Lille Olympique Sporting Club
グラン・プラスに面した旧証券取引所(ヴィエイユ・ブルス)。1652〜1653年に建てられたフランドル・ルネサンス様式の建物で、左奥に商工会議所の鐘楼が見える
リール中心部の凱旋門「ポルト・ド・パリ」と、その奥にそびえる市庁舎の鐘楼
現在の本拠地での初めての試合(2012年8月)。観客がスタンド全体を赤と白のコレオで埋めた
写真: kallerna(2024年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Zairon(2018年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Liondartois(2012年)・CC BY-SA 3.0・Commons(いずれもトリミング加工)
フランス北部、ベルギー国境に近いフランドル地方の中心都市リールを本拠とするクラブ。戦後すぐの黄金期と、2011年・2021年のリーグ優勝で知られ、アザールら若手を育てて世界へ送り出してきた。2026年8月31日、上田綺世がクラブ史上初の日本人選手として加入した。
📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典30件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。
2026-27シーズンのリーグ・アンで2位(18チーム中・勝ち点18)順位表 →
今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。
リールのサッカーの歴史はクラブの誕生より古い。前身の一つオリンピック・リロワは、1932-33シーズンに始まったフランス初のプロリーグで初代王者となった。第二次世界大戦の末期、1944年9月23日にオリンピック・リロワと、隣接するフィーヴ地区のSCフィーヴが合併して新クラブが生まれ、同年11月に「リール・オリンピック・スポルティング・クラブ(LOSC)」の名が付いた。クラブカラーの赤と白はオリンピック・リロワ、青はSCフィーヴから受け継いでいる。
合併直後から黄金期が始まった。1945-46シーズンにリーグとフランス杯の2冠を達成し、フランス杯は1946年から3連覇。1953年にもフランス杯を制し、1953-54シーズンにはスタッド・ランスを勝ち点1差でかわして2度目のリーグ優勝、1955年にもフランス杯を勝ち取った。1945年から1955年の間にフランス杯決勝に7度進んで5度優勝し、リーグでも1948-49シーズンからの3季連続を含めて準優勝を重ねた。しかし1956年に2部へ降格すると、借金と内紛で昇格と降格を繰り返し、1969年にはプロの地位を手放すところまで落ち込んだ。
1970年にプロへ復帰した後も浮き沈みが続き、1990年代は財政難から主力を売って育成に頼る時期となり、1997年に再び2部へ降格した。転機は1998年に就任したヴァイッド・ハリルホジッチ監督(のちの日本代表監督)で、1999-2000シーズンに2部で2位に勝ち点16差をつけて優勝し、1部復帰1年目の2000-01シーズンは3位。クラブ史上初めてチャンピオンズリーグへの出場権をつかんだ。続くクロード・プエル監督の時代(2002-2008)に欧州カップ戦の常連となり、2004年からは近郊ヴィルヌーヴ=ダスクのスタジアムに本拠地を移した。
2008年に就任したリュディ・ガルシア監督のもと、エデン・アザール、ヨアン・キャバイエ、マテュー・ドゥビュシーらを擁した2010-11シーズンに、57年ぶりのリーグ優勝とフランス杯の2冠を達成。2012年には屋根の開閉する新スタジアム、スタッド・ピエール=モーロワが開場した。2017-18シーズンは残留争いに巻き込まれたが、シーズン途中に就任したクリストフ・ガルティエ監督が立て直し、2018-19シーズンは2位。2020-21シーズンには資金力で勝るパリ・サンジェルマンを抑え、2021年5月23日に4度目のリーグ優勝を決めた。同年8月のトロフェ・デ・シャンピオンでもパリ・サンジェルマンを破って初優勝している。
