鈴木唯人を見ていて、速い、と思ったことがあるだろうか。
たぶん、ない。
ドリブルは縦に鋭い。判断は早い。ゴール前で落ち着いている。
そういう言葉で語られてきた選手で、足の速さで語られたことは、ほとんどない。
ところが、数字はそう言っていない。
ブンデスリーガの公式サイトには、DFLがスタジアムで計測した走行データが載っている。
その中の「最高速度」。シーズンで一度でも出した、いちばん速い瞬間の時速だ。
第4節を終えて、上位100人を確かめた。
鈴木唯人、時速35.52キロ。リーグ7位。
上にいるのは6人。マインツのベッカー、ドルトムントのガドゥ、ホッフェンハイムのダギム、ライプツィヒのゴミス、エルバースベルクのギャメラ、ドルトムントのバイアー。
サイドバックと、ウイングと、ストライカー。速さで飯を食っている顔ぶれだ。
その中に、175センチのトップ下がいる。
今シーズンだけの話ではない。
2022年、清水エスパルスにいたころの最高速度は、Jリーグの公式記録で時速34.3キロだった。清水の中で5番目。J1のトップ10には、入っていない。10位が35.0だった。
2024年の秋、デンマークのブレンビーで計測されたのは35.1キロ。スーペルリーガの9位。
そして今、ブンデスリーガで35.52キロの7位。
計測する会社も、方法も、リーグごとに違う。だから、1.2キロ速くなった、と単純には言えない。
ただ、欧州に来てからの2つの数字は、どちらもリーグの上位10人に入っている。
速い選手として語られたことがない男が、計測では、ずっと速い側にいる。
では、なぜ速く見えないのか。
同じ公式データの、別の項目を見ると分かる。
走行距離、38.7キロ。上位100人の中で82位。
スプリント、68回。31位。
インテンシブランという、公式が速度帯で区切っている強度の高い走りは280本で、20位。
最高速度は7位なのに、走った距離は下から数えたほうが早い。
走らない。でも、走るときは速い。
走行距離とインテンシブランの両方で上位100人に入った74人について、1キロあたり何本が強度の高い走りかを計算すると、鈴木は7.24本で8番目に高い。
たくさん走って目立つタイプではない。走った時間の中身が濃いタイプだ。
速さを見せる回数が少ないから、速さが印象に残らない。
たぶん、それだけのことだ。
もうひとつ、面白い数字がある。
昨シーズンのヨーロッパリーグ。
UEFAの公式記録で、鈴木の最高速度は34.8キロだった。上位50人のリストで41番目。
1位はヤングボーイズのヴィルジニウスで36.74。ベティスのアントニーが36.55、ポルトのウィリアム・ゴメスが36.51と続く。
鈴木は、ここでは目立たない。
ところが、放送映像から選手の動きを追跡しているデータ会社、グラディエント・スポーツの集計は違う。
こちらは一度だけの最高速ではなく、5試合以上に出た選手の「上位5回の平均」を最高速度としている。
その順位で、鈴木は34.3キロで1位。2位がアントニーの34.0、3位がウィリアム・ゴメスの33.1。
一度なら、アントニーのほうが速い。
何度でも出せる速さなら、鈴木のほうが速い。
同じ大会の、同じシーズンの、同じ3人で、順位がひっくり返る。
評判の側を、さかのぼる。
市立船橋のころに言われていたのは「判断の速さ」と「頭の良さ」だった。
清水時代のデータサイトで10点満点だったのは、ドリブルでチャンスを作る力。速さの項目はない。
ブレンビーに移ったときの現地の移籍分析は、ボールを持っても持たなくてもテンポのある選手、と書いた。
フライブルクが獲得を発表した2025年5月、取締役のヨッヘン・ザイアーは、得点と味方を生かす力の両方を持つ選手だと説明したうえで、こう続けている。
「His pace, flexibility and technique」
英語版のリリースで、最初に挙げた言葉が、pace だった。
6月に「まだ、ほとんどの人が知らない」と書いたとき、私は「ボールを持った状態での速さと、相手の逆をつく判断の速さ」と表現した。
クラブは、それより前に、走る速さも見ていた。
9月16日、ブンデスリーガの公式チャンネルが「自陣から全力疾走!」というタイトルで、グラッドバッハ戦の鈴木のチャンスシーンをプレーヤーカメラの映像で公開した。
スプリントは90分に19回ほど。そのうち、自陣からゴール前まで走り切る場面は多くない。
たぶん、その数少ない一度が、35キロの正体だ。
4試合で4ゴール。リーグの得点ランキングの、いちばん上に名前がある。
その4つの中に、速さで奪ったゴールはひとつもない。ヘディングと、こぼれ球と、走り込みと、同点弾。
速さはゴールにならない。
速さは、ゴール前にいる時間を作る。
鈴木唯人の速さは、そういう使われ方をしている。
