ピッチに立てない時間ほど、選手を蝕むものはない。
それは身体的な問題ではない。フィットネスの問題でもない。「自分はここで必要とされているのか」という問いが、静かに、しかし確実に積み重なっていく——あの感覚だ。
冨安健洋がいま、その問いの前に立っている気がする。
Voetbal InternationalのRondje Play-Offsで、記者のレントヒン・グーダイクがこう述べたと伝えられている。
"扉は少し開いているが、そう簡単にはならないと思う"
来季のアヤックス残留について、だ。
グーダイクが指摘したのは出場機会の少なさだった。直近2試合は出場すらできず、プレーオフでもわずか10分。今季を通じた成績は、先発2回・途中出場7回、合計205分。
205分。
プロの試合は90分だ。つまり冨安は今季、フル出場に換算すれば2試合ちょっとしかピッチに立っていない。
この数字を、彼のキャリアの文脈に置いてみる。
冨安はシントトロイデン、ボローニャを経てアーセナルへ渡った。プレミアリーグの舞台で4年間プレーし、昨年アヤックスへ。欧州の中堅クラブから名門へ、そして再建途上のクラブへ——その軌跡は、必ずしも一直線の「出世コース」ではなかった。
アーセナル時代も怪我との戦いは続いた。それでもミケル・アルテタは彼を必要とした。右サイドバックとして、左サイドバックとして、センターバックとして。どのポジションでも質を発揮できる選手だということは、欧州で広く認知されていた。
だからこそ、今のアヤックスでの立ち位置が腑に落ちない。
クラブが彼を「大きく評価していない」とグーダイクは示唆した。それが事実なら、問題は冨安の能力ではなく、クラブの優先順位にある。再建期のクラブには独自のヒエラルキーがある。誰を軸に据えるか、誰に未来を賭けるか——その判断の外に置かれた選手が、10分だけピッチに送り出される。
それは苦しい。
27歳という年齢を考える。
W杯イヤーだ。日本代表の主力として、今年の夏は北中米の地でプレーする。代表でのパフォーマンスと、クラブでの出場機会は、いまや切り離せない。所属クラブで試合に出られない選手が、国際舞台で輝けるかどうか——それは純粋に身体の問題だ。試合感覚は、練習では補えない。
グーダイクは「財政面で妥協してでも残留する意欲が生まれるかもしれない」という可能性も示した。ただしそれは「重宝され、すべての試合に出場できるなら」という条件付きだ。
その条件が満たされそうにないから、扉は「少ししか」開いていない。
残留を決断できる根拠が、いまのアヤックスには見当たらない。
ピッチに立てる場所を選ぶ——それは妥協ではなく、プロとしての判断だ。
27歳、W杯を控えたDFに残された選択肢は、センチメンタルな理由でクラブに留まることではない。どこで、誰と、どれだけ戦えるか。
冨安健洋がその答えを出す夏は、すぐそこまで来ている。