その後はパウロ・フォンセカ監督(2022-2024)、ブルーノ・ジェネシオ監督(2024-2026)のもとで上位を保ち、2024-25シーズンはチャンピオンズリーグでラウンド16に進出、2025-26シーズンはリーグ3位に入った。2026年6月1日、カルロ・アンチェロッティの息子ダヴィデ・アンチェロッティが新監督に就任。同年8月31日には、前季エールディヴィジ得点王の上田綺世がフェイエノールトから加わった。
エンブレム愛称「ドーグ(マスティフ犬)」の由来ははっきりしておらず、フランス杯優勝の縁起物になったマスコットのぬいぐるみに結びつける説などがある。初期のエンブレムはリール市の紋章で、白いユリの花(フルール・ド・リス)をあしらっていた。犬が加わったのは1981年で、1989年にはユリと犬を組み合わせたデザインになった。2018年からの現行エンブレムは五角形の枠に、クラブの頭文字・犬・ユリの花と3色を収めたもの。五角形はヴォーバンが築いた星形の要塞、リールのシタデルを思わせる形とされる。
愛称: ドーグ(Les Dogues、「マスティフ犬」の意) / LOSC(ロスク) / ノルディスト(Les Nordistes、「北の人々」)
| シーズン | リーグ | 順位 | トピック |
|---|---|---|---|
| 2021-22 | リーグ・アン | 10 | 前季王者として臨み、トロフェ・デ・シャンピオンで優勝。チャンピオンズリーグはグループ首位で突破し、ラウンド16でチェルシーに敗退[1][10] |
| 2022-23 | リーグ・アン | 5 | パウロ・フォンセカ監督の1年目。フランス杯ラウンド16[11] |
| 2023-24 | リーグ・アン | 4 | カンファレンスリーグは準々決勝でアストン・ヴィラにPK戦で敗退。フランス杯ラウンド16[12][16] |
| 2024-25 | リーグ・アン | 5 | ブルーノ・ジェネシオ監督の1年目。チャンピオンズリーグはラウンド16でドルトムントに敗退。フランス杯ラウンド16[13][15] |
| 2025-26 | リーグ・アン | 3 | オリヴィエ・ジルーが加入。ヨーロッパリーグはラウンド16でアストン・ヴィラに2戦合計0-3で敗退。3位で翌季のチャンピオンズリーグ出場権を獲得[14][17][27] |
合併直後の黄金期を支えたセンターフォワード。公式戦218得点はクラブ歴代最多で、1948年と1949年にリーグ得点王。フランス代表でも主将を務めた。[2][19]
リール生まれで、前身のSCフィーヴから合併後のクラブへ。公式戦433試合出場はクラブ最多記録で、長く主将を務めてリーグ優勝2回・フランス杯優勝5回を経験した。[2][18]
2部に低迷していたクラブを1999-2000シーズンに2部優勝へ導き、昇格1年目に3位でクラブ初のチャンピオンズリーグ出場権を獲得。2015年から2018年まで日本代表監督を務めた。[20]
2010-11シーズンに57年ぶりのリーグ優勝とフランス杯の2冠を達成。アザールら若手を軸にした攻撃的なチームを作った。[1][2]
14歳でベルギーから下部組織に加わり、16歳でリーグ・アンにデビュー。リーグ最優秀若手選手(2009・2010)と最優秀選手(2011・2012)を2年連続で受賞し、2冠の中心となった後チェルシーへ移籍した。[2][21]
2008年に加入した守備的MFで、2010-11シーズンの2冠に貢献し、その後は主将も務めた。公式戦370試合はクラブ歴代2位。[2][22]
残留争いの最中に就任してチームを立て直し、2018-19シーズンに2位、2020-21シーズンにはパリ・サンジェルマンを抑えて4度目のリーグ優勝を果たした。[1][2]
2020年にヘントから加入し、2020-21シーズンの優勝を決めたアンジェ戦でも得点。公式戦232試合109得点はクラブ歴代3位で、2025年にユヴェントスへ移籍した。[2][23]
