サッカー欧州組 wire
イーウッド・パークのブラックバーン・エンド正面。壁面にはクラブの功労者の大きな写真が掲げられている

イーウッド・パークのブラックバーン・エンド正面。壁面にはクラブの功労者の大きな写真が掲げられている
写真: Chris Heaton(2020年撮影) / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

CLUB · CHAMPIONSHIP
ブラックバーン・ローヴァーズのエンブレム

ブラックバーン・ローヴァーズ

エンブレムの権利はブラックバーン・ローヴァーズに帰属します(チームの識別のために表示しています)

ブラックバーン・ローヴァーズ

Blackburn Rovers Football Club

📷 イーウッド・パークのブラックバーン・エンド正面。壁面にはクラブの功労者の大きな写真が掲げられている(写真: Chris Heaton・2020年/CC BY-SA 2.0・Wikimedia Commons・トリミング加工)
  • 丘の上から望むイーウッド・パーク。赤れんがの工場やテラスハウスに囲まれて建つ

    丘の上から望むイーウッド・パーク。赤れんがの工場やテラスハウスに囲まれて建つ
    写真: jim walton(2008年撮影) / CC BY 3.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    丘の上から望むイーウッド・パーク。赤れんがの工場やテラスハウスに囲まれて建つ

  • 試合前のイーウッド・パークのスタンドとピッチ(2011年)

    試合前のイーウッド・パークのスタンドとピッチ(2011年)
    写真: Ronnie Macdonald from Chelmsford, United Kingdom(2011年撮影) / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    試合前のイーウッド・パークのスタンドとピッチ(2011年)

  • 町の中心に建つブラックバーン大聖堂と、丘に連なる家並み

    町の中心に建つブラックバーン大聖堂と、丘に連なる家並み
    写真: Tim Green from Bradford(2011年撮影) / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    町の中心に建つブラックバーン大聖堂と、丘に連なる家並み

写真: jim walton(2008年)・CC BY 3.0・Commons / Ronnie Macdonald from Chelmsford, United Kingdom(2011年)・CC BY 2.0・Commons / Tim Green from Bradford(2011年)・CC BY 2.0・Commons(いずれもトリミング加工)

創設
1875年
本拠地
ブラックバーン
スタジアム
イーウッド・パーク
愛称
ローヴァーズ(Rovers)

イングランド北西部ランカシャーの旧綿工業の町ブラックバーンを本拠とする、1875年創設の名門。フットボールリーグ創設メンバーで、1994-95シーズンには地元出身の実業家ジャック・ウォーカーの支援とケニー・ダルグリッシュ監督のもと、シアラーとサットンの2トップでプレミアリーグを制した。2026-27シーズンはチャンピオンシップ(2部)で戦い、大橋祐紀と森下龍矢の日本人2人が在籍している。

📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典29件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。

NOW

🇯🇵 ブラックバーン・ローヴァーズの日本人選手の今

2026-27シーズンのチャンピオンシップで14位(24チーム中・勝ち点18)順位表 →

今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。

HISTORY

📜 ブラックバーン・ローヴァーズの歴史

1875年11月5日、町のレジャー・ホテルで創設された。1880年代にはFAカップを1884・1885・1886年と3連覇し、1890・1891年にも優勝。1888年にはフットボールリーグの創設メンバー12クラブのひとつになり、1890年からは現在の本拠地イーウッド・パークを使っている。

20世紀に入ると、主将ボブ・クロンプトンのもとで1911-12、1913-14シーズンに1部リーグを制覇。1928年には6度目のFAカップ優勝を果たした。しかし1936年に初めて1部から降格すると、その後は1部と2部を行き来する時代が続き、1966年の降格以降は長く上位リーグから離れた。1971年には3部まで落ち、1974-75シーズンの3部優勝で2部へ戻った。この時期を支えたのが、リーグ戦最多出場記録を持つデレク・ファザッカリーや、クラブ最多得点記録を持つサイモン・ガーナーだった。

転機は1991年。ブラックバーン出身の実業家ジャック・ウォーカーがクラブの経営権を握り、同年10月にケニー・ダルグリッシュを監督に招いた。1992年には2部のプレーオフ決勝でレスターに1-0で勝ち、新設のプレミアリーグへ昇格。英国記録の移籍金で獲得したアラン・シアラー、クリス・サットンを擁し、1994-95シーズンには最終節でリヴァプールに敗れながらも、マンチェスター・ユナイテッドが引き分けたことで勝点1差で優勝した。1部リーグの優勝は81年ぶりだった。翌1995-96シーズンにはチャンピオンズリーグに初出場し、森下龍矢の古巣レギア・ワルシャワと同じグループで戦った(グループステージ敗退)。

