フリーエージェントという立場で新天地に飛び込む選手の、その選択には必ず「理由」がある。
アーセナルとの契約が解除された2025年、冨安健洋が選んだのはアヤックスだった。オランダの名門。再起のための舞台としては悪くない選択に見えた。負傷続きでガナーズでの居場所を失った選手が、プレー時間を確保しながらコンディションを取り戻す場として。
だがそのシナリオは、思い描いていた通りには進まなかった。
FootballTransfers.comが伝えるところによれば、冨安はすでにアヤックスを退団する方向にあるという。直近のPSV戦とユトレヒト戦では2試合続けて90分間ベンチを温めるだけ。その前にはヘラクレス・アルメロ戦で途中出場直後に退場を喫し、NACブレダ戦を欠場している。
数字だけを並べれば、それは一人の選手の苦しい時間を淡々と記録したものに過ぎない。だが、ピッチに立った経験のある人間なら、あの「ベンチで見守るだけ」の2試合に何が宿っていたか、少しは想像がつく。試合に絡めていない選手が味わう時間の流れ方は、外から見ている以上に重い。
冨安のキャリアを振り返ると、その軌跡はある種のまぶしさを持っている。
アビスパ福岡からシントトロイデンへ、そしてボローニャへ。セリエAで頭角を現し、2021年にアーセナルへ移籍した時、彼はプレミアリーグのクラブが本気で獲りに来た日本人ディフェンダーとして注目を集めた。W杯にも2度出場している。
それだけのものを持っていた選手が、なぜこうなったか。
答えは単純で、残酷だ。負傷だ。
長期離脱が重なり、アーセナルでの出場機会は細り続けた。クラブとの契約解除という形での別れは、本人が望んだものではないはずだ。それでも彼は次を探した。27歳という年齢は、まだキャリアの終わりを意味しない。
アムステルダムは、そのための場所になるはずだった。
今季末まで、という短い契約。それ自体が再証明の場としての意味合いを持っていた。試合に出て、体が動くことを見せる。そこから次へ。
デビューは暫定監督のフレッド・グリム体制下、エクセルシオール・ロッテルダム戦だった。その後も断片的に出場機会を得た。しかしその先に待っていたのは、ベンチとスタンドだった。
「出場しない以上、アムステルダムに残る理由もない」とFootballTransfers.comは書いている。
そこに感傷はなく、ただ論理だけがある。それがまた、妙に切ない。
アヤックスは今夏、質の高いディフェンダーを複数失うことになる。冨安に加え、オレクサンドル・ジンチェンコも退団の方向だという。守備陣の再編は避けられない。
ただ、クラブの都合はクラブの都合だ。
冨安の側から見れば、今問われているのはもっと個人的な問いだ。アーセナルを出て、アヤックスでも出口を向かされた今、次のクラブで何をどう見せるか。体は戻っているのか。退場という判断ミスの余白に、コンディション不足はなかったか。
そこを問い直すところからしか、次は始まらない。
ピッチを離れていた時間が長いほど、復帰の道のりは蛇行する。それは誰でもそうだ。だが蛇行しながらでも戻ってくる選手を、この競技は時に生む。
冨安が27歳であることは、まだ何かを諦める理由にはならない。
