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1987年に閉山したアイスデン炭鉱の跡地に残る2基の巻き上げ櫓。クラブの愛称「コンペルス(炭鉱夫)」の原点

1987年に閉山したアイスデン炭鉱の跡地に残る2基の巻き上げ櫓。クラブの愛称「コンペルス(炭鉱夫)」の原点
写真: Eebie(2023年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

CLUB · CHALLENGER PRO LEAGUE
パトロ・アイスデン・マースメヘレンのエンブレム

パトロ・アイスデン・マースメヘレン

エンブレムの権利はパトロ・アイスデン・マースメヘレンに帰属します(チームの識別のために表示しています)

パトロ・アイスデン・マースメヘレン

Koninklijke Patro Eisden Maasmechelen

📷 1987年に閉山したアイスデン炭鉱の跡地に残る2基の巻き上げ櫓。クラブの愛称「コンペルス(炭鉱夫)」の原点(写真: Eebie・2023年/CC BY-SA 4.0・Wikimedia Commons・トリミング加工)
  • ボタ山から見たアイスデンの炭鉱住宅地。中央の塔は炭鉱とともに建てられた聖バルバラ教会、左手前にはモスクのミナレット

    ボタ山から見たアイスデンの炭鉱住宅地。中央の塔は炭鉱とともに建てられた聖バルバラ教会、左手前にはモスクのミナレット
    写真: Paul Hermans(2018年撮影) / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    ボタ山から見たアイスデンの炭鉱住宅地。中央の塔は炭鉱とともに建てられた聖バルバラ教会、左手前にはモスクのミナレット

  • アイスデン炭鉱の本部だった建物。現在はホテルとして使われている

    アイスデン炭鉱の本部だった建物。現在はホテルとして使われている
    写真: Paul Hermans(2018年撮影) / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    アイスデン炭鉱の本部だった建物。現在はホテルとして使われている

  • 運河(南ウィレムス運河)の対岸から見たマースメヘレンの街並みと自転車用の歩道橋

    運河(南ウィレムス運河)の対岸から見たマースメヘレンの街並みと自転車用の歩道橋
    写真: DimiTalen(2025年撮影) / CC0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    運河(南ウィレムス運河)の対岸から見たマースメヘレンの街並みと自転車用の歩道橋

写真: Paul Hermans(2018年)・CC BY 4.0・Commons / Paul Hermans(2018年)・CC BY 4.0・Commons / DimiTalen(2025年)・CC0・Commons(いずれもトリミング加工)

創設
1942年
本拠地
マースメヘレン
スタジアム
パトロ・スタディオン(市営スポーツパーク・スタジアム)
愛称
コンペルス(Koempels=炭鉱夫)

ベルギー東部リンブルフ州、オランダ国境を流れるマース川沿いの炭鉱町マースメヘレンのクラブ。炭鉱町アイスデンの教会の青少年活動から生まれ、愛称は炭鉱夫を意味する「コンペルス」。アマチュア4部から2度の昇格で2部チャレンジャー・プロ・リーグまで駆け上がり、1部昇格を狙う2026-27シーズンは笠柳翼と高岡伶颯の日本人2人がプレーしている。

📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典38件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。

NOW

🇯🇵 パトロ・アイスデン・マースメヘレンの日本人選手の今

今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。

HISTORY

📜 パトロ・アイスデン・マースメヘレンの歴史

クラブの起こりは、炭鉱で栄えたアイスデンの教区で助任司祭が始めた青少年活動(パトロナート)のサッカーチーム。オランダ語版Wikipediaは1938年の創設とし、ベルギーサッカー協会への加盟は1942年7月10日(登録番号3434)。クラブ自身は1942年を創設年としている。役員は教区と炭鉱の経営陣から出ており、最初の本拠地も炭鉱の元所長が持つ土地に造られた。州リーグから昇格を重ね、創設から10年足らずで全国3部まで上がった。

