Fußballclub Red Bull Salzburg
レッドブル・アレーナの西スタンド。2023年4月のリーグ戦(LASK戦)で観客が入ったメインスタンド
カプツィーナーベルクから見たザルツブルク旧市街とホーエンザルツブルク城。手前はザルツァッハ川
夜のザルツァッハ川越しに見る旧市街。丘の上にホーエンザルツブルク城、その下に大聖堂の塔が並ぶ
写真: Werner100359(2023年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Uoaei1(2024年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Jiuguang Wang(2011年)・CC BY-SA 3.0・Commons(いずれもトリミング加工)
モーツァルトの生まれた街ザルツブルクを本拠とし、国内リーグ優勝17回を誇るクラブ。2005年に飲料メーカーのレッドブルが買収して現在の姿になり、2014年から10連覇を達成。サディオ・マネやアーリング・ハーランドら若い才能を欧州のビッグクラブへ送り出す「育てて売る」クラブとしても知られる。南野拓実が5年間プレーしてリヴァプールへ羽ばたいたクラブで、2026-27シーズンは北野颯太とチェイス・アンリが在籍している。
📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典44件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。
2026-27シーズンのオーストリア・ブンデスリーガで2位(12チーム中・勝ち点27)順位表 →
今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。
1933年9月13日、ザルツブルクの2つのクラブ、労働者のクラブだったFCラピード・ザルツブルクと市民クラブのFCヘルタ・ザルツブルクが合併して「SVアウストリア・ザルツブルク」として誕生した。クラブカラーは紫と白。1953年に初めて国内1部に昇格したが、その後は昇格と降格を何度も繰り返し「エレベーターチーム」と呼ばれた。1978年からは「カジノ・ザルツブルク」、1997年からは「ヴュステンロート・ザルツブルク」とスポンサー名を冠したが、ファンやメディアは変わらず「アウストリア」と呼び続けた。
黄金期は1990年代。オットー・バリッチ監督のもと、1993-94シーズンにUEFAカップ決勝へ勝ち上がり(インテルに2戦とも0-1で敗戦)、同じシーズンにクラブ初の国内リーグ優勝を果たした。翌1994-95シーズンには連覇とチャンピオンズリーグ(CL)のグループステージ出場を果たし、1996-97シーズンにも優勝。2003年には市街地のレーエン・シュタディオンから郊外の新スタジアム(現レッドブル・アレーナ)へ移った。
2005年4月6日、レッドブル社が運営会社を100%買収した。クラブ名は「FCレッドブル・ザルツブルク」に変わり、伝統の紫と白は赤と白に置き換えられた。新経営陣は「これは歴史のない新しいクラブだ」という立場を取り、公式サイトに創設年を2005年と載せたが、オーストリアサッカー協会(ÖFB)の指摘で取り下げ、のちに1933年からの歴史を認めている。紫の伝統を守ろうとしたファンとの交渉は決裂し、ファンの一部は2005年10月7日に新しいクラブ「SVアウストリア・ザルツブルク」を立ち上げた。この新クラブは7部から昇格を重ね、2025-26シーズンからは2部リーグで戦っている。なお、レッドブルが定款で持っていた理事会の任免権などの特別な権利は2015年に削除され、現在のレッドブルはスポンサーという位置づけ。RBライプツィヒとそろってUEFAの大会に出場するための措置だった。
レッドブル体制では2006-07シーズンにジョヴァンニ・トラパットーニ監督とローター・マテウス(のちに退任)のコンビで優勝。2012年にラルフ・ラングニックがスポーツディレクターに就任。若い才能を見つけて育てるクラブとして知られるようになり、2013-14シーズンから2022-23シーズンまでリーグ10連覇を達成した。2013年から2019年の選手売却収入はおよそ3億ユーロにのぼり、マネ、ハーランド、南野拓実らが巣立った。欧州では2017-18シーズンにヨーロッパリーグ(EL)で4強入り。CL本大会には予選で10年以上はね返され続けたが、2019-20シーズンにレッドブル体制で初めてグループステージに出場し、2021-22シーズンにはクラブ史上初めてラウンド16に進んだ(バイエルン・ミュンヘンに敗退)。