1999年にプレミアリーグから降格したが、2001年に2位で復帰し、2002年にはリーグカップで初優勝。2000年代は2度の6位などでUEFAカップに何度も出場した。2010年11月にインドの企業グループ(V H グループ)が「ヴェンキーズ」を通じてクラブを買収したが、2012年にプレミアリーグから降格。2017年には3部(リーグ1)まで落ちたものの、トニー・モウブレイ監督のもとで翌2018年に2位で即時昇格を果たした。

以降はチャンピオンシップ(2部)に定着し、2022-23、2024-25シーズンには7位でプレーオフ圏に迫った。2024年夏に大橋祐紀、2025年夏に森下龍矢が加入。2025-26シーズンは20位で残留し、2026年6月にはかつて3部からの昇格を導いたモウブレイ監督が復帰した。

ブラックバーン・ローヴァーズのエンブレム

ブラックバーン・ローヴァーズ

エンブレムの権利はブラックバーン・ローヴァーズに帰属します(チームの識別のために表示しています)

エンブレム現在のエンブレムは1989年から使われているもので、ランカシャーの象徴である赤いバラ、クラブ名、創設年「1875」を配し、ラテン語のモットー「Arte et Labore(技と労働によって)」を掲げる。このモットーは1852年に採用されたブラックバーンの町のモットーに由来する。クラブはこれまでに、マルタ十字、町の紋章、ランカシャーのバラ(1974〜1989年、「B.R.F.C.」入り)と、計4種類のエンブレムを使ってきた。ユニフォームは創設期から青と白の縦半分割(ハーフ)のデザインで、1946年以降は着る人から見て左側が青になっている。

愛称: ローヴァーズ(Rovers) / ブルー・アンド・ホワイツ(The Blue and Whites) / リバーサイダーズ(The Riversiders)

RECORD

🏆 ブラックバーン・ローヴァーズの主なタイトルと近年の戦績

シーズンリーグ順位トピック
2021-22チャンピオンシップ(2部)8ベン・ブレレトン・ディアスがチーム最多22得点。モウブレイ監督の最終シーズン[2][27]
2022-23チャンピオンシップ(2部)7ヨン・ダール・トマソン監督の1年目。FAカップ準々決勝進出[2][27]
2023-24チャンピオンシップ(2部)19サミー・シュモディクスがチーム最多27得点[2]
2024-25チャンピオンシップ(2部)7大橋祐紀の加入1年目。大橋は公式戦39試合10得点でチーム最多得点[2][9]
2025-26チャンピオンシップ(2部)20森下龍矢の加入1年目。2026年2月にイスマエル監督が退任し、北アイルランド代表監督のマイケル・オニールが短期契約で指揮。大橋がチーム最多10得点、森下がクラブの年間最優秀選手に[3][8][26]
LEGENDS

⭐ ブラックバーン・ローヴァーズを象徴する名選手

JAPANESE

🇯🇵 ブラックバーン・ローヴァーズの歴代日本人選手

VOICES

💬 日本人選手が語るブラックバーン・ローヴァーズと街

HOMETOWN

🏙️ ホームタウン ブラックバーン

地域
イングランド・ランカシャー州(ブラックバーン・ウィズ・ダーウェン)
人口
約12.5万人(2021年国勢調査。ダーウェンを含む行政区全体では約15.5万人)

日本だと静岡県富士宮市(約11.8万人)に近い規模

プレストンの東約13キロ、マンチェスターの北北西約34キロに位置する、ランカシャー州でブラックプールに次ぐ規模の町。13世紀から家内での毛織物づくりが行われ、産業革命期には綿工業で急成長して人口は5,000人足らずから13万人超に膨らんだ。1810年にはリーズ・アンド・リヴァプール運河が通り、工業の大動脈になった。

20世紀半ば以降に綿工業は衰退したが、赤れんがの工場や連なるテラスハウスに往時の面影が残る。1926年に大聖堂となったブラックバーン大聖堂、イタリア様式の市庁舎、1807年創業のスウェイツ醸造所などが町の顔だ。