1956年に初めて2部へ昇格すると、1960年にはKVメヘレンの本拠地で行われたセルクル・ブルッヘとの決定戦に2-1で勝ち、1部昇格を果たした。1960-61シーズンにはスタンダール・リエージュ戦に9,000人が詰めかける観客動員記録も生まれたが、1部は1シーズンで終わった。その後は2部と3部を行き来し、1988年にはレオ・カンジェルス監督のもと2部3位で昇格プレーオフに進んだ(優勝はリールセ)。1992年に3部へ降格し、1994年にレイ・クレイステルス監督のもとで2部に戻ったが、近隣のレーシング・ヘンク(現KRCヘンク)の台頭もあって観客は以前ほど戻らなかった。

1998年には地域全体のクラブを目指して「マースラント・マースメヘレン」に改称し、2001年に「パトロ・マースメヘレン」、2005年から現在の名称になった。2002年には現在の本拠地へ移転。2005年には2部で降格圏に終わったうえ運営法人の移行も問題となり、勝ち点マイナス9からの4部再出発を余儀なくされた。2011年に4部で優勝し、2014年には2部へ復帰したものの、2016年に英国・中国系の投資家のもとで株式会社化した後はアマチュアリーグへ落ちた。

転機は2018年、元ベルギー代表GKのスタイン・スタイネンの監督就任だった。当時アマチュア4部にいたチームは2018-19シーズンに優勝し、2022-23シーズンには最終節でデッセル・スポルトに3-0で勝って3部「1部ナショナル」を制覇。プロの2部チャレンジャー・プロ・リーグへ昇格した。2部では3季続けて1部昇格プレーオフに進み、2024-25シーズンは決勝まで勝ち上がったがセルクル・ブルッヘに敗れた。2024年にはアニス・ハジ・ムサのフェイエノールト移籍でクラブ史上最高額の移籍金を得ている。2026年1月には元ベルギー代表のラジャ・ナインゴランが加入。同年10月にスタイネンはスポーツディレクターに転じ、クラブ・ブルッヘやヘンクを率いたエミリオ・フェレーラが監督に就任した。

愛称: コンペルス(Koempels=炭鉱夫) / 小さなアンデルレヒト(Klein Anderlecht)

RECORD

🏆 パトロ・アイスデン・マースメヘレンの主なタイトルと近年の戦績

シーズンリーグ順位トピック
2021-221部ナショナル(3部)6[2][11]
2022-231部ナショナル(3部)1最終節でデッセル・スポルトに3-0で勝って優勝し、2部チャレンジャー・プロ・リーグへ昇格[1][2][12]
2023-24チャレンジャー・プロ・リーグ(2部)6昇格1年目で1部昇格プレーオフに進出。準々決勝でデインズに敗退[2][13]
2024-25チャレンジャー・プロ・リーグ(2部)51部昇格プレーオフで決勝に進出したが、セルクル・ブルッヘに2戦合計2-8で敗れ昇格を逃す[2][14]
2025-26チャレンジャー・プロ・リーグ(2部)61月にナインゴランが加入。1部昇格プレーオフは準々決勝でベールスホットに延長の末、2戦合計3-4で敗退[2][15][28]
LEGENDS

⭐ パトロ・アイスデン・マースメヘレンを象徴する名選手

JAPANESE

🇯🇵 パトロ・アイスデン・マースメヘレンの歴代日本人選手

HOMETOWN

🏙️ ホームタウン マースメヘレン

地域
リンブルフ州(ベルギー・フランデレン地域)
人口
約4.07万人(2026年1月)

ベルギー東端、オランダとの国境を流れるマース川(ミューズ川)の左岸に広がる町。対岸はオランダのリンブルフ州で、西側はケンペン台地の森へと続く。マースメヘレンやアイスデンなど9つの地区からなり、2023年に人口4万人を超えた。