2023-24シーズンにシュトゥルム・グラーツに優勝を奪われて連覇が10で止まると、2024-25シーズンも2位。この間に監督交代が続き、2025-26シーズンはLASKが優勝してザルツブルクは3位、ÖFBカップも準決勝で敗れ、レッドブル体制で最も悪い成績に終わった。2026年6月、前レンジャーズ監督のダニー・レールが3年契約で新監督に就任している。
エンブレム2005年の買収で、エンブレムからもクラブカラーからも伝統の紫が消え、レッドブルのブランドを土台にした赤と白のデザインに変わった。UEFAは大会でのスポンサー名の使用を認めていないため、欧州の大会では「FCザルツブルク」の名前と「レッドブル」の文字を外した専用のエンブレムで戦う。国内10回目の優勝で付けられるはずの優勝の星は、2016年にはスポンサーとの協議の末に見送られ、ファンの反発を招いた。現在の名前で10回目の優勝となった2018-19シーズンの後、星がエンブレムに加えられた。
愛称: 雄牛たち(Die Bullen)
| シーズン | リーグ | 順位 | トピック |
|---|---|---|---|
| 2021-22 | オーストリア・ブンデスリーガ | 1 | 9連覇とÖFBカップ優勝の2冠。CLでクラブ史上初のラウンド16進出(バイエルン・ミュンヘンに敗退)[1][2][10] |
| 2022-23 | オーストリア・ブンデスリーガ | 1 | リーグ10連覇。CLはグループ3位でELへ回り、決勝トーナメントのプレーオフでローマに敗退。ÖFBカップは準々決勝でシュトゥルム・グラーツにPK戦で敗れた[2][11] |
| 2023-24 | オーストリア・ブンデスリーガ | 2 | シュトゥルム・グラーツに優勝を奪われ連覇が10で止まった。ÖFBカップもシュトゥルムに敗退し、2012-13以来の無冠。CLはグループステージに出場[2][8] |
| 2024-25 | オーストリア・ブンデスリーガ | 2 | 川村拓夢の加入1年目。CLリーグフェーズで苦戦し、12月にレインデルス監督を解任、トーマス・レッチュが後任に。2025年夏にはクラブワールドカップに出場(グループステージ敗退)[1][2][9] |
| 2025-26 | オーストリア・ブンデスリーガ | 3 | 北野颯太とチェイス・アンリの加入1年目。CL予選でクラブ・ブルッヘに敗れ、ELはリーグフェーズで敗退。2月にレッチュ監督からダニエル・バイヒラーへ交代。ÖFBカップは準決勝でアルタッハに敗れた[2][7][43][44] |
1993-94シーズンにUEFAカップ決勝へ導き、同シーズンからクラブ初のリーグ優勝を含む連覇を達成。1994-95シーズンにはオーストリアのクラブとして初めてCLのグループステージに進んだ。[2][35]
1990-91シーズンの1年だけの在籍でリーグ戦23得点を挙げ、チームを5位に押し上げた。この23得点は、2008-09シーズンにヤンコが更新するまでクラブのシーズン最多得点記録だった。[2][36]
2008-09シーズンにリーグ戦39得点を挙げて得点王となり、クラブのシーズン最多得点記録を樹立。リーグ戦通算108試合75得点を記録した。[2][37]
公式戦202試合172得点の主将。リーグ得点王に3度輝き、2013-14シーズンにはELの得点王にもなった。退団後、背番号26は欠番になっている。[2][38]
2012年夏、ラングニック体制の最初の大型補強の一人として加入。2シーズンでリーグ戦63試合31得点を挙げ、「育てて売る」ザルツブルクの代表例になった。[1][42]
2019年1月に加入。同年9月のヘンク戦でCLデビューし、前半だけでハットトリックを達成した。南野拓実らとともに攻撃をけん引し、2020年1月にドルトムントへ移籍した。[2][39]
16シーズンにわたってプレーした元主将。公式戦582試合に出場し、22のタイトルを獲得した。背番号17はクラブの欠番になった。[2][40]
U-19を率いて2017年にUEFAユースリーグを制し、トップチーム監督に昇格。1年目の2017-18シーズンにELで4強入りし、リーグ2連覇を果たした。[2][41]
加入から約20日のクラブ公式インタビューで、言葉はまだ通訳頼みだが、チームメイトは「みんな親切でいい雰囲気」と語った。20歳の誕生日には主将ソリアーノからケーキを贈られたという。[33]
— 南野拓実
2019年12月、CLでリヴァプールに敗れてグループ敗退した後、強烈なプレスという自分たちの戦い方は貫いたと振り返り、ザルツブルクは欧州で評価されているチームだと話した。[34]
