サッカー欧州組 wire
スタジアムへ続く歩道橋から見たホーム、スタディオン・ミェイスキ(チョルテン・アレナ)の外観

スタジアムへ続く歩道橋から見たホーム、スタディオン・ミェイスキ(チョルテン・アレナ)の外観
写真: Rakoon(2024年撮影) / CC0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

CLUB · EKSTRAKLASA
ヤギェウォニア・ビャウィストクのエンブレム

ヤギェウォニア・ビャウィストク

エンブレムの権利はヤギェウォニア・ビャウィストクに帰属します(チームの識別のために表示しています)

ヤギェウォニア・ビャウィストク

Jagiellonia Białystok Sportowa Spółka Akcyjna

📷 スタジアムへ続く歩道橋から見たホーム、スタディオン・ミェイスキ(チョルテン・アレナ)の外観(写真: Rakoon・2024年/CC0・Wikimedia Commons・トリミング加工)
  • 白とオレンジの支柱が並ぶスタジアムの外壁。下段にはバイエル兄弟やフランコフスキらクラブの歴代名選手の肖像が並ぶ

    白とオレンジの支柱が並ぶスタジアムの外壁。下段にはバイエル兄弟やフランコフスキらクラブの歴代名選手の肖像が並ぶ
    写真: Rakoon(2024年撮影) / CC0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    白とオレンジの支柱が並ぶスタジアムの外壁。下段にはバイエル兄弟やフランコフスキらクラブの歴代名選手の肖像が並ぶ

  • 「ポーランドのヴェルサイユ」と呼ばれるブラニツキ宮殿と庭園

    「ポーランドのヴェルサイユ」と呼ばれるブラニツキ宮殿と庭園
    写真: Stanislaw.bochnak(2021年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    「ポーランドのヴェルサイユ」と呼ばれるブラニツキ宮殿と庭園

  • 旧市街の中心コシチュシュコ広場。右手は18世紀の旧市庁舎(現在は博物館)

    旧市街の中心コシチュシュコ広場。右手は18世紀の旧市庁舎(現在は博物館)
    写真: Scotch Mist(2023年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    旧市街の中心コシチュシュコ広場。右手は18世紀の旧市庁舎(現在は博物館)

写真: Rakoon(2024年)・CC0・Commons / Stanislaw.bochnak(2021年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Scotch Mist(2023年)・CC BY-SA 4.0・Commons(いずれもトリミング加工)

創設
1920年
本拠地
ビャウィストク
スタジアム
スタディオン・ミェイスキ(チョルテン・アレナ)
愛称
ヤガ(Jaga)

ポーランド北東部、ベラルーシとの国境に近いポドラシェ県の県都ビャウィストクを本拠とするクラブ。長く中位と下部リーグを行き来してきたが、2023-24シーズンに創設104年目で初のエクストラクラサ優勝を果たし、翌シーズンにはカンファレンスリーグでベスト8まで勝ち上がった。2025年夏からは日本人センターバックの小林友希がプレーしている。

📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典25件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。

NOW

🇯🇵 ヤギェウォニア・ビャウィストクの日本人選手の今

今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。

HISTORY

📜 ヤギェウォニア・ビャウィストクの歴史

1920年5月30日、ビャウィストクに駐屯していた第42歩兵連隊の予備大隊の兵士たちが創設し、その日のうちに地元クラブとの初試合を5-1で制した。1932年1月に陸上競技クラブとの合併を経て「ビャウォストク・スポーツクラブ・ヤギェウォニア」となり、中世ポーランドの王朝ヤギェウォ朝にちなむ現在の名前が生まれた。第二次世界大戦をはさんで解散と再結成を繰り返し、1957年の合併で再出発している。

1986-87シーズンに2部のグループを首位で終え、1987年に初めて1部へ昇格。この年はジャツェク・バイエルが23得点を挙げて得点王となり、旧スタジアムで行われた1987年8月のヴィジェフ・ウッチ戦には約3万5,000人が詰めかけた。その後は再び下部リーグ暮らしが続き、1部(エクストラクラサ)に戻ったのは14年ぶりとなる2007年だった。

復帰後の2009-10シーズン、ミハウ・プロビェシュ監督のもとでポーランド・カップ決勝でポゴニ・シュチェチンを1-0で破り、クラブ初の主要タイトルを獲得。同年のスーパーカップでもレフ・ポズナンを1-0で下した。2014年には同じ場所に建て替えた新スタジアムが完成し、2016-17・2017-18シーズンには2年続けてリーグ準優勝を果たしている。

2023年4月、セカンドチームを率いていた31歳のアドリアン・シェミェニェツがトップチームの監督に就任。就任1年目の2023-24シーズン、最終節の2024年5月25日にヴァルタ・ポズナンを3-0で破り、勝ち点で並んだシロンスク・ヴロツワフを直接対決の成績で上回って創設以来初のリーグ優勝を決めた。延期が重なった2024年のスーパーカップは2025年4月にワルシャワの国立競技場で行われ、ヴィスワ・クラクフを1-0で破った。

