Philips Sport Vereniging(PSV)
赤いシートが埋まった試合中のフィリップス・スタディオン。ヨーロッパリーグのボデ/グリムト戦(2022年)
スタジアムのそばに広がる、フィリップスが社員向けに造った住宅地フィリップスドルプ。右はステーンチェス教会(2015年)
線路沿いに建つスタジアムとアイントホーフェン中心部の高層ビル群。中央駅のすぐ近くにある(2026年)
写真: Alicembasli(2022年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Jan Geerling(2015年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Sander Perquin(2026年)・CC BY 4.0・Commons(いずれもトリミング加工)
オランダ南部、電機メーカーのフィリップスが生まれた「光の街」アイントホーフェンのクラブ。フィリップスの社員クラブとして始まり、1988年にヨーロッパ・チャンピオンズカップを制した。アヤックス、フェイエノールトと並ぶオランダの3強の一つで、2023-24シーズンからリーグ3連覇中。2019年に堂安律がクラブ初の日本人選手として加わり、2026年夏には佐野航大がNECから移籍してきた。
📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典41件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。
2026-27シーズンのエールディヴィジで3位(18チーム中・勝ち点23)順位表 →
今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。
クラブの源流は、1910年12月12日にフィリップスの社員たちが結成した「フィリップス・エルフタル(フィリップス・イレブン)」。翌1911年初めにフレデリックラーンで最初の試合を行い、5歳だった創業家のフリッツ・フィリップスがキックオフを務めた。この場所は現在のフィリップス・スタディオンと同じ場所にあたる。1913年8月31日、オランダ独立100周年を祝うフィリップスの運動会の締めくくりに、社員のための総合スポーツクラブ「フィリップス・スポーツ・フェレニヒング(PSV)」が正式に創設され、サッカーチームも同年10月に合流した(独自の名前は1916年まで使用)。1928年まではフィリップスの社員しか入れないクラブだった。
1926年からは途切れることなくオランダのトップリーグで戦い、1929年に初のリーグ優勝。1955年にオランダでプロリーグが始まると、まもなくオランダ勢として初めてヨーロッパ・チャンピオンズカップに出場した。1970年代はケース・ライファース監督とクラブ最多得点者のヴィリー・ファン・デル・カイレンのもとで力をつけ、1978年にUEFAカップを制覇。1986年から1992年の間にはリーグ優勝6回、KNVBカップ優勝3回を重ねた。
頂点は1987-88シーズン。フース・ヒディンク監督のもと、シュトゥットガルトで行われたヨーロッパ・チャンピオンズカップ決勝でベンフィカとPK戦にもつれ込み、GKハンス・ファン・ブルーケレンが最後のキックを止めて欧州王者になった。同じシーズンにリーグとKNVBカップも制し、クラブはこの年を「黄金の年」と呼んでいる。
欧州制覇でクラブの名が世界に知られると、ロマーリオやロナウドが独自のスカウト網を通じて加入し、ここから世界的スターへと育った。その後もルート・ファン・ニステルローイ、アリエン・ロッベン、ドリース・メルテンス、イルビング・ロサーノらが在籍し、「スターの揺りかご」と呼ばれる。2002年から2006年にはヒディンクが監督に復帰して再びリーグを制し、韓国代表の朴智星もこの時期にプレーした。近年はアカデミーへの投資を強め、メンフィス・デパイ、ドニエル・マレン、コーディ・ガクポらを自前で育てている。
2023年夏に就任したペーター・ボス監督のもと、2023-24シーズンは開幕17連勝を含む勝ち点91で優勝。2024-25シーズンはアヤックスを勝ち点1差でかわして連覇し、2025-26シーズンも制して3連覇、通算27度目のリーグ優勝を果たした。オランダのスーパーカップにあたるヨハン・クライフ・スハールの優勝15回は最多記録。胸スポンサーは1982年から2016年までフィリップスが務め続けた。
エンブレム楕円形の中に赤と白の横じまを置き、「PSV」の文字が入った旗を重ねたデザイン。最初のエンブレムは電球と「Philips Sport」の文字を円形に配したもので、縦じまの盾形を経て、現在の楕円形になった。その後の変更は縁の色や細かな装飾程度にとどまり、リーグ優勝20回を記念した星2つが加えられている。赤と白のクラブカラーは、1913年の創設会議で初代会長ヤン・ウィレム・ホフケスが、手元のラズベリージュースの赤とノートの白の対比を気に入って選んだと伝えられる。
