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2017年9月、ヨーロッパリーグのBATEボリソフ戦を前に、ゴール裏スタンドを埋めたサポーターのコレオグラフィー

2017年9月、ヨーロッパリーグのBATEボリソフ戦を前に、ゴール裏スタンドを埋めたサポーターのコレオグラフィー
写真: Bobik(2017年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

CLUB · SUPERLIGA (SRB)
レッドスター・ベオグラードのエンブレム

レッドスター・ベオグラード

エンブレムの権利はレッドスター・ベオグラードに帰属します(チームの識別のために表示しています)

レッドスター・ベオグラード

Fudbalski klub Crvena zvezda(Фудбалски клуб Црвена звезда)

📷 2017年9月、ヨーロッパリーグのBATEボリソフ戦を前に、ゴール裏スタンドを埋めたサポーターのコレオグラフィー(写真: Bobik・2017年/CC BY-SA 4.0・Wikimedia Commons・トリミング加工)
  • 2016年8月のホームゲーム。紅白のコレオグラフィーで染まったマラカナのスタンド

    2016年8月のホームゲーム。紅白のコレオグラフィーで染まったマラカナのスタンド
    写真: Bobik(2016年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    2016年8月のホームゲーム。紅白のコレオグラフィーで染まったマラカナのスタンド

  • ベオグラードのヴラチャル地区にそびえる聖サヴァ大聖堂

    ベオグラードのヴラチャル地区にそびえる聖サヴァ大聖堂
    写真: Npps90(2023年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    ベオグラードのヴラチャル地区にそびえる聖サヴァ大聖堂

  • 雪に覆われたカレメグダン(ベオグラード要塞)。川を見下ろす丘の上に築かれた旧市街の起源

    雪に覆われたカレメグダン(ベオグラード要塞)。川を見下ろす丘の上に築かれた旧市街の起源
    写真: Karolina Đukić(2022年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    雪に覆われたカレメグダン(ベオグラード要塞)。川を見下ろす丘の上に築かれた旧市街の起源

写真: Bobik(2016年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Npps90(2023年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Karolina Đukić(2022年)・CC BY-SA 4.0・Commons(いずれもトリミング加工)

創設
1945年
本拠地
ベオグラード
スタジアム
スタディオン・ライコ・ミティッチ(通称マラカナ)
愛称
ツルヴェナ・ズヴェズダ(Crvena zvezda=赤い星)

セルビアの首都ベオグラードを本拠とする、国内リーグ優勝37回を誇るセルビア最多優勝クラブ。1991年5月に欧州チャンピオンズカップを制し、同年12月には東京・国立競技場でのインターコンチネンタルカップ(通称トヨタカップ)にも勝って世界一になった、日本とも縁のある名門だ。2026年8月に中山雄太が加入し、2006年の鈴木隆行以来、クラブ史上2人目の日本人選手になった。

📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典32件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。

NOW

🇯🇵 レッドスター・ベオグラードの日本人選手の今

2026-27シーズンのセルビア・スーペルリーガで1位(14チーム中・勝ち点40)順位表 →

今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。

HISTORY

📜 レッドスター・ベオグラードの歴史

第二次世界大戦末期の1945年3月4日、反ファシスト青年同盟のメンバーらによって総合スポーツクラブとして創設された。戦前の強豪SKユゴスラヴィヤのグラウンドを受け継ぎ、クラブ名は長い議論の末に「赤い星(ツルヴェナ・ズヴェズダ)」に決まった。主将ライコ・ミティッチを中心に1948年から3年連続でユーゴスラビア・カップを制し、1951年にリーグ初優勝。1950年代だけで6度のリーグ優勝を重ね、1956-57シーズンには初出場の欧州チャンピオンズカップで準決勝まで勝ち進んだ。1958年2月の準々決勝でマンチェスター・ユナイテッドと3-3で引き分けた試合は、翌日のミュンヘンの航空機事故の前に「バスビー・ベイブス」が戦った最後の試合として知られる。

1966年に就任したミリャン・ミリャニッチ監督のもとで世代交代が進み、左ウイングのドラガン・ジャイッチが台頭。1967-68シーズンからリーグ3連覇を果たし、1970-71シーズンには再び欧州チャンピオンズカップ準決勝に進んだ。1970年代後半はヴラディミル・ペトロヴィッチが攻撃の中心となり、1978-79シーズンにはUEFAカップで決勝に進出。ボルシア・メンヒェングラートバッハに2戦合計1-2で敗れ、準優勝に終わった。

