サッカー選手にとって、膝の深刻な負傷がどれほど残酷なものか。
実際にピッチに立ったことがある人間なら、骨折や肉離れとはまた違う、あの「膝が逝った」感覚の重さを知っている。単なる痛みではない。「またプレーできるのか」という問いが、リハビリの長い時間の中でじわじわと染み込んでくる類のものだ。
冨安健洋が、そこから戻ってきた。
Ajax Lifeの報道によれば、森保一監督は5月中旬、今夏の北中米W杯に向けた日本代表メンバーを発表。冨安が、深刻な膝の負傷から復帰してその代表リストに名を連ねた。
27歳。アーセナルからアヤックスに移籍して2年目のDFが、2度目のW杯の舞台に立つことになる。
ただ、そこに至る道のりは平坦ではなかった。今シーズン、アヤックスでのリーグ戦最後の出場は4月11日のヘラクレス・アルメロ戦。しかもその試合で退場処分を受け、その後は出場停止、ベンチスタートと、シーズン終盤のピッチから遠ざかり続けた。
それでも森保は選んだ。
なぜそれが「すごいこと」なのか、少し立ち止まって考えてほしい。
代表の選考というのは、監督の机の上に並べられた「今」の評価だ。直近のパフォーマンス、コンディション、チームでの序列──そのすべてが数週間のスパンで更新されていく。負傷明け、試合出場なし、退場処分を挟んでのシーズン終了。これで普通の監督ならリストから外すか、少なくとも迷う。
それでも冨安が選ばれたということは、森保がこの選手の「質」を信頼しているということだ。あるいは日本のDF陣において、冨安の代わりを立てることがそれほど難しいという現実でもある。おそらくその両方だろう。
アビスパ福岡から始まったキャリアが、シントトロイデン、ボローニャを経てアーセナルへ。そしてアーセナルでの4年間はケガとの戦いでもあった。膝、股関節、足首と、さまざまな部位が悲鳴を上げた。それでもクラブと代表の双方から信頼を勝ち取り続けた。その積み重ねが今回の選出につながっているとすれば、これはもう「実力」の話ではなく「信用」の話だ。
気になるのは、アヤックスでの未来だ。
報道によれば、冨安の契約は今季終了とともに満了を迎える。クラブ側との延長交渉が進んでいるという情報は表に出ていない。つまりW杯の舞台に立つとき、彼はすでに「フリーエージェント」の身である可能性が高い。
対照的に、同じくアヤックスからW杯に選ばれたコ・イタクラは2029年夏まで契約が残っている。同じチームの、同じ日本代表の仲間でありながら、立場はまるで違う。
W杯というのは選手にとって最大の「見本市」でもある。特にDFという、地味でありながらクラブが最も慎重に吟味するポジションにおいては、あの大舞台での90分間が次の2〜3年のキャリアを決定づけることも珍しくない。
冨安にとって、6月からの北中米は次の居場所を探す旅でもあるのかもしれない。
6月14日、アーリントン(ダラス近郊)。日本代表はグループステージでオランダと対戦する。
現在のアヤックスにはオランダ代表候補も複数いる。同じクラブで肩を並べていた選手たちが、W杯の舞台では敵になる。サッカーが持つ、その奇妙な構造をピッチで体感することになる。
冨安がその試合のピッチに立てるかどうかは、まだ誰にも分からない。コンディションが戻るかどうか、シーズン終盤のブランクをどう埋めるか、6月の本番までに「試合勘」を取り戻せるか。課題は山積だ。
だが少なくとも、代表という列車には乗った。
膝が壊れていたとしても、そのチケットは用意されていた。それだけで、すでにこのオフシーズンには意味がある。