初めての欧州カップ戦シーズンとなった2024-25シーズンは、チャンピオンズリーグ予選3回戦でボデ/グリムト、ヨーロッパリーグのプレーオフでアヤックスに敗れたものの、カンファレンスリーグではリーグフェーズで敵地コペンハーゲン戦の勝利などで勝ち抜け、ノックアウトプレーオフでTSC、ラウンド16でセルクル・ブルッヘを退けて準々決勝に進出。レアル・ベティスに合計1-3で敗れたが、アフィミコ・ププルが8得点で大会得点王になった。リーグは2024-25・2025-26と2季続けて3位で、2026-27シーズンはヨーロッパリーグ予選3回戦でレンジャーズを合計3-2で破ってリーグフェーズに進んでいる。

ヤギェウォニア・ビャウィストクのエンブレム

ヤギェウォニア・ビャウィストク

エンブレムの権利はヤギェウォニア・ビャウィストクに帰属します(チームの識別のために表示しています)

エンブレムエンブレムは、黄と赤の盾の上に黒く図案化した「J」の文字を置いたデザイン。1932年に生まれた意匠で、黄と赤はビャウィストク市の紋章の色から取られている。2006年から2020年まではこの1932年版を基にしたエンブレムを使っていたが、サポーターの投票を経て、2020-21シーズンから1989〜99年と2003〜06年に使われた形(盾と「J」の形が異なる)に戻した。初期の旗やユニフォームは白と黒で、その名残から白や黒がアウェーユニフォームの色として使われることが多い。

愛称: ヤガ(Jaga) / ポドラシェの誇り(Duma Podlasia) / 黄と赤(Żółto-Czerwoni)

RECORD

🏆 ヤギェウォニア・ビャウィストクの主なタイトルと近年の戦績

シーズンリーグ順位トピック
2021-22エクストラクラサ12シーズン途中の2021年12月にイレネウシュ・マムロト監督が退任し、ピオトル・ノヴァクが後任に[1][2]
2022-23エクストラクラサ14マルク・グアルが15得点でリーグ得点王。2023年4月にシェミェニェツが監督に就任し残留[1][2][9]
2023-24エクストラクラサ1クラブ史上初のリーグ優勝。ポーランド・カップ4強[1][2][9]
2024-25エクストラクラサ3カンファレンスリーグ準々決勝進出(レアル・ベティスに敗退)。2024年のスーパーカップ(2025年4月開催)を制覇[1][2][3]
2025-26エクストラクラサ3小林友希の加入1年目。カンファレンスリーグはノックアウトプレーオフでフィオレンティーナに合計4-5で敗退[1][2][11]
LEGENDS

⭐ ヤギェウォニア・ビャウィストクを象徴する名選手

JAPANESE

🇯🇵 ヤギェウォニア・ビャウィストクの歴代日本人選手

HOMETOWN

🏙️ ホームタウン ビャウィストク

地域
ポドラシェ県
人口
約28.9万人(2025年12月末)

日本だと秋田市(約29.0万人、2026年10月推計)くらいの規模

ポーランド北東部、首都ワルシャワから北東へ約200キロにあるポドラシェ県の県都。人口ではポーランドで10番目の都市で、都市圏には約45万人が暮らす。市域の約18%を森が占める緑の多い街で、年平均気温7.7度とポーランドでも寒い都市のひとつに数えられる。

18世紀の大貴族ブラニツキ家の宮殿は「ポーランドのヴェルサイユ」と呼ばれる街の象徴。19世紀には繊維工業で栄えて「北のマンチェスター」の異名をとり、ユダヤ人が人口の多数を占めるなど多様な文化が混じり合う街だった。人工言語エスペラントを考案したルドヴィコ・ザメンホフは1859年にこの街で生まれている。

ビャウィストク大学、ビャウィストク工科大学、ビャウィストク医科大学を抱える学生の街でもある。

[15][16][25]

STADIUM

🏟️ ヤギェウォニア・ビャウィストクのスタジアム ― スタディオン・ミェイスキ(チョルテン・アレナ)

収容人数
22,372人
開場
2014年

市営のサッカー専用スタジアムで、旧スタジアムと同じ場所に2010年から2014年にかけて建て替えられた。工事中もクラブが試合を続けられるよう段階的に造られ、2014年10月18日のポゴニ・シュチェチン戦(5-0で勝利)で全面オープンした。2024年9月からは命名権により「チョルテン・アレナ」と呼ばれている。

設計はAPAクリウォヴィチ&アソシエイツ。外壁を覆わず、屋根を支える白とオレンジの鋼製の支柱をそれぞれ100本ずつむき出しにした外観が特徴だ。ゴール裏は当初2層の予定だったが、サポーターとの協議で一体のスタンドに改められた。外壁にはクラブの歴代名選手の肖像が並ぶ。観客動員の記録は2017年5月21日のレギア・ワルシャワ戦の2万2,394人。

同じ場所に1971〜72年に建てられた旧スタジアム。1部初昇格の1987年8月、ヴィジェフ・ウッチ戦で約3万5,000人を集めた。

[2][17][18]