1986年、クラブ首脳は「5年以内の欧州制覇」を掲げる計画を立て、この年に加入したドラガン・ストイコヴィッチを筆頭に、デヤン・サヴィチェヴィッチ、ロベルト・プロシネチュキ、シニシャ・ミハイロヴィッチ、ヴラディミル・ユーゴヴィッチ、ダルコ・パンチェフらがそろう黄金期を迎えた。1991年5月29日、イタリア・バーリでの欧州チャンピオンズカップ決勝でオリンピック・マルセイユと0-0のままPK戦にもつれ込み、5-3で制してクラブ史上唯一の欧州制覇を達成。同年12月8日には東京の国立競技場でチリのコロコロを3-0で破り、インターコンチネンタルカップも手にした。前半に退場者を出しながら2得点を挙げたユーゴヴィッチが試合の最優秀選手に選ばれている。

1990年代に入るとユーゴスラビアの解体と国連制裁の影響を大きく受けた。欧州王者として臨んだ1991-92シーズンはホームゲームを国外で戦い、1992年からは国際大会から締め出され、主力も次々と西欧のクラブへ移った。2000年代以降は財政難にも苦しみ、2014年には負債を理由にUEFAから欧州カップ戦への出場を認められなかった。それでも2018-19シーズンにはCLグループステージに進出し、ホームでリヴァプールを破ってセルビアのクラブとして初めてCLで勝利を挙げた。

近年は国内で圧倒的な強さを見せ、2020-21シーズンには勝ち点108という1シーズンの最多勝ち点の世界記録を樹立。2025-26シーズンまでリーグ9連覇、6年連続の国内二冠を続けている。2026年8月にはスペイン人のアルベルト・リエラが監督に就任し、同月末に中山雄太が加入。2026-27シーズンはCL・ELの予選で敗れ、UEFAカンファレンスリーグを戦っている。

レッドスター・ベオグラードのエンブレム

レッドスター・ベオグラード

エンブレムの権利はレッドスター・ベオグラードに帰属します(チームの識別のために表示しています)

エンブレムエンブレムは紅白の地に白く縁取られた赤い五芒星を置き、全体を金色で縁取ったデザイン。上部の3つの金色の星は、国内リーグ優勝30回の達成を表している。クラブ名の由来にもなった五芒星は、もとは共産主義の象徴だったが、いまではクラブそのものの象徴として受け止められている。ユニフォームは1950年から使う紅白の縦じまが代名詞で、ここから「ツルヴェノ・ベリ(紅白)」の愛称が生まれた。

愛称: ツルヴェナ・ズヴェズダ(Crvena zvezda=赤い星) / ツルヴェノ・ベリ(Crveno-beli=紅白)

RECORD

🏆 レッドスター・ベオグラードの主なタイトルと近年の戦績

シーズンリーグ順位トピック
2021-22セルビア・スーペルリーガ1勝ち点100で優勝、セルビア・カップとの二冠。ヨーロッパリーグはラウンド16進出[1][7]
2022-23セルビア・スーペルリーガ1二冠。CLはプレーオフでマッカビ・ハイファに敗れ、ヨーロッパリーグはグループステージ敗退。8月にスタンコヴィッチ監督が辞任[1][7][16]
2023-24セルビア・スーペルリーガ1二冠。CLグループステージに出場[1][7]
2024-25セルビア・スーペルリーガ1勝ち点100で優勝し二冠。新方式のCLリーグフェーズに出場[1][7]
2025-26セルビア・スーペルリーガ1リーグ9連覇・6年連続の二冠。CLはプレーオフでパフォスに敗れ、ヨーロッパリーグはノックアウトラウンド・プレーオフでリールに2戦合計1-2で敗退。12月にスタンコヴィッチが監督に復帰[1][8][9][16]
LEGENDS

⭐ レッドスター・ベオグラードを象徴する名選手

JAPANESE

🇯🇵 レッドスター・ベオグラードの歴代日本人選手

VOICES

💬 日本人選手が語るレッドスター・ベオグラードと街

HOMETOWN

🏙️ ホームタウン ベオグラード

地域
セルビアの首都(ベオグラード市)
人口
約168万人(市の行政区域、2022年国勢調査)

