の議会と政府を持つ。諸島全体の人口は約25万人(2021年)。フンシャルはその州都で、ポルトガルで6番目に大きな都市。名前は谷に自生していたウイキョウ(ポルトガル語でfuncho)に由来する。
「大西洋の真珠」と呼ばれる観光地で、気候は年間を通じて温暖。島の北側斜面に残る照葉樹林(ラウリシルヴァ)はユネスコの世界遺産に登録され、山中を縫う灌漑用水路(レヴァダ)は総延長2,000キロを超え、散策路としても人気がある。酒精強化ワインのマデイラワインの産地でもあり、市街地からは山の手のモンテ地区へロープウェイが通じている。
フンシャルはクリスティアーノ・ロナウドの出身地として知られる。ロナウドは1985年にフンシャルで生まれ、地元のアンドリーニャ、ナシオナル(マリティモの同じ街のライバル)の下部組織を経て、12歳でリスボンのスポルティングへ移った。マリティモでのプレー歴はない。マデイラ空港は2017年から「クリスティアーノ・ロナウド国際空港」が正式名称になり、市内にはロナウドの記念館「ムゼウCR7」もある。
1927年からサッカー場として使われてきたバレイロスの地に、1957年5月5日に正式開場したスタジアム。長く「バレイロス」の名で親しまれ、愛称は「カルデイラン(大釜)」。アウェーチームにとって戦いにくい場所として知られ、ベンフィカはここで勝つまでに10年を要した(2003年に連敗を止めた)。最多観客は1977年5月15日の25,000人。かつてはナシオナルやウニオンもここを本拠地にしていた。
2009年7月から同じ場所で建て替えが始まり、2010年の水害による中断を経て、2016年12月2日に総工費4,650万ユーロで完成した。収容人数は42のボックス席を含む10,600人。2017年3月28日には新スタジアムでポルトガル代表対スウェーデン代表の親善試合が行われた。
フンシャル北部の小さなグラウンド、カンポ・ダ・イマクラーダ・コンセイサン(1965年開場)と隣接する練習施設が、セカンドチームの試合と練習の場になっている。セカンドチームのマリティモBは2015年当時2部に所属していた。ペペもブラジルから渡った最初のシーズンをセカンドチームで過ごし、翌季トップチームに上がった。
現在はU23チームが23歳以下のリーグ「リーガ・レヴェラサン」に参加しており、2026-27シーズンはマルコ・レイテ監督が率いる。2026年7月に加入したキーティング・タイラーはこのU23チームの所属。クラブは2015年以降、ブラジルを中心に海外でも育成アカデミーを展開している。
主な出身選手: ペペ
サポーターは「マリティミスタ」と呼ばれ、ソシオ(会員)は約1万2,000人でポルトガル6位の規模。主なサポーターグループにエスクアドラン・マリティミスタ、ウルトラス・テンプラリオス、ウルトラス・ファナティクス13がある。クラブの歌「マルシャ・ド・マリティモ」は1950年から歌われている。
平均観客数は1985-86シーズンの13,800人がピークで、1990年代の多くのシーズンでポルトガル上位4位に入っていた。スタジアム建て替え中の2010-11シーズンには3,440人まで落ち込んだが、2部で優勝した2025-26シーズンは7,658人だった。
日本からは欧州の主要空港を経由し、リスボンやポルトから国内線で入る。リスボンからフンシャルへは飛行機で約1時間半で、リスボン線はマデイラで最も利用者の多い路線。玄関口のクリスティアーノ・ロナウド国際空港(マデイラ空港)はフンシャル中心部の東北東約13キロにある。
チケットはクラブ公式サイトの「Bilheteira(チケット売り場)」ページから購入できる。
クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。