9月17日、森保一が名簿を読み上げた。
ゴールキーパーは3人。早川友基、小久保玲央ブライアン、鈴木彩艶。
野澤大志ブランドンの名前はなかった。
長田澪バックハウスの名前は、この名簿にも、ドイツの名簿にもない。
4人とも、いま欧州のクラブで先発している。
5大リーグとベルギー1部で、日本人のキーパーが同じ月に4人、ゴールマウスに立っている。
私が記憶する限り、こんな9月は一度もなかった。
このコラムで書きたいのは、その4人の序列の話だ。
正確に言えば、序列が動かなくなったあとで、残りの3人が何を選んでいるか、という話である。
まず、動かなくなった1番のこと。
鈴木彩艶は8月、パルマからアストン・ヴィラへ移った。固定3000万ユーロに出来高500万。日本人選手としては史上最高額に並ぶ数字だ。
11日後、エミリアーノ・マルティネスがチェルシーへ去った。
ヴィラは控えを買ったんじゃない。後継者を先に確保してから、レジェンドを送り出した。
9月6日のハル戦で初めてゴールを守り切り、9月8日にはチャンピオンズリーグのピッチに立った。日本人のキーパーとして初めてのことだ。
ウナイ・エメリはハル戦のあと、彼が保持で試合を支配し、ビルドアップに加わってチームに忍耐をもたらした、と語っている。
もちろん、褒め言葉だけじゃない。
ヴィラの元スカウトは、ボックス内に来るボールへの対応と、出るか留まるかの決断の曖昧さを指摘した。
ただ、そういう批評が出ること自体が、彼がすでに批評される場所にいることの証明でもある。
夏のワールドカップで、彼は日本の4試合すべてに立った。
ブラジルとのラウンド32、ヴィニシウスのシュートをポストへ逸らしたあの場面を、私は何度も見返した。
1点差で負けた試合だ。
それでも、あの夜から日本の1番は動かなくなった。
ここで、2年前のことを思い出してほしい。
2024年のパリ五輪。日本のゴールキーパーは小久保が1番、野澤が12番だった。
鈴木彩艶は、いなかった。
シントトロイデンからパルマへの移籍が固まっておらず、最終的に協会の判断で外れた。
小久保は4試合すべてに先発した。グループステージ3試合を無失点で抜け、準々決勝でスペインに0-3で敗れて泣いた。
ファンは彼を国防ブライアンと呼んだ。
つまり、序列は逆だった。
2年前の夏、日本のゴールを守っていたのは小久保で、控えが野澤で、鈴木は蚊帳の外だった。
それが、たった2年でひっくり返った。
ワールドカップの4試合と、3500万ユーロの移籍で。
もっと遡れば、2019年のU-17ワールドカップは鈴木が1番、野澤が12番だった。
同学年の2人は、17歳のときから同じ順番で並んでいる。
パリで一度だけ、その順番が崩れた。鈴木がいなかったから。
小久保玲央ブライアンの言葉を引く。
2024年8月、シントトロイデンの入団会見だ。
"彩艶に追いつくとか追い越せではなくて"
そのあとに、周りのことは考えず自分らしくプレーしたい、と続く。
パリ五輪の直後、つまり自分が1番で鈴木が蚊帳の外だった直後に、彼はこう言っていた。
追いつくとか追い越せではなくて、と。
この言葉の重さが、2年経ってはっきりした。
昨季はリーグ38試合すべてに立ち、シントトロイデンは3位でヨーロッパの切符を取った。
夏にはパルマの名前が出た。鈴木が抜けた穴を、小久保で埋める案だ。
彼は残った。
8月には英国のメディアが、鈴木が日本の定位置を固めた以上、ナイジェリアは小久保の招集を検討すべきだ、と書いた。父の祖国である。
本人は何も言っていない。
そして9月17日、去年11月以来のA代表に呼ばれた。光栄に思う、と彼はコメントを出している。
その間に、9月12日のベーヴェレン戦でPKを止められなかった。
ベルギーのメディアは、直近27本のPKを1本も止めていない、と数字を並べた。
1番の座は動かない。国籍の話が外から飛んでくる。PKは止まらない。
それでも、シントトロイデンのゴールに毎週立っている。追いつくためではなく、と本人は言うだろう。
野澤大志ブランドンは、いちばん近くて、いちばん遠い。