日本だと福岡市(約167万人)くらいの規模

サヴァ川がドナウ川に流れ込む合流点に広がるセルビアの首都。名前は「白い街」を意味し、ヨーロッパでも最も古くから人が住み続けてきた都市の一つとされる。歴史の中心は両河川を見下ろす丘に築かれたカレメグダン(ベオグラード要塞)で、いまは市民の憩いの公園になっている。

ユーゴスラビアの誕生から解体まで、その首都でもあった。いまも政府機関やセルビアの主要企業、メディアが集まる国の中心都市だ。正教会の聖堂として世界最大級の聖サヴァ大聖堂がそびえ、旧市街のクネズ・ミハイロヴァ通りやスカダルリヤ地区が観光の中心になっている。

スポーツイベントの開催経験も豊富で、1976年にはサッカーの欧州選手権決勝がツルヴェナ・ズヴェズダの本拠地で行われた。2008年にはユーロビジョン・ソング・コンテストを開催し、2027年には国際博覧会(Expo 2027)の開催が予定されている。

[3][24][25]

STADIUM

🏟️ レッドスター・ベオグラードのスタジアム ― スタディオン・ライコ・ミティッチ(通称マラカナ)

収容人数
49,167人
開場
1963年

サフスキ・ヴェナツ区のデディニェ地区にある国内最大のスタジアム。旧グラウンドの跡地に1960年から建設され、地盤を12メートル掘り下げて造られた。1963年9月1日のリエカ戦(2-1)でこけら落としを迎え、翌1964年に全体が完成すると収容は11万人に達した。その巨大さから、リオデジャネイロのマラカナンにちなんで「マラカナ」と呼ばれるようになった。

1973年の欧州チャンピオンズカップ決勝(アヤックス対ユヴェントス)、1976年の欧州選手権決勝、1979年のUEFAカップ決勝第1戦などの舞台になった。その後、全席を椅子席に改めるなどの改修で収容人数は減り、2014年12月に初代「ズヴェズダの星」ライコ・ミティッチの名を冠して改称。2017年には西側メインスタンド前に彼の銅像が建てられた。宿敵パルチザンの本拠地とは直線で約1キロしか離れていない。

2026年7月にはスタジアム一帯の詳細規制計画の公開縦覧が始まり、改修後は最大4万5,000人規模とする計画が示されている。

1927年に開場したSKユゴスラヴィヤのグラウンドを1945年から使用。1959年12月に最後の試合を行った後に取り壊され、その跡地に現スタジアムが建てられた。

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ACADEMY

🌱 育成 ― ツルヴェナ・ズヴェズダ ユースアカデミー

セルビア史上最高の選手に選ばれたドラガン・ジャイッチをはじめ、1960年欧州ネーションズカップ準優勝メンバーのドラゴスラヴ・シェクララツ、4人目の「ズヴェズダの星」ヴラディミル・ペトロヴィッチ、クラブとユヴェントスで欧州制覇を経験したヴラディミル・ユーゴヴィッチらを輩出してきた。近年もデヤン・スタンコヴィッチ、ネマニャ・ヴィディッチ、マルコ・グルイッチ、ルカ・ヨヴィッチらが巣立っている。

名将ミリャン・ミリャニッチもアカデミーの出身。2017年からはRFKグラフィチャルをリザーブチームとして、若手の実戦の場にしている。

主な出身選手: ドラガン・ジャイッチ、ドラゴスラヴ・シェクララツ、ヴラディミル・ペトロヴィッチ、ヴラディミル・ユーゴヴィッチ、デヤン・スタンコヴィッチ、ネマニャ・ヴィディッチ、マルコ・グルイッチ、ルカ・ヨヴィッチ

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SUPPORTERS

📣 レッドスター・ベオグラードのサポーターとライバル

セルビアで最も人気のあるクラブで、2008年の調査では国民の48%が支持すると答えた。国内だけでなく旧ユーゴスラビア諸国や海外のセルビア系移民にもファンが多い。

組織的な応援団は「デリイェ(勇者たち)」と呼ばれ、1989年に正式に発足した。拠点は北側ゴール裏スタンドで、大規模なコレオグラフィーや旗、太鼓による応援で知られる。背番号12はサポーターに捧げられた欠番になっている。

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ACCESS

✈️ 日本からレッドスター・ベオグラードの試合を観戦するには

空の玄関口は市の中心から西へ約18キロのベオグラード・ニコラ・テスラ空港。就航地に日本の都市はなく、ドーハ・ドバイなど中東の空港や欧州の主要空港で乗り継ぐことになる。空港から市内へは、スラヴィヤ広場行きのA1系統や、ゼレニ・ヴェナツ行きの72系統のバスが走っている。

