移籍の理由が「出場時間の確保」だと聞いて、最初に思ったのは、それはつまり「生き残り」の話だということだ。
トッププレーヤーの言葉の裏には、たいていもっと切実な何かが隠れている。華やかな移籍先への野心ではなく、ピッチに立ち続けるための、静かな、しかし必死の判断。冨安健洋のアヤックス移籍は、そういう種類の決断だったと思う。
アーセナルで過ごした4年間は、才能の証明であると同時に、負傷との長い戦いでもあった。
膝、足首、太もも——部位は変わっても、記録されているのはケガの名前ばかりだ。それがピッチの上でどれほど孤独なことか、走ることを生業にしてきた人間には骨身にしみる。ボールを蹴れない日が続くということは、単に試合に出られないということではない。自分の身体が自分のものではなくなる感覚、それが積み重なっていく時間の重さは、外から眺めているだけでは分からない。
プレミアリーグという最高峰のステージで先発を勝ち取っても、そのポジションが気づけばなくなっている。ベン・ホワイトが右サイドバックに定着し、チームが昨シーズンリーグ制覇を達成した頃には、冨安の出場機会はほぼ消えていた。27歳。W杯イヤーを迎えるには、決定的に時間が足りなかった。
だから今冬のアヤックスへの移籍は、後退ではない。
アーセナルからエールディヴィジへ——クラブの規模だけ見れば確かに格下に映る。だが選手にとってのキャリアは、ブランド名で測れるものではない。必要なのは、試合だ。ピッチに立ち続けること。体に語りかけ、感覚を研ぎ澄ませ、コンディションを言葉ではなく実績で証明すること。
bet365ニュース(オランダ版)は、冨安の代表入りを「決して当然ではなかった」と評している。その通りだろう。でも逆に言えば、本人はそれを誰よりもわかっていたはずだ。移籍の時点で目標を「出場時間の確保とW杯代表入り」と定めていたのなら、それは願望ではなく逆算だ。
春までに試合を積み重ね、森保一に「使える」と思わせる状態を作る。そのためのアヤックス。そのためのエールディヴィジ。
今回の日本代表最終26人には、エールディヴィジ組が5人並んでいる。アヤックスから板倉滉と冨安、フェイエノールトから渡辺剛と上田綺世、NECから小川航基。オランダのリーグが日本代表の主要な供給源になっている現実は、欧州の中堅リーグが日本人選手のキャリアに果たしている役割を静かに示している。
一方で、三笘薫と南野拓実の名前がリストにない。怪我のため、本大会に間に合わない見込みだという。実績で言えば代表の核となるはずだった二人が欠ける。その穴は、数字では測りきれない。
そしてもう一人——長友佑都、39歳。5度目のW杯。もはや語るべき言葉が見当たらないほどの話だが、冨安の話をしていると、この二人の対比が浮かぶ。長友がW杯に出場し始めた頃、冨安はまだ少年だった。それが今、同じグループFのピッチで並び立つかもしれない。
日本は6月14日にオランダと初戦を迎える。ホームとも言えるアヤックスのお膝元で、冨安はいったい何を感じるだろう。
それは想像するしかないが、少なくともこれは言える。
冨安健洋がアヤックスを選んだのは、サッカーを続けるためだった。代表を諦めないためだった。その選択が実を結んだ今、彼はW杯のピッチに立つ権利を、実力で手繰り寄せた。
与えられたのではなく、取りにいった。そこに、この移籍の意味がある。