昨季アントワープで正キーパーになり、クラブの年間MVPに選ばれた。
それでもワールドカップの名簿に入れなかった。ベルギーの新聞は驚きだと書いた。
夏には財政難のクラブが売却候補に挙げた。5大リーグの名前が並んだ。
結局、残った。
今季は6試合すべてに先発している。
8月31日のシントトロイデン戦は1-4で負け、地元紙は10点満点の4をつけた。荒木の先制点で飛び出しが遅れた。
9月13日のブルッヘ戦では、左足のロングフィードで同点ゴールをアシストした。試合はまた負けた。
3点目は防げたはずで、自分自身に失望している、と彼は試合後に語っている。一歩ずつ前進する、とも。
去年の夏、彼は日本のメディアにこう話していた。自分は一番下だ、もっともっとやらなければいけない、と。
いわてでJ3降格を経験し、自分の弱さを突きつけられた男の言葉だ。
A代表の出場は、まだ一度もない。
2024年のアジアカップも、去年11月の追加招集も、ベンチだった。
そして今回は、ベンチにも呼ばれなかった。
ピッチに立ったことのある人間なら分かると思うが、キーパーは途中出場で自分を示せない。
先発か、ゼロか。
だから野澤にとって、アントワープの6試合は代表の0試合を埋めるための、唯一の場所になっている。
4人目は、まだどの国のゴールも守っていない。
長田澪バックハウス。194センチ。ドイツのメンヒェングラートバッハに生まれ、川崎で育ち、川崎フロンターレの下部組織を経て、2018年にドイツへ戻った。
日本のU-15で1試合。それ以降はドイツのU-15からU-21まで、ずっとドイツのユニフォームを着てきた。
この夏、ブレーメンからフライブルクへ移った。約1500万ユーロ、クラブ史上最高額だ。
正キーパーだったノア・アトゥボルはフランクフルトへ貸し出され、長田が6試合すべてに先発している。フライブルクは開幕3連勝で首位に立った。
彼はまだ、日本かドイツかを決めていない。
今年3月、ドイツの雑誌に、どちらを選んでも間違った選択になる気がする、と話している。
ドイツ協会を断れば、これまで世話になった100人ほどの人間に影響が及ぶ、とも。
森保は彼が18歳のときにブレーメンまで会いに行っている。
この9月には、ユルゲン・クロップの新しいドイツ代表の候補に名前が挙がったと報じられた。
フライブルクの同僚、鈴木唯人は、日本を選んでくれたら嬉しい、と語った。
鈴木彩艶が動かない1番であることは、彼の選択にどう働くだろう。
日本を選べば、当面は2番か3番だ。
ドイツを選べば、層の厚いキーパー大国の中で順番を待つことになる。
どちらも簡単じゃない。
だからこそ、彼は毎週フライブルクのゴールに立つことを先に選んだのだと思う。国を選ぶ前に、出場を選んだ。
背景を、少しだけ。
川口能活がポーツマスへ渡ったのが2001年。次に川島永嗣がリールセへ行くまで、9年の空白があった。
キーパーは、日本人の欧州移籍でいちばん最後まで取り残されたポジションだった。
欧州4大リーグの正キーパーは、半数以上が190センチ以上だという。今夏のワールドカップに出た48か国の正キーパーの平均は189.9センチ。
日本の1番は190センチ。野澤と小久保は193、長田は194。
国内でゴールを守る大迫敬介が186、早川友基が187。
浦和時代に鈴木を育てた工藤輝央は、協会もサイズを重視して選手を選ぶようになった、と語っている。
松永成立は、キーパーコーチの水準が上がったことを理由に挙げた。
4人とも、海外にルーツを持つ。
それを日本人の身体的な弱点を補う存在だ、と言い切る論調もある。
私はそう言いたくない。
彼らは日本で育ち、日本の指導者に教わり、日本のクラブからヨーロッパへ出た。
補っているんじゃない。日本のキーパー像そのものを、更新している。
9月24日、宮城でウルグアイ戦がある。
1番は決まっている。
小久保はおそらくベンチから見守り、野澤はベルギーで週末の試合に備え、長田はまだ誰の名簿にもいない。
動かない1番と、3つの出場。
そのどれもが、キーパーというポジションにとっては、同じくらい重い。