スタジアムへは市バス・トラムが便利で、クラブ公式によれば西スタンド側には42・59・78・E7系統のバス、北スタンド側には47・48系統のバスが通り、アウトコマンダ方面には18・30・31・33・39系統のバスと9・10・14系統のトラムも通る。鉄道のプロコプ駅からは徒歩約20分。

チケットはクラブ公式のオンライン販売サイト(crvenazvezda.iticket.rs)で購入できる。最新の販売情報はクラブ公式サイトで確認したい。

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出典

  1. [1] Wikipedia(英語版)Red Star Belgrade(2026-11-05 閲覧)
  2. [2] Wikipedia(日本語版)レッドスター・ベオグラード(2026-11-05 閲覧)
  3. [3] FK Crvena zvezda 公式(スタジアム「ライコ・ミティッチ」)(2026-11-05 閲覧)
  4. [4] FK Crvena zvezda 公式(ズヴェズダの星:ドラガン・ストイコヴィッチ)(2026-11-05 閲覧)
  5. [5] FK Crvena zvezda 公式(ズヴェズダの星:ライコ・ミティッチ)(2026-11-05 閲覧)
  6. [6] FK Crvena zvezda 公式(ズヴェズダの星:ドラガン・ジャイッチ)(2026-11-05 閲覧)
  7. [7] Wikipedia(英語版)List of Red Star Belgrade seasons(2026-11-05 閲覧)
  8. [8] Wikipedia(英語版)2025–26 Red Star Belgrade season(2026-11-05 閲覧)
  9. [9] Ligue 1 公式(EL プレーオフ第1戦 リール対ツルヴェナ・ズヴェズダ・2026年2月)(2026-11-05 閲覧)
  10. [10] Wikipedia(英語版)1991 Intercontinental Cup(2026-11-05 閲覧)
  11. [11] Wikipedia(英語版)Rajko Mitić Stadium(2026-11-05 閲覧)
  12. [12] Wikipedia(英語版)Dragan Stojković(2026-11-05 閲覧)
  13. [13] Wikipedia(英語版)Vladimir Petrović (footballer)(2026-11-05 閲覧)
  14. [14] Wikipedia(英語版)Vladimir Jugović(2026-11-05 閲覧)
  15. [15] Wikipedia(英語版)Darko Pančev(2026-11-05 閲覧)
  16. [16] Wikipedia(英語版)Dejan Stanković(2026-11-05 閲覧)
  17. [17] Wikipedia(日本語版)鈴木隆行(2026-11-05 閲覧)
  18. [18] Wikipedia(英語版)Takayuki Suzuki(2026-11-05 閲覧)
  19. [19] フットボールチャンネル(中山雄太、セルビア名門移籍の決め手・2026年9月)(2026-11-05 閲覧)
  20. [20] サッカーキング(中山雄太、町田に別れの言葉・2026年8月)(2026-11-05 閲覧)
  21. [21] Jリーグ公式(中山雄太のレッドスター完全移籍・2026年8月)(2026-11-05 閲覧)
  22. [22] Večernje novosti(中山雄太の入団会見・2026年8月)(2026-11-05 閲覧)
  23. [23] FK Crvena zvezda 公式(選手プロフィール:中山雄太)(2026-11-05 閲覧)
  24. [24] Wikipedia(英語版)Belgrade(2026-11-05 閲覧)
  25. [25] Wikipedia(日本語版)福岡市(2026-11-05 閲覧)
  26. [26] Večernje novosti(スタジアム改修計画の公開縦覧・2026年7月)(2026-11-05 閲覧)
  27. [27] FK Crvena zvezda 公式(連絡先・アクセス)(2026-11-05 閲覧)
  28. [28] Wikipedia(英語版)Belgrade Nikola Tesla Airport(2026-11-05 閲覧)
  29. [29] FK Crvena zvezda 公式チケット販売サイト(2026-11-05 閲覧)
  30. [30] FK Crvena zvezda 公式(監督プロフィール:アルベルト・リエラ)(2026-11-05 閲覧)
  31. [31] Wikipedia(日本語版)インターコンチネンタルカップ (サッカー)(2026-11-05 閲覧)
  32. [32] Wikipedia(英語版)Miljan Miljanić(2026-11-05 閲覧)

クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。