町の性格を決めたのは石炭だ。アイスデン炭鉱は1920年代に採炭を始め、1955年には7,340人が働いた。ケンペン炭田の7つの炭鉱の中で最も多く外国人労働者を抱え、イタリアをはじめヨーロッパ各地から人が集まった。炭鉱住宅が並ぶ「シテ(田園住宅地)」が今も残り、1軒は炭鉱住宅の博物館になっている。

炭鉱は1987年12月に閉山。跡地には2001年にアウトレットモール「マースメヘレン・ヴィレッジ」が開業し、年間250万人以上が訪れる。周辺は「テルヒルス」として再開発され、ボタ山や巻き上げ櫓が残る一帯はホーヘ・ケンペン国立公園の玄関口にもなっている。シクロクロスのワールドカップも開かれる町だ。

[29][30][31]

STADIUM

🏟️ パトロ・アイスデン・マースメヘレンのスタジアム ― パトロ・スタディオン(市営スポーツパーク・スタジアム)

収容人数
8,100人(クラブ公称)
開場
2002(クラブの移転年)年

炭鉱住宅地(シテ)のすぐ近くにある市営スタジアムで、正式には「ヘメーンテライク・スポルトパークスタディオン」。2002-03シーズンからパトロの本拠地になり、地元では「ヘット・パトロナート」とも呼ばれる。クラブは収容8,100人の「居心地のいい昔ながらの聖地」と紹介している。

高速道路E314のマースメヘレン出口から車で約10分。アウトレットのマースメヘレン・ヴィレッジとも近く、スタジアム周辺には駐車場が多い。

1942年から2002年まで使ったアイスデンの田園住宅地(カスタニェラーン)のスタジアム。1960-61シーズンのスタンダール戦では9,000人の観客記録が生まれた。

[1][2][3][4]

SUPPORTERS

📣 パトロ・アイスデン・マースメヘレンのサポーターとライバル

チームとサポーターの呼び名は、地元の言葉で炭鉱夫を意味する「コンペル」。クラブカラーは紫と白で、同じ配色のアンデルレヒトにちなんで「小さなアンデルレヒト」とも呼ばれる。

かつての炭鉱町のクラブらしく地元密着で、2026-27シーズンには12〜21歳の若者が年齢と同じ金額(12歳なら12ユーロ)で年間チケットを買える「コンペルス・ネクストジェン」を売り出した。1990年代には近くのレーシング・ヘンクの台頭で観客の一部を奪われた歴史もある。

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ACCESS

✈️ 日本からパトロ・アイスデン・マースメヘレンの試合を観戦するには

日本からはブリュッセルが玄関口。ブリュッセルからはルーヴェン、ハッセルト経由のIC列車(IC-03)で終点のヘンク駅へ向かう。ヘンク駅からは路線バス45番(マースエイク行き)で約29分、「Eisden Patro」停留所で降りればスタジアムに着く。

チケットはクラブ公式のチケットサイト(tickets.patroeisden.com)で買える。ベルギーの法律により、チケットは1枚ずつ観戦者本人の名義で、確認済みのアカウントにひも付ける必要がある(確認にはベルギーの電子ID「itsme」を使う)。ホームゲームの当日券売り場はキックオフ2時間前に開くが、座席は指定できない。最新情報はクラブ公式サイトで確認したい。

[4][5][34]

