サッカー欧州組 wire
セント・アンドリュースのコップ・スタンド正面。クラブのエンブレムの下、入口前にトレヴァー・フランシスの銅像が立つ(2025年11月)

セント・アンドリュースのコップ・スタンド正面。クラブのエンブレムの下、入口前にトレヴァー・フランシスの銅像が立つ(2025年11月)
写真: Elliott Brown(2025年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

CLUB · CHAMPIONSHIP
バーミンガム・シティのエンブレム

バーミンガム・シティ

エンブレムの権利はバーミンガム・シティに帰属します(チームの識別のために表示しています)

バーミンガム・シティ

Birmingham City Football Club

📷 セント・アンドリュースのコップ・スタンド正面。クラブのエンブレムの下、入口前にトレヴァー・フランシスの銅像が立つ(2025年11月)(写真: Elliott Brown・2025年/CC BY-SA 4.0・Wikimedia Commons・トリミング加工)
  • 高層ビルが並ぶバーミンガム中心部と、手前に広がる住宅街(2021年)

    高層ビルが並ぶバーミンガム中心部と、手前に広がる住宅街(2021年)
    写真: Smileyface(2021年撮影) / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    高層ビルが並ぶバーミンガム中心部と、手前に広がる住宅街(2021年)

  • 産業革命期の運河が残る市中心部のガス・ストリート・ベイスン。細長いナローボートが並ぶ(2017年)

    産業革命期の運河が残る市中心部のガス・ストリート・ベイスン。細長いナローボートが並ぶ(2017年)
    写真: Metrogogo(2017年撮影) / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    産業革命期の運河が残る市中心部のガス・ストリート・ベイスン。細長いナローボートが並ぶ(2017年)

写真: Smileyface(2021年)・CC BY-SA 2.0・Commons / Metrogogo(2017年)・CC BY-SA 2.0・Commons(いずれもトリミング加工)

創設
1875年
本拠地
バーミンガム
スタジアム
セント・アンドリュース(St. Andrew's @ Knighthead Park)
愛称
ブルーズ(Blues)

「イギリス第2の都市」バーミンガムの東部、ボーデスリー地区に本拠を置くクラブ。1963年と2011年のリーグカップ優勝、イングランドのクラブとして初めて欧州カップ戦の決勝に進んだ歴史を持ち、2023年からは米国の投資会社ナイトヘッドの傘下でNFLのスター、トム・ブレイディも少数株主に名を連ねる。2024年に加入した岩田智輝は3部優勝の主力で、2部(チャンピオンシップ)に戻った今も中盤の柱としてプレーしている。

📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典33件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。

NOW

🇯🇵 バーミンガム・シティの日本人選手の今

2026-27シーズンのチャンピオンシップで3位(24チーム中・勝ち点26)順位表 →

今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。

HISTORY

📜 バーミンガム・シティの歴史

1875年に「スモール・ヒース・アライアンス」として誕生した。1888年にはクラブ名をスモール・ヒースとし、取締役会を持つ株式会社となった最初のサッカークラブになった。1892年に新設されたフットボールリーグ2部の創設メンバーとなり、初代王者に輝く。1905年にバーミンガム、1943年に現在のバーミンガム・シティへ改称し、1906年のボクシング・デーからセント・アンドリュースを本拠地にしている。

黄金期は1950年代から60年代初め。1954-55シーズンに2部で優勝して1部へ戻ると、翌1955-56シーズンにクラブ史上最高の1部6位に入り、FAカップ決勝にも進んだ(マンチェスター・シティに1-3で敗戦)。1956年にはイングランドのクラブとして初めて欧州カップ戦(インターシティーズ・フェアーズカップ)を戦い、1960年と1961年には2年続けて決勝へ。イングランドのクラブで初めて欧州の主要大会の決勝に立った。1963年にはリーグカップ決勝で地元のライバル、アストン・ヴィラを破り、初の主要タイトルを手にした。

1979年、生え抜きのトレヴァー・フランシスをノッティンガム・フォレストへ売却し、イングランド初の「100万ポンドの移籍」として歴史に名を残す。その後は経営難が続き、1989年には初めて3部へ落ちた。1993年にデイヴィッド・サリヴァンがクラブを買収し、当時23歳のカレン・ブレイディを経営責任者に据えて再建を進める。2002年、スティーヴ・ブルース監督のもとプレーオフを勝ち抜き、16年ぶりにトップリーグへ戻った。

