サッカー欧州組 wire
上空から見たヴィラ・パーク。手前右がレンガ造りの外観のトリニティ・ロード・スタンド、左が鉄骨の屋根を持つホルテ・エンドで、周りにはレンガの住宅街が広がる

上空から見たヴィラ・パーク。手前右がレンガ造りの外観のトリニティ・ロード・スタンド、左が鉄骨の屋根を持つホルテ・エンドで、周りにはレンガの住宅街が広がる
写真: Arne Müseler(2023年撮影) / CC BY-SA 3.0 de / Wikimedia Commons・トリミング加工

CLUB · PREMIER LEAGUE
アストン・ヴィラのエンブレム

アストン・ヴィラ

エンブレムの権利はアストン・ヴィラに帰属します(チームの識別のために表示しています)

アストン・ヴィラ

Aston Villa Football Club

📷 上空から見たヴィラ・パーク。手前右がレンガ造りの外観のトリニティ・ロード・スタンド、左が鉄骨の屋根を持つホルテ・エンドで、周りにはレンガの住宅街が広がる(写真: Arne Müseler・2023年/CC BY-SA 3.0 de・Wikimedia Commons・トリミング加工)
  • ゴール裏スタンド、ホルテ・エンドのレンガ造りの外観

    ゴール裏スタンド、ホルテ・エンドのレンガ造りの外観
    写真: Anthony Foster(2024年撮影) / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    ゴール裏スタンド、ホルテ・エンドのレンガ造りの外観

  • ヴィラ・パークと同じアストン地区にある歴史的な邸宅、アストン・ホール

    ヴィラ・パークと同じアストン地区にある歴史的な邸宅、アストン・ホール
    写真: Anthony Foster(2024年撮影) / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    ヴィラ・パークと同じアストン地区にある歴史的な邸宅、アストン・ホール

  • バーミンガム中心部のヴィクトリア・スクエア。奥はドーム屋根のカウンシル・ハウス(市庁舎)

    バーミンガム中心部のヴィクトリア・スクエア。奥はドーム屋根のカウンシル・ハウス(市庁舎)
    写真: Ian S(2021年撮影) / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    バーミンガム中心部のヴィクトリア・スクエア。奥はドーム屋根のカウンシル・ハウス(市庁舎)

写真: Anthony Foster(2024年)・CC BY-SA 2.0・Commons / Anthony Foster(2024年)・CC BY-SA 2.0・Commons / Ian S(2021年)・CC BY-SA 2.0・Commons(いずれもトリミング加工)

創設
1874年
本拠地
バーミンガム
スタジアム
ヴィラ・パーク
愛称
ヴィランズ(The Villans)

イングランド第2の都市バーミンガムの北部、アストン地区を本拠とする1874年創設の古豪。フットボールリーグの創設メンバーで、1982年には欧州チャンピオンズカップを制した。2025-26シーズンにヨーロッパリーグを制して30年ぶりの主要タイトルを手にし、2026年8月には日本代表GK鈴木彩艶がクラブ史上初の日本人選手として加わった。

📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典33件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。

NOW

🇯🇵 アストン・ヴィラの日本人選手の今

2026-27シーズンのプレミアリーグで10位(20チーム中・勝ち点12)順位表 →

今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。

HISTORY

📜 アストン・ヴィラの歴史

1874年、アストン・ヴィラ・ウェズリアン礼拝堂に集うクリケット仲間がサッカーのクラブを立ち上げたのが始まり。クラブ名は礼拝堂の近くにあった交差点「ヴィラ・クロス」に由来する。1886年に就任したスコットランド出身のジョージ・ラムジーのもとでパスをつなぐサッカーの先駆けとなり、1888年にはクラブの理事ウィリアム・マクレガーの呼びかけでフットボールリーグが誕生。ヴィラはその創設メンバーになった。

ヴィクトリア朝からエドワード朝にかけてが最初の黄金期。1887年にミッドランズのクラブとして初めてFAカップを制し、1896-97シーズンにはリーグとFAカップの2冠を達成。1897年に現在のヴィラ・パークへ移り、1910年までに6度のリーグ優勝を重ねた。1930-31シーズンに記録したリーグ戦128得点は、いまもイングランド1部の最多記録として残る。1936年に初めて2部へ降格したが、1957年には7度目のFAカップ優勝を果たした。