出典

  1. [1] Wikipedia(英語版)K. Patro Eisden Maasmechelen(2026-11-05 閲覧)
  2. [2] Wikipedia(オランダ語版)K. Patro Eisden Maasmechelen(2026-11-05 閲覧)
  3. [3] Patro Eisden Maasmechelen 公式(クラブの歴史)(2026-11-05 閲覧)
  4. [4] Patro Eisden Maasmechelen 公式(スタジアム・アクセス)(2026-11-05 閲覧)
  5. [5] Patro Eisden Maasmechelen 公式(チケットFAQ)(2026-11-05 閲覧)
  6. [6] Patro Eisden Maasmechelen 公式(笠柳翼の加入発表・2026年7月)(2026-11-05 閲覧)
  7. [7] Patro Eisden Maasmechelen 公式(高岡伶颯の加入発表・2026年7月)(2026-11-05 閲覧)
  8. [8] Patro Eisden Maasmechelen 公式(スタイネンのスポーツディレクター就任・2026年10月)(2026-11-05 閲覧)
  9. [9] Patro Eisden Maasmechelen 公式(フェレーラ監督の就任・2026年10月)(2026-11-05 閲覧)
  10. [10] Patro Eisden Maasmechelen 公式(ベールスホット戦の監督コメント・2026年9月)(2026-11-05 閲覧)
  11. [11] Wikipedia(英語版)2021–22 Belgian National Division 1(2026-11-05 閲覧)
  12. [12] Wikipedia(英語版)2022–23 Belgian National Division 1(2026-11-05 閲覧)
  13. [13] Wikipedia(英語版)2023–24 Challenger Pro League(2026-11-05 閲覧)
  14. [14] Wikipedia(英語版)2024–25 Challenger Pro League(2026-11-05 閲覧)
  15. [15] Wikipedia(英語版)2025–26 Challenger Pro League(2026-11-05 閲覧)
  16. [16] Jリーグ公式(笠柳翼の期限付き移籍・2026年7月)(2026-11-05 閲覧)
  17. [17] ゲキサカ(笠柳翼、ベルギー2部へレンタル移籍・2026年7月)(2026-11-05 閲覧)
  18. [18] ゲキサカ(高岡伶颯、新天地の練習試合でゴール・2026年8月)(2026-11-05 閲覧)
  19. [19] サッカーキング(高岡伶颯、パトロ・アイスデンへ移籍・2026年7月)(2026-11-05 閲覧)
  20. [20] Wikipedia(英語版)Rento Takaoka(2026-11-05 閲覧)
  21. [21] Wikipedia(英語版)Lei Clijsters(2026-11-05 閲覧)
  22. [22] Wikipedia(英語版)Nico Claesen(2026-11-05 閲覧)
  23. [23] Wikipedia(オランダ語版)Leo Canjels(2026-11-05 閲覧)
  24. [24] Wikipedia(英語版)Stijn Stijnen(2026-11-05 閲覧)
  25. [25] Wikipedia(英語版)Jordan Renson(2026-11-05 閲覧)
  26. [26] Wikipedia(英語版)Anis Hadj Moussa(2026-11-05 閲覧)
  27. [27] Wikipedia(英語版)Radja Nainggolan(2026-11-05 閲覧)
  28. [28] Patro Eisden Maasmechelen 公式(ナインゴラン加入・2026年1月)(2026-11-05 閲覧)
  29. [29] Wikipedia(オランダ語版)Maasmechelen(2026-11-05 閲覧)
  30. [30] Wikipedia(英語版)Maasmechelen(2026-11-05 閲覧)
  31. [31] Wikipedia(オランダ語版)Steenkoolmijn van Eisden(2026-11-05 閲覧)
  32. [32] Patro Eisden Maasmechelen 公式(ロンメルとのリンブルフ・ダービー・2026年1月)(2026-11-05 閲覧)
  33. [33] Patro Eisden Maasmechelen 公式(RFCリエージュとのマース・ダービー・2026年3月)(2026-11-05 閲覧)
  34. [34] Wikipedia(英語版)Genk railway station(2026-11-05 閲覧)
  35. [35] Encyclo.nl(koempel の意味)(2026-11-05 閲覧)
  36. [36] フットボールチャンネル(2026/27 欧州挑戦の日本人選手・2026年7月)(2026-11-05 閲覧)
  37. [37] Patro Eisden Maasmechelen 公式(ヨング・ヘンクとのダービー・2025年9月)(2026-11-05 閲覧)
  38. [38] Patro Eisden Maasmechelen 公式(コンペルス・ネクストジェン年間チケット・2026年7月)(2026-11-05 閲覧)

クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。