2007年からは香港の実業家カーソン・ヤンが株式を取得し、2009年に買収を完了。アレックス・マクリーシュ監督の下で2009-10シーズンにプレミアリーグ9位と51年ぶりの好成績を残し、2011年にはリーグカップ決勝でアーセナルを2-1で破って2度目の優勝を果たした。ただ同じシーズンに2部へ降格し、ヤンの逮捕(2011年)後は財政難と経営の混乱が長く続いた。2020年には下部組織出身のジュード・ベリンガムがドルトムントへ移籍し、クラブ史上最高額の移籍金を受け取っている。

2023年7月、米国の投資会社ナイトヘッド・キャピタル・マネジメント傘下のシェルビー・カンパニーズが経営権とスタジアムを取得し、共同創業者のトム・ワグナーが会長に就任。翌8月にはトム・ブレイディが少数株主となり、アドバイザリーボードの議長に就いた。2023-24シーズンは監督交代が相次いで3部へ降格したが、2024年6月に就任したクリス・デイヴィス監督の下、2024-25シーズンに勝ち点111というEFL史上最多記録で3部を制し、1年で2部へ復帰した。2025年11月にはナイトヘッドが残りの株式も取得し、同じ月に6万2000人収容の新スタジアム構想を発表している。

バーミンガム・シティのエンブレム

バーミンガム・シティ

エンブレムの権利はバーミンガム・シティに帰属します(チームの識別のために表示しています)

エンブレム1905年にスモール・ヒースからバーミンガムへ改称した際、市の紋章をクラブのバッジとして採用した。現在のエンブレムの原型は、1972年に地元紙スポーツ・アーガスが募集したデザインコンテストの優勝作品。地球儀とサッカーボールを線で描き、クラブ名と創設年を記したリボンを添えた青と白の図柄で、1975年に紋章院の認可を受け、1976年からユニフォームの胸に付けられた。1990年代初めに地球儀とボールに色を付ける試みもあったが、すぐに元に戻されている。

愛称: ブルーズ(Blues)

RECORD

🏆 バーミンガム・シティの主なタイトルと近年の戦績

シーズンリーグ順位トピック
2021-22EFLチャンピオンシップ(2部)20スタンド下段が安全上の理由で閉鎖されたまま、残留争いのシーズンに[2][3]
2022-23EFLチャンピオンシップ(2部)17ジョン・ユースタス監督の1年目。シーズン後の2023年7月に経営権がナイトヘッド系のシェルビーへ移る[1][2]
2023-24EFLチャンピオンシップ(2部)22三好康児の加入1年目。ウェイン・ルーニー監督の短期政権などを経て、29年ぶりに3部へ降格[1][2][19]
2024-25EFLリーグワン(3部)13部優勝。勝ち点111はEFL史上最多。岩田智輝が主力として活躍し、EFLトロフィーは決勝でピーターバラに敗れ準優勝[1][2][15]
2025-26EFLチャンピオンシップ(2部)102部復帰1年目。岩田に加え、古橋亨梧と藤本寛也が加入し日本人3人が在籍[2][4][24][26]
LEGENDS

⭐ バーミンガム・シティを象徴する名選手

JAPANESE

🇯🇵 バーミンガム・シティの歴代日本人選手

VOICES

💬 日本人選手が語るバーミンガム・シティと街

HOMETOWN

🏙️ ホームタウン バーミンガム

地域
イングランド・ウェスト・ミッドランズ
人口
約114万人(2021年国勢調査)

日本だと広島市(約117万人)くらいの規模

イングランドのほぼ中央にある内陸の大都市で、市の人口はロンドンに次ぐイギリス第2位。「セカンド・シティ」と呼ばれ、ミッドランズ地方の商業・文化の中心でもある。2021年の国勢調査で約114万人が暮らし、25歳未満が人口の4割を占めるヨーロッパでも若い街だ。