1960年代に入ると経営難と迷走が続き、1970年にはクラブ史上初めて3部まで転落した。1974年に就任したロン・サンダース監督のもとで1部に戻ると、2度のリーグカップ優勝を経て1980-81シーズンに71年ぶりのリーグ優勝。翌1982年2月にサンダースが退任し、アシスタントのトニー・バートンが後を継ぐと、5月のロッテルダムでの決勝でバイエルン・ミュンヘンを1-0で破り、欧州チャンピオンズカップを制覇。同年のUEFAスーパーカップではバルセロナにも勝った。

1992年にはプレミアリーグの創設メンバーとなり、1994年と1996年にリーグカップを制した。しかし2016年、プレミアリーグで初めての降格を経験。2019年のチャンピオンシップ昇格プレーオフ決勝でダービー・カウンティを2-1で破って1部に戻り、同年からナセフ・サウィリスとウェス・エデンズらの投資会社V Sportsがクラブを所有している。

2022年10月に就任したウナイ・エメリ監督のもとで急成長し、2023-24シーズンに4位に入って1982-83シーズン以来となるチャンピオンズリーグ出場権を獲得。2024-25シーズンはCL準々決勝まで勝ち上がった。2025-26シーズンには2026年5月20日のヨーロッパリーグ決勝(イスタンブール)でSCフライブルクを3-0で下し、1996年以来30年ぶりの主要タイトルを獲得。エメリにとっては大会最多となる5度目のEL制覇だった。2026年8月のUEFAスーパーカップではパリ・サンジェルマンに1-2で敗れている。

アストン・ヴィラのエンブレム

アストン・ヴィラ

エンブレムの権利はアストン・ヴィラに帰属します(チームの識別のために表示しています)

エンブレムエンブレムに描かれているのは、後ろ足で立ち上がる獅子(ライオン・ランパント)。1880年までに、スコットランド出身のマクレガーとラムジーが、スコットランドの獅子を刺繍した黒いシャツを導入したのが起源とされる。2007年の改訂で1982年の欧州制覇を示す星が加わり、伝統のモットー「PREPARED(備えあり)」は2016年の改訂で外された。2024年5月には盾形のエンブレムに戻っている。クラブカラーのクラレットとスカイブルーは、1886年11月のクラブの議事録に「チョコレート色と空色のシャツ」の提案が記録されており、このチョコレート色がのちにクラレットになった。

愛称: ヴィランズ(The Villans) / ライオンズ(The Lions)

RECORD

🏆 アストン・ヴィラの主なタイトルと近年の戦績

シーズンリーグ順位トピック
2021-22プレミアリーグ14シーズン途中の2021年11月にスティーヴン・ジェラードが監督に就任[1][4]
2022-23プレミアリーグ72022年10月にエメリ監督が就任し、残留争いから7位まで浮上。ヨーロッパカンファレンスリーグ出場権を獲得[4][6]
2023-24プレミアリーグ41982-83以来のCL出場権を獲得。ヨーロッパカンファレンスリーグは準決勝でオリンピアコスに敗退[1][4][6]
2024-25プレミアリーグ6チャンピオンズリーグ準々決勝でパリ・サンジェルマンに合計4-5で敗退。FAカップ4強[3][4][6]
2025-26プレミアリーグ4ヨーロッパリーグ優勝(決勝でSCフライブルクに3-0)。1996年以来30年ぶりの主要タイトル[3][4][5]
LEGENDS

⭐ アストン・ヴィラを象徴する名選手

JAPANESE

🇯🇵 アストン・ヴィラの歴代日本人選手

VOICES

💬 日本人選手が語るアストン・ヴィラと街

HOMETOWN

🏙️ ホームタウン バーミンガム

地域
イングランド・ウェスト・ミッドランズ
人口
約117.7万人(2025年推計)