愛称: ブーレン(Boeren、「農民」) / ランペン(Lampen、「電球」) / ロート・ウィッテン(Rood-witten、「赤白」)
| シーズン | リーグ | 順位 | トピック |
|---|---|---|---|
| 2021-22 | エールディヴィジ | 2 | ロジャー・シュミット監督の2年目。KNVBカップは決勝でアヤックスを2-1で破って優勝。チャンピオンズリーグは予選プレーオフでベンフィカに敗れ、ヨーロッパリーグを経てカンファレンスリーグ準々決勝でレスターに敗退。堂安律がビーレフェルトへのレンタルから戻った年[3][11][28] |
| 2022-23 | エールディヴィジ | 2 | ルート・ファン・ニステルローイ監督のもと、KNVBカップ決勝でアヤックスをPK戦で下して連覇。チャンピオンズリーグは予選プレーオフでレンジャーズに敗れ、ヨーロッパリーグは決勝トーナメントのプレーオフでセビージャに敗退[3][12] |
| 2023-24 | エールディヴィジ | 1 | ペーター・ボス監督の1年目。開幕17連勝、勝ち点91で6季ぶりの優勝。チャンピオンズリーグはグループステージを突破し、ラウンド16でドルトムントに敗退[3][13] |
| 2024-25 | エールディヴィジ | 1 | 2位アヤックスに勝ち点1差で連覇。チャンピオンズリーグは決勝トーナメントのプレーオフでユヴェントスを破り、ラウンド16でアーセナルに敗退。KNVBカップは準決勝敗退[14] |
| 2025-26 | エールディヴィジ | 1 | 勝ち点84で3連覇。チャンピオンズリーグはリーグフェーズ28位で敗退、KNVBカップは準決勝でNECに敗退[2][15] |
1950年代のエースストライカー。1956-57シーズンに記録したリーグ戦43得点は、オランダのリーグの1シーズン最多得点記録として残っている。2003年にスタジアムに銅像が建てられた。[4][17]
近郊ヘルモント出身で、18シーズンにわたってプレー。リーグ戦528試合出場・308得点はいずれもクラブ記録で、エールディヴィジの歴代最多得点者でもある。1978年のUEFAカップ優勝を主将として率い、「ミスターPSV」と呼ばれた。[1][16]
1988年のヨーロッパ・チャンピオンズカップ決勝のPK戦で、ベンフィカの最後のキックを止めて欧州制覇を決めた守護神。在籍中にリーグ優勝6回、KNVBカップ優勝3回を経験した。[1][18]
1987-88シーズンに欧州制覇・リーグ・KNVBカップの3冠を達成。2002年に復帰し、2003年・2005年・2006年にもリーグを制した。選手としても1970-71シーズンにPSVでプレーしている。[1][2][3][23]
1988年のソウル五輪後に加入。5シーズンで公式戦167試合165得点を挙げ、リーグ優勝3回に貢献した。現在はクラブのアンバサダーの一人。[1][19][20]
1994年W杯の後、ロマーリオの助言もあって17歳で加入。2シーズンでリーグ戦46試合42得点を挙げ、バルセロナへ移籍して世界的スターになった。[4][20]
加入1年目にリーグ戦31得点を挙げ、在籍中にリーグ優勝2回。2001年に約3,000万ユーロとされる移籍金でマンチェスター・ユナイテッドへ移籍した。2022-23シーズンは監督としてKNVBカップを制している。[3][4][12][21]
2度の在籍でリーグ戦通算248試合151得点を挙げたストライカー。2014-15から2017-18の3度の優勝に貢献し、2023-24・2024-25の連覇も経験。クラブのアンバサダーに名を連ねる。[1][22]
加入1年目の2019年10月、経験豊富な選手が多いPSVは試合中のハーフタイムにも焦る声がないほど余裕があると語った。自ら望んで来た、成長できる環境だとも話している。[33]
— 堂安律
レンタルから復帰した2021-22シーズン、ドリブラーがそろう前線で自分を必要とする理由をシュミット監督から説明されたことが大きかったと振り返った。ビーレフェルトでの1年で自信を得たとも語っている。[27][28]
— 堂安律
移籍直後、チャンピオンズリーグに出られ、練習のレベルも高いPSVは「今の自分にとって最良のステップ」だと語った。ボス監督の人柄やプレースタイルにも魅力を感じたという。[30][31]
— 佐野航大
オランダ南部、北ブラバント州の都市で、国内5番目の規模。アムステルダムやロッテルダムを含む西部の都市圏(ラントスタット)以外では最大の街になる。1232年に都市権を得た小さな町だったが、1891年にヘラルトとアントンのフィリップス兄弟が電球工場を開いたことで大きく変わった。繊維・たばこ産業とフィリップスの成長で人口は1815年の約2,300人から1935年には10万人を超えた。