— 南野拓実
加入8か月のクラブ公式インタビューで、日本よりスピードと激しさを感じていると語った。食事や言葉には少しずつ慣れてきたが、特に言葉はもっと適応が必要だという。チェイス・アンリや川村拓夢と特に仲が良く、英語が得意でない自分に周りが分かりやすく話してくれることに感謝していた。[32]
— 北野颯太
オーストリア第4の都市で、ザルツァッハ川のほとり、ドイツとの国境近くのアルプスの麓に広がる。ミュンヘンからは東へ約150キロ、ウィーンからは西へ約300キロ。街の名は「塩(Salz)」に由来し、塩の採掘と交易で栄えた大司教の街だった。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生まれた街として知られ、バロック建築が並ぶ旧市街は1996年にユネスコの世界遺産に登録された。丘の上には11世紀にさかのぼる欧州最大級の中世の城塞、ホーエンザルツブルク城がそびえる。毎年7〜8月には音楽と演劇の祭典「ザルツブルク音楽祭」が開かれ、映画『サウンド・オブ・ミュージック』の舞台・ロケ地としても有名だ。
スタジアムがあるのは市境のすぐ外の隣町ヴァルス=ジーツェンハイム。近くのザルツブルク空港には、レッドブル創業者ディートリッヒ・マテシッツの航空機コレクションを収めた施設「ハンガー7」がある。
ザルツブルク市の境界のすぐ外、西高速道路とクレスハイム宮殿の近くに建つスタジアム。2003年3月に約1万8,000人収容で開場し、ユーロ2008の開催に合わせて上層スタンドを増設して3万人超になった。ユーロ2008ではギリシャ代表がグループリーグ3試合をここで戦った。開場当初は人工芝で、のちに天然芝に替わっている。所有者はザルツブルク州の公営会社。
2018-19シーズンからは、国内の試合では上層スタンドの大部分を閉じて収容を1万7,218人に絞り、観客を下層に集めて雰囲気を高めている。UEFAの大会では命名権の名前が使えないため「シュタディオン・ザルツブルク」と呼ばれ、2026年8月にはUEFAスーパーカップの会場になった。
1971年から2003年まで本拠地だった市内のレーエン・シュタディオン(2006年1月に解体)。
ザルツブルク市内のリーフェリング地区にある育成拠点。U-7からU-18までのユースチームがあり、学業との両立も重視している。2012年からは提携クラブのFCリーフェリングが育成の最終段階を担い、2部リーグで若手がプロの経験を積んでトップチームを目指す仕組みになっている(リーフェリングはザルツブルクの育成チームのため1部には昇格できない)。
U-19チームは2016-17シーズンにUEFAユースリーグを制し、2021-22シーズンにも決勝に進んだ。2025-26シーズンからは女子のトップチームもアカデミーをホームとしている。
主な出身選手: クサーヴァー・シュラガー、コンラート・ライマー、ドミニク・ソボスライ、ニコラス・ザイヴァルト
2005年の買収で、紫と白の伝統を守ろうとした古くからのファンの多くはクラブを離れ、新しいアウストリア・ザルツブルクを立ち上げた。応援団はゼロから作り直すことになり、その後に生まれたファンクラブが現在のゴール裏を支えている。2014-15シーズンからは北側スタンドがホームのファンの陣取るゴール裏になっている。
レッドブル傘下の「兄弟クラブ」RBライプツィヒに主力選手が次々と移っていくことには、ザルツブルクのファンから不満の声も上がってきた。両クラブは2018-19シーズンのELで初めて公式戦で対戦し、ザルツブルクが2戦とも勝っている。
日本から向かう場合、最寄りの大きな国際空港はザルツブルクから北西に約150キロのミュンヘン空港。ザルツブルク空港にもフランクフルトやアムステルダム、チューリッヒなど欧州の主要都市から定期便がある。鉄道ではザルツブルク中央駅がウィーンやミュンヘン、インスブルック、チューリッヒと結ばれている。
スタジアムへは、中央駅から近郊電車(Sバーン)S3で「Taxham Europark」駅へ。中央駅からの乗車時間は10分足らず。中央駅や中心部からは市バス1番・28番(停留所「Kleßheimer Allee」)も使え、試合日は増便される。試合のチケットは、キックオフの6時間前から終電までザルツブルク州内の公共交通の乗車券を兼ねる。周辺道路は試合日に混むので公共交通がおすすめ。
チケットはクラブ公式サイトのチケットページで販売され、試合ごとの案内(チケット・アクセス情報)も公式サイトに出る。
クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。