日本だと広島市(約117万人)くらいの規模

ロンドンの北西およそ160キロにある、「イギリス第2の都市」と呼ばれる街。単独の自治体としてはイングランドで最も人口が多い。

産業革命の時代には、数えきれないほどの小さな工房と熟練職人が経済を支え、「千の職業の街」と呼ばれた。市内には運河網が張り巡らされ、宝飾品の工房が集まるジュエリー・クォーターでは1855年に世界初の人工プラスチックが発明された。大学が5校あり、ロンドン以外ではイギリス最大の高等教育の拠点でもある。

多様な背景を持つ人々が暮らす街で、2021年の国勢調査ではアジア系の住民が約31%を占めた。

ヴィラ・パークがあるアストン地区は、市中心部のすぐ北西に位置する下町。もとは独立した教区で、1911〜12年にバーミンガム市に編入された。歴史的な邸宅アストン・ホールなどの名所があり、ロックバンド、ブラック・サバスのオリジナルメンバーが育った場所としても知られる。

[16][17][18][19]

STADIUM

🏟️ アストン・ヴィラのスタジアム ― ヴィラ・パーク

収容人数
43,205人(2026-27シーズンは北スタンド改修のため約37,000人)
開場
1897年

1897年4月17日、娯楽施設アストン・ロワー・グラウンズの跡地に開場し、こけら落としのブラックバーン・ローヴァーズ戦は3-0で勝利した。以来120年以上にわたってヴィラの本拠地であり続けている。FAカップ準決勝の開催は55回で全スタジアム最多。1966年W杯では3試合、EURO96では4試合が行われ、1999年にはUEFAカップウィナーズカップ決勝の舞台にもなった。最多観客記録は1946年のFAカップ準々決勝で入った76,588人。

南側のゴール裏「ホルテ・エンド」は1994〜95年に2層式で建て直され、完成当時はイギリス最大のゴール裏スタンドだった。メインスタンドにあたるトリニティ・ロード・スタンドは2001年に新しくなった。北スタンドは大規模改修のため2026-27シーズンの間は閉鎖されており、完成後は収容人数が5万人を超える計画だ。

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ACADEMY

🌱 育成 ― アストン・ヴィラ・アカデミー

U-18とU-21は、バーミンガム郊外ノース・ウォリックシャーにある練習場ボディムーア・ヒースを拠点にしている。FAユースカップは1972・1980・2002・2021・2025年の5度制覇。2025年の決勝ではヴィラ・パークにマンチェスター・シティを迎えて3-1で勝った。

2012-13シーズンには欧州の若手大会「NextGenシリーズ」で優勝。トップチームのCL出場により、2026-27シーズンはUEFAユースリーグにもU-19チームを送り出す。

主な出身選手: ジャック・グリーリッシュ、ガブリエル・アグボンラホール、ギャレス・バリー、ギャリー・ケーヒル、ダリウス・ヴァッセル、ブライアン・リトル

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SUPPORTERS

📣 アストン・ヴィラのサポーターとライバル

ミッドランズを中心に大きなファン層を持ち、サポーターズクラブは世界中にある。ゴール裏のホルテ・エンドに陣取るファンは自らを「12人目の選手」と称し、2024年に結成されたサポーター団体「1897グループ」がティフォ(大規模な応援演出)やファンマーチを手がけている。ウィリアム皇太子やオジー・オズボーン、トム・ハンクスらもファンとして知られる。

鈴木彩艶がヴィラ・パークでデビューしたアーセナル戦では、ホームのファンがさっそく彼の名前を入れた応援歌で新守護神を迎えた。

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ACCESS

✈️ 日本からアストン・ヴィラの試合を観戦するには

日本から向かう場合、ロンドンを経由するのが分かりやすい。ロンドン・ユーストン駅からバーミンガム・ニューストリート駅までは、直通列車で最速1時間16分ほど。

ニューストリート駅からはヴィラ・パーク最寄りのウィットン駅(スタジアムまで約500メートル)、またはアストン駅(徒歩約15分)まで列車で約10分。

チケットは公式チケットサイト(tickets.avfc.co.uk)で販売される。試合ごとのチケットは、まず公式メンバーシップの会員向けに優先販売され、その後に一般販売という順番。2026-27シーズンは北スタンドの閉鎖で席数が減っており、クラブは会員向けの販売で売り切れる見込みだと案内している。観戦を考えるなら、事前にメンバーシップへの登録が前提になる。最新情報はクラブ公式サイトで確認したい。