ACADEMY

🌱 育成 ― ヤギェウォニアの下部組織

U-19のポーランド選手権を1988・1992・2000・2004・2011年に制した育成の伝統を持つ。2019年6月には市内のエレヴァトルスカ通りに練習拠点が開設され、2026年8月には練習施設を広げるための用地(クリヴラニ地区)の入札も勝ち取った。

近年の代表格が、2024年に16歳でトップチームにデビューしたウインガーのオスカル・ピェトゥシェフスキ。クラブが「生え抜き」と呼ぶ17歳は2026年1月、最大1,000万ユーロでFCポルトへ移籍した。クラブ最年少デビュー記録は2014年のプシェミスワフ・ミストコフスキ(16歳36日)。

主な出身選手: オスカル・ピェトゥシェフスキ、ラドスワフ・ソボレフスキ、プシェミスワフ・ミストコフスキ

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SUPPORTERS

📣 ヤギェウォニア・ビャウィストクのサポーターとライバル

サポーターの公式な窓口はクラブと協議する団体「ビャウィストクの子どもたち(Dzieci Białegostoku)」で、地域貢献や慈善活動も行っている。ゴール裏のコレオグラフィーは「ウルトラス・ヤギェウォニア・ビャウィストク(UJB)」が手がけ、冬の中断明けの最初のホームゲームは「ウルトラの日」として祝われる。

ポドラシェ県内のワピ、ビェルスク・ポドラスキ、ソクウカ、ハイヌフカなどにファンクラブがあり、県全体から人が集まるクラブだ。マスコットはハチ。

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ACCESS

✈️ 日本からヤギェウォニア・ビャウィストクの試合を観戦するには

日本からは成田〜ワルシャワ間にLOTポーランド航空の直行便(ボーイング787)がある。ワルシャワからビャウィストクまでは約180キロで、2024年9月にはPKPインターシティが途中駅に止まらず約98分で結ぶ列車の運行を始めた。車ではおよそ2時間。

スタジアムの所在地はスウォネチナ通り1番地(Słoneczna 1)。チケットの種類と料金はクラブ公式サイトの「Bilety(チケット)」ページで案内されており、一般・学生/シニア向けの割引・子ども・障がい者向けなどの区分がある。

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出典

  1. [1] Wikipedia(英語)Jagiellonia Białystok(2026-11-05 閲覧)
  2. [2] Wikipedia(ポーランド語)Jagiellonia Białystok(2026-11-05 閲覧)
  3. [3] Wikipedia(英語)2024 Polish Super Cup(2026-11-05 閲覧)
  4. [4] Wikipedia(英語)Tomasz Frankowski(2026-11-05 閲覧)
  5. [5] Wikipedia(英語)Jesús Imaz(2026-11-05 閲覧)
  6. [6] Flashscore.pl(イマスのリーグ通算109得点・外国籍選手最多)(2026-11-05 閲覧)
  7. [7] Wikipedia(英語)Taras Romanczuk(2026-11-05 閲覧)
  8. [8] Wikipedia(英語)Afimico Pululu(2026-11-05 閲覧)
  9. [9] Wikipedia(英語)Adrian Siemieniec(2026-11-05 閲覧)
  10. [10] Wikipedia(英語)Michał Probierz(2026-11-05 閲覧)
  11. [11] Wikipedia(英語)Yuki Kobayashi (footballer, born 2000)(2026-11-05 閲覧)
  12. [12] The Celtic Star(小林友希のヤギェウォニア移籍・2025年7月4日)(2026-11-05 閲覧)
  13. [13] Livesport(廣澤灯喜の所属・出場記録)(2026-11-05 閲覧)
  14. [14] Soccerway(廣澤灯喜の移籍履歴)(2026-11-05 閲覧)
  15. [15] Wikipedia(英語)Białystok(2026-11-05 閲覧)
  16. [16] Wikipedia(英語)L. L. Zamenhof(2026-11-05 閲覧)
  17. [17] Wikipedia(英語)Stadion Miejski (Białystok)(2026-11-05 閲覧)
  18. [18] StadiumDB: Chorten Arena (Stadion Miejski w Białymstoku)(2026-11-05 閲覧)
  19. [19] Polskie Radio(ワルシャワ〜ビャウィストク間の直行列車・2024年9月3日)(2026-11-05 閲覧)
  20. [20] AeroRoutes(LOT ワルシャワ〜東京線・2026年7月30日)(2026-11-05 閲覧)
  21. [21] beIN SPORTS(レギア対ヤギェウォニア・2025年9月)(2026-11-05 閲覧)
  22. [22] A Bola(ピェトゥシェフスキのFCポルト移籍・2026年1月)(2026-11-05 閲覧)
  23. [23] SuperSport(レンジャーズ対ヤギェウォニア・2026年8月13日)(2026-11-05 閲覧)
  24. [24] Jagiellonia Białystok 公式(チケット)(2026-11-05 閲覧)
  25. [25] Wikipedia(日本語)秋田市(2026-11-05 閲覧)

クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。