フィリップス発祥の地にちなんで「光の街(Lichtstad)」と呼ばれ、カーニバルの期間は街が「ランペガット(Lampegat)」と呼び名を変える。第二次世界大戦中はフィリップスの工場を狙った空爆などで市街の多くを失い、戦後に再建された。旧フィリップスの工場地区ストライプSは住宅や文化施設に生まれ変わり、光の祭典「GLOW」の会場にもなっている。
現在はアイントホーフェン工科大学や半導体製造装置のASMLを擁する先端技術の集積地「ブレインポート」として知られる。デザインの街でもあり、デザイン・アカデミー・アイントホーフェンがあるほか、毎年10月下旬には2002年に始まったデザインの祭典「ダッチ・デザイン・ウィーク」が9日間開かれ、市内約120か所が会場になる。中心部のマルクト広場には、PSVを生涯応援し続けたフリッツ・フィリップスの銅像が2007年に建てられた。
アイントホーフェン中央駅から歩いて約10分、ストライプ地区のフレデリックラーン沿いに建つ。この一帯はアントン・フィリップスが社員の住宅地として1910年に造った「フィリップスドルプ」で、1911年1月にフィリップス・エルフタルが最初の試合をしたのと同じ場所に今もスタジアムがある。創設以来本拠地を一度も移していないのはオランダでは珍しい。
当初は「フィリップス・スポルトパーク」と呼ばれ、1916年の木造スタンドから少しずつ拡張されてきた。1958年に照明塔が付いてナイトゲームが可能になり、1988年にはスカイボックスを備えた新しいメインスタンドが完成。1990年に現在の名前になり、2002年に四隅のスタンドがつながって収容約3万5,000人になった。スタジアム内にはクラブの博物館やショップも入る。EURO2000の会場になったほか、2006年にはUEFAカップ決勝(セビージャ対ミドルズブラ)が開かれた。
収容人数は公式に3万5,000席で、PSVのサポーター向けの約3万席の大半はシーズンチケットで埋まる。2025年11月にはクラブとアイントホーフェン市が少なくとも1万席を増やす拡張計画で基本合意した。2027年の着工を目指し、改修中もこのスタジアムで試合を続ける計画だが、総額約4億ユーロとされる費用の調達を含め、2026年10月時点で最終決定には至っていない。
スタジアムから北へ約5キロ、森に囲まれた市郊外にある練習拠点。トップチーム、女子チーム、アカデミーの3つの区画に分かれ、2019年に大規模な改修を終えた。試合日程が許せばトップチームの公開練習も行われ、セカンドチームのヨングPSVや女子、ユースの練習は基本的に自由に見学できる。
クラブは約10年前からアカデミーへの投資を強め、「スターの揺りかご」を自前の育成でも実現する路線をとっている。セカンドチームのヨングPSVは2013-14シーズンから2部リーグ(エールステ・ディヴィジ)に参加し、若手が早くからプロの試合を経験できるようになった。トップチームに占める生え抜きの割合も増えている。
主な出身選手: イブラヒム・アフェライ、メンフィス・デパイ、ドニエル・マレン、ノニ・マドゥエケ、コーディ・ガクポ
サポーターは自らを「ブーレン(農民)」と呼び、ホームでゴールが決まるたびにこの言葉がスタジアムに響く。大都市アムステルダムに対する、ブラバント地方の出身であることへの誇りの表れで、ユニフォームのデザインやスタジアムの装飾にも北ブラバント州の旗が取り入れられている。背番号12はサポーターのために欠番になっている。
1950年に作られたクラブ歌は、ホームゲームの前半19分13秒に合わせて歌われる。創設年の1913にちなんだ習慣だ。1920年創設の公式サポーター団体「サポーターズフェレニヒングPSV」はスタジアム内に拠点を持ち、ゴール裏の雰囲気づくりを担うグループもある。
日本からはアムステルダム・スキポール空港で乗り換えるのが一般的。スキポール空港駅からアイントホーフェン中央駅までは乗り換えなしの列車(インターシティ)で約1時間25〜30分。格安航空会社が多く発着するアイントホーフェン空港(市の西約7.6キロ)も使え、空港から中央駅へは400番などの路線バスが出ている。
スタジアムはアイントホーフェン中央駅から歩いて約10分。路線バス401・402・403番の「Philips-stadion」停留所も目の前にある。スタジアムの駐車場はアントン・フィリップスラーン側からしか入れず、試合日は周辺道路が規制される。
チケットはクラブ公式サイトのチケットページ(psv.nl/tickets)で販売される。ただし多くのホームゲームで購入に無料の「PSVクラブカード」が必要で、その申請にはオランダのネットバンキングを使った本人確認(iDIN)が必須とされている。リーグ戦の多くはシーズンチケットでほぼ埋まり、販売も会員が優先されるため、日本から観戦する場合は早めに販売状況を確認したい。
クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。