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出典

  1. [1] Wikipedia(英語版)Aston Villa F.C.(2026-11-05 閲覧)
  2. [2] Wikipedia(日本語版)アストン・ヴィラFC(2026-11-05 閲覧)
  3. [3] Aston Villa 公式(The Story of Aston Villa)(2026-11-05 閲覧)
  4. [4] Wikipedia(英語版)List of Aston Villa F.C. seasons(2026-11-05 閲覧)
  5. [5] Wikipedia(英語版)2026 UEFA Europa League final(2026-11-05 閲覧)
  6. [6] Wikipedia(英語版)Unai Emery(2026-11-05 閲覧)
  7. [7] Wikipedia(英語版)Billy Walker (footballer, born 1897)(2026-11-05 閲覧)
  8. [8] Wikipedia(英語版)Peter McParland(2026-11-05 閲覧)
  9. [9] Wikipedia(英語版)Charlie Aitken (footballer, born 1942)(2026-11-05 閲覧)
  10. [10] Wikipedia(英語版)Ron Saunders(2026-11-05 閲覧)
  11. [11] Wikipedia(英語版)Peter Withe(2026-11-05 閲覧)
  12. [12] Wikipedia(英語版)Gordon Cowans(2026-11-05 閲覧)
  13. [13] Wikipedia(英語版)Paul McGrath (footballer)(2026-11-05 閲覧)
  14. [14] Wikipedia(英語版)Villa Park(2026-11-05 閲覧)
  15. [15] Greater Birmingham Chambers of Commerce(北スタンドの2026-27シーズン閉鎖・2026年4月)(2026-11-05 閲覧)
  16. [16] Wikipedia(英語版)Birmingham(2026-11-05 閲覧)
  17. [17] City Population(バーミンガムの人口・英国統計局データ)(2026-11-05 閲覧)
  18. [18] Wikipedia(日本語版)広島市(2026-11-05 閲覧)
  19. [19] Wikipedia(英語版)Aston(2026-11-05 閲覧)
  20. [20] Wikipedia(英語版)Aston Villa F.C. Under-21s and Academy(2026-11-05 閲覧)
  21. [21] Aston Villa 公式(FAユースカップ優勝・2025年5月)(2026-11-05 閲覧)
  22. [22] サッカーキング(鈴木彩艶のアストン・ヴィラ移籍・2026年8月)(2026-11-05 閲覧)
  23. [23] Football Italia(アストン・ヴィラ公式発表を引用した鈴木彩艶の加入・2026年8月)(2026-11-05 閲覧)
  24. [24] Resonate(クラブ初の日本人選手としての鈴木彩艶・2026年8月)(2026-11-05 閲覧)
  25. [25] フットボールチャンネル(鈴木彩艶のプレミアデビュー・2026年9月)(2026-11-05 閲覧)
  26. [26] フットボールチャンネル(鈴木彩艶のCLデビュー・2026年9月)(2026-11-05 閲覧)
  27. [27] サッカーキング(マンチェスター・シティ戦の鈴木彩艶とエメリ監督の評価・2026年10月)(2026-11-05 閲覧)
  28. [28] SoccerNews(鈴木彩艶がVillaTVに語った加入の思い・2026年8月)(2026-11-05 閲覧)
  29. [29] Read Aston Villa(鈴木彩艶がAFPに語ったヴィラでの手応え・2026年10月)(2026-11-05 閲覧)
  30. [30] Number Web(鈴木彩艶が語るアーセナル戦・2026年9月)(2026-11-05 閲覧)
  31. [31] Aston Villa 公式(2026-27シーズンのチケット販売)(2026-11-05 閲覧)
  32. [32] Avanti West Coast(ヴィラ・パークへの行き方)(2026-11-05 閲覧)
  33. [33] SplitMyFare(ロンドン〜バーミンガムの所要時間)(2026-11-05 閲覧)

クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。