18世紀から産業革命の中心地として発展し、1776年にはジェームズ・ワットとマシュー・ボールトンがこの街で産業用の蒸気機関を世に出した。運河網はベネチアより長いといわれ、いまは運河沿いの再開発地区が観光スポットになっている。チョコレートのキャドバリーは市南部のボーンヴィルに工場があり、カレー料理「バルティ」発祥の地としても知られる。

戦後は英連邦の各地から移民を迎え、南アジア系やカリブ系の住民が多い多文化都市になった。2022年にはコモンウェルスゲームズを開催。この街を舞台にしたドラマ「ピーキー・ブラインダーズ」の生みの親スティーヴン・ナイトは、クラブの新スタジアムのデザインにも協力している。

[6][28][29][33]

STADIUM

🏟️ バーミンガム・シティのスタジアム ― セント・アンドリュース(St. Andrew's @ Knighthead Park)

収容人数
28,754人
開場
1906年

市の中心部の東、ボーデスリー地区、レンガ工場の跡地に建つ。1906年のボクシング・デー(12月26日)に開場し、当時は約7万5000人を収容。1939年のFAカップ、エヴァートン戦では6万6000人を超える観客を集めた。第二次世界大戦中の1941年には空襲で20発の直撃弾を受けている。

1990年代に全席座席式へ改修され、L字形につながるティルトン・ロード・スタンドとコップ・スタンド、2009年にギル・メリック・スタンドと改名されたレイルウェイ・スタンド、メインスタンドで構成される。2024年1月からは命名権により「セント・アンドリュース@ナイトヘッド・パーク」と呼ばれている。

クラブとオーナーのナイトヘッドは2025年11月、東バーミンガムの48エーカーの土地に6万2000人収容の新スタジアム「パワーハウス」を中心とする「スポーツ・クォーター」構想を発表した。設計はヘザウィック・スタジオとMANICAで、12本の煙突のような塔、開閉式屋根、可動式のピッチを持つ。2030-31シーズン開幕までの完成を目指しているが、計画申請は2027年3月の予定と報じられており、まだ構想の段階にある。

1877年から1906年まで使ったマンツ・ストリート。1万人規模から3万人ほどまで拡張したが、アストン・ヴィラ戦で数千人が壁を越えて入場する騒ぎが起き、新スタジアム建設のきっかけになった。

[1][3][6][7]

ACADEMY

🌱 育成 ― バーミンガム・シティ・アカデミー

現在の形の育成組織は1999年に始まり、FAのアカデミー認可を受けた。トップチームの監督だったトレヴァー・フランシスの強い意向による再建だった。練習場は市南部キングス・ノートンのワスト・ヒルズにある。最大の成功例はジュード・ベリンガムで、8歳以下のチームから育ち、16歳でトップチームの主力となって2020年にドルトムントへ移籍した。ほかにもイングランドのU-17欧州選手権を制したGKジャック・バトランド、アンドリュー・ジョンソンらを送り出している。

主な出身選手: ジュード・ベリンガム、ジャック・バトランド、アンドリュー・ジョンソン、コリン・ドイル

[13][32]

SUPPORTERS

📣 バーミンガム・シティのサポーターとライバル

サポーターは「ブルーノーズ(Bluenoses)」と呼ばれ、ファン自身もこの呼び名を使う。スタジアム近くの丘に横たわる巨大な頭の彫刻「スリーピング・アイアン・ジャイアント」の鼻は、繰り返し青く塗られてきた。マスコットは犬の「ボー・ブラミー」で、1966年に誕生したキャラクターだ。

試合で歌われるクラブの愛唱歌は、スコットランドの歌手ハリー・ローダーのミュージックホール曲を元にしたもの。1956年にFAカップ決勝へ勝ち進む道のりで歌われるようになり、70年近く受け継がれている。

[1][30]

ACCESS

✈️ 日本からバーミンガム・シティの試合を観戦するには

日本からはロンドンの空港を経由して鉄道でバーミンガムへ向かうのが一般的。バーミンガム・ニュー・ストリート駅には国内の主要都市から直通列車があり、ロンドン・メリルボーン駅からはチルターン鉄道でバーミンガム・ムーア・ストリート駅へも行ける。市の東約10キロのバーミンガム空港にも、欧州や中東の各都市から便がある。