市だけなら日本の山形市(約24万人)くらいの規模
ノール県の県庁所在地で、オー=ド=フランス地域圏の首府。パリの北約200キロ、ベルギー国境のすぐそばにあり、歴史的にはフランドル地方の南部(フランス語圏のフランドル)に属する。ルイ14世による征服の後、1670年ごろにヴォーバンが星形の要塞シタデルを築いた。
街の中心は、通称グラン・プラスと呼ばれるド・ゴール広場。1652〜1653年に建てられたフランドル・ルネサンス様式の旧証券取引所(ヴィエイユ・ブルス)や、1792年の包囲戦での抵抗を記念する女神の円柱(1845年)が立ち、周囲には石畳の旧市街(ヴィユー・リール)が広がる。毎年9月初めには大規模な蚤の市「ブラドリー」が開かれ、200万〜300万人が訪れる。
気候は西岸海洋性で、夏は涼しく、年間を通して雨が降る。1993年にTGV、1994年にユーロスターが通じ、パリ・ロンドン・ブリュッセルを結ぶ交通の要衝になった。2004年には欧州文化首都を務めている。
リールの東隣、ヴィルヌーヴ=ダスクにある大型スタジアムで、2012年8月17日のナンシー戦で開場した。2013年6月に現在の名称に改められた。2022年からはスポーツ用品のデカトロンとの命名権契約で「デカトロン・アリーナ」とも呼ばれる。収容人数は資料により50,157〜50,187人と差があるが、約5万人規模。
フランスで唯一、開閉式の屋根を持つスタジアムで、ピッチの半分を持ち上げて残り半分に重ねると、屋内アリーナに姿を変える仕組みもある。EURO2016の会場となったほか、2024年パリ五輪ではハンドボールとバスケットボール予選の会場に使われた。観客動員の記録は、2019年にパリ・サンジェルマンを5-1で破った試合の49,712人。
オリンピック・リロワ時代からのスタッド・アンリ・ジョーリス(1902年開場)を経て、1975年から2004年までは市内のスタッド・グリモンプレ=ジョーリスが本拠地。2004年から2012年までは近郊の旧スタッド・リール・メトロポール(約1万8,000人)を使い、大きな欧州の試合はパリのスタッド・ド・フランスで開催した。
リールの東約17キロ、ベルギー国境に近いカンファン=アン=ペヴェルにあるクラブの練習拠点。2004年から使われ、2007年9月13日に正式に開所した。約50ヘクタールの敷地に天然芝8面・人工芝などのピッチ、トレーニング施設、宿舎を備え、トップチームと育成センターが同居する。
ベルギー出身のエデン・アザールも14歳でクラブの育成組織に加わり、リュシャンで育ってトップチームのスターになった。
主な出身選手: エデン・アザール
愛称「ドーグ」はサポーターの呼び名にもなっている。約5万人収容のピエール=モーロワには、パリ・サンジェルマンを5-1で下した2019年の試合で49,712人が詰めかけた。
約40キロ離れたランスとの「ノール・ダービー」は、中産階級の多い国際的な都会リールと、古くからの労働者の工業都市ランスという社会的な対比を背景に育ったライバル関係だが、現在は両クラブのファン層とも幅広くなっている。
日本からはパリ(シャルル・ド・ゴール空港)などで乗り継ぎ、鉄道でリールへ向かう。パリ北駅からリール・フランドル駅まではTGVの直通で約1時間。ロンドンやブリュッセルからもユーロスター・高速列車で結ばれる。リール=レスカン空港からはリール・ウーロップ駅とリール・フランドル駅へシャトルバスが出ている。
スタジアムへは、リール・フランドル駅/リール・ウーロップ駅から地下鉄1号線で20分弱。最寄りは「キャトル・カントン=スタッド・ピエール=モーロワ」駅と「シテ・シアンティフィック」駅で、試合日は2時間前から増便される。
チケットはクラブ公式のチケットサイト(billetterie.losc.fr)で購入できる。
クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。