スタジアムの最寄りはボーデスリー駅で、徒歩約10分。普段はほとんど列車が止まらないが、土曜の試合日にはムーア・ストリート駅とスノー・ヒル駅から約10分おきに列車が出る。ニュー・ストリート駅からは歩いて25〜30分(上り坂あり)。スタジアムには観客用の駐車場がなく、試合前後は周辺道路が一部通行止めになる。

チケットはクラブ公式サイトかチケットオフィスで購入する。Football Ground Guide によると2025-26シーズンの大人のチケットは27.50〜37.50ポンドだった。

[3][28][31]

出典

  1. [1] Wikipedia(英語版)Birmingham City F.C.(2026-11-05 閲覧)
  2. [2] Wikipedia(英語版)List of Birmingham City F.C. seasons(2026-11-05 閲覧)
  3. [3] Wikipedia(英語版)St Andrew's (stadium)(2026-11-05 閲覧)
  4. [4] Wikipedia(英語版)2025–26 EFL Championship(2026-11-05 閲覧)
  5. [5] ESPN(トム・ブレイディがバーミンガムの少数株主に・2023年8月)(2026-11-05 閲覧)
  6. [6] Heatherwick Studio(新スタジアムのデザイン発表・2025年11月20日)(2026-11-05 閲覧)
  7. [7] StadiumDB(パワーハウス・スタジアムの新ビジュアルと計画申請時期・2026年5月)(2026-11-05 閲覧)
  8. [8] Wikipedia(英語版)Joe Bradford(2026-11-05 閲覧)
  9. [9] Wikipedia(英語版)Gil Merrick(2026-11-05 閲覧)
  10. [10] Wikipedia(英語版)Trevor Francis(2026-11-05 閲覧)
  11. [11] Wikipedia(英語版)Christophe Dugarry(2026-11-05 閲覧)
  12. [12] Wikipedia(英語版)Steve Bruce(2026-11-05 閲覧)
  13. [13] Wikipedia(英語版)Jude Bellingham(2026-11-05 閲覧)
  14. [14] Wikipedia(英語版)Alex McLeish(2026-11-05 閲覧)
  15. [15] Wikipedia(日本語版)岩田智輝(2026-11-05 閲覧)
  16. [16] サッカーキング(バーミンガムが岩田智輝の獲得を発表・2024年8月31日)(2026-11-05 閲覧)
  17. [17] Number Web(岩田智輝インタビュー前編 1ページ目・2025年7月)(2026-11-05 閲覧)
  18. [18] Number Web(岩田智輝インタビュー前編 2ページ目・2025年7月)(2026-11-05 閲覧)
  19. [19] Wikipedia(日本語版)三好康児(2026-11-05 閲覧)
  20. [20] GOAL 日本版(三好康児がバーミンガム加入について語る・2023年7月)(2026-11-05 閲覧)
  21. [21] GOAL 日本版(サンダーランド戦の決勝点後の三好康児のコメント・2024年2月)(2026-11-05 閲覧)
  22. [22] Wikipedia(日本語版)横山歩夢(2026-11-05 閲覧)
  23. [23] GOAL 日本版(横山歩夢がヘンクへ完全移籍・2025年6月)(2026-11-05 閲覧)
  24. [24] Wikipedia(日本語版)古橋亨梧(2026-11-05 閲覧)
  25. [25] 熊本日日新聞(共同通信)古橋がLAギャラクシーに・2026年7月(2026-11-05 閲覧)
  26. [26] Wikipedia(日本語版)藤本寛也(2026-11-05 閲覧)
  27. [27] フットボールチャンネル(藤本寛也が東京ヴェルディに期限付き移籍・2026年9月17日)(2026-11-05 閲覧)
  28. [28] Wikipedia(英語版)Birmingham(2026-11-05 閲覧)
  29. [29] Wikipedia(日本語版)広島市(2025年10月1日の推計人口)(2026-11-05 閲覧)
  30. [30] Wikipedia(英語版)Second City derby(2026-11-05 閲覧)
  31. [31] Football Ground Guide(セント・アンドリュースへの行き方とチケット・2026年6月更新)(2026-11-05 閲覧)
  32. [32] Wikipedia(英語版)Birmingham City F.C. Reserves and Academy(2026-11-05 閲覧)
  33. [33] Wikipedia(英語版)Peaky Blinders (TV series)(2026-11-05 閲覧)

クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。