南アジア系の住民が多いのも特徴で、2001年の国勢調査ではパキスタン系とインド系が選挙区の人口のそれぞれ1割以上を占めた。

ブラックバーン駅からはマンチェスター・ヴィクトリア駅まで列車で約50分。南側を高速道路M65が通り、マンチェスター空港までは約45キロ。

[22][23]

STADIUM

🏟️ ブラックバーン・ローヴァーズのスタジアム ― イーウッド・パーク

収容人数
31,367人
開場
1882年

町の南、ダーウェン川のほとりに建つ。1882年4月に多目的競技場として開かれ、クラブは1890年に移ってきた。同年9月13日のアクリントン戦(0-0)が最初の試合で、1万人が詰めかけた。1929年3月のFAカップ準々決勝ボルトン戦では6万人を超える観客を記録している。

1990年代にジャック・ウォーカーの資金で全面的に改築され、1995年11月に新装開場した全席座席のスタジアム。4つのスタンドはそれぞれ、ジャック・ウォーカー・スタンド、ロニー・クレイトン・ブラックバーン・エンド、ブライアン・ダグラス・ダーウェン・エンド(アウェー席)、川沿いの1層式リバーサイド・スタンドと名付けられ、クラブの功労者の名が刻まれている。ブラックバーン・エンドの裏にはウォーカーの像のある記念庭園がある。

[1][14][20][28]

ACADEMY

🌱 育成 ― ブラックバーン・ローヴァーズ・アカデミー

イングランドの育成組織の格付けで最上位の「カテゴリー1」を持つアカデミー。トップチームやU-21と同じブロックホールのトレーニング施設を拠点にしている。

ダミアン・ダフ(アイルランド代表)やフィル・ジョーンズ(イングランド代表)をはじめ、多くの代表選手やプロ選手を送り出してきた。

主な出身選手: ダミアン・ダフ、フィル・ジョーンズ、ジョナサン・ウォルターズ、ジェームズ・ビーティー、マルティン・オルソン、グラント・ハンリー、ダビド・ラヤ

[21]

SUPPORTERS

📣 ブラックバーン・ローヴァーズのサポーターとライバル

最大のライバルは約18キロ離れたバーンリー。同じ旧綿工業の町同士の対戦は「イースト・ランカシャー・ダービー」と呼ばれ、「コットン・ミルズ・ダービー」「エル・ランクラシコ」の呼び名もある。最初の対戦は1884年の親善試合で、主要大会での対戦は100試合を超える。2026-27シーズンは両クラブがチャンピオンシップでそろい、2026年11月21日にバーンリーの本拠地ターフ・ムーアで対戦する予定。

ホームの観客は、クラブの功労者の名を冠したスタンドからチームを後押しする。大橋祐紀にはファンが作った専用のチャントがある。

[1][9][20][24]

ACCESS

✈️ 日本からブラックバーン・ローヴァーズの試合を観戦するには

日本から向かう場合、玄関口はマンチェスター空港(ブラックバーンから約45キロ)。マンチェスター・ヴィクトリア駅からブラックバーン駅までは列車で約50分。ロンドンからはユーストン駅からプレストンで乗り換えて約3時間半。

スタジアムの最寄りはミル・ヒル駅(ブラックバーン駅から列車で数分)で、徒歩約15分。ブラックバーン駅からは約2.4キロ(徒歩20〜30分)で、駅前のバスターミナルからダーウェン方面行きのバス(3・3A・3B・46・346番など)がスタジアムの前を通る。

チケットや販売時期の案内はクラブ公式サイト(rovers.co.uk)で確認したい。

[22][28][29]

出典

  1. [1] Wikipedia(英語版)Blackburn Rovers F.C.(2026-11-05 閲覧)
  2. [2] Wikipedia(英語版)List of Blackburn Rovers F.C. seasons(2026-11-05 閲覧)
  3. [3] Wikipedia(英語版)2025–26 Blackburn Rovers F.C. season(2026-11-05 閲覧)
  4. [4] Wikipedia(英語版)2026–27 Blackburn Rovers F.C. season(2026-11-05 閲覧)
  5. [5] Wikipedia(日本語版)ブラックバーン・ローヴァーズFC(2026-11-05 閲覧)
  6. [6] サッカーキング(大橋祐紀のブラックバーン完全移籍・2024年7月)(2026-11-05 閲覧)
  7. [7] サッカーキング(森下龍矢のブラックバーン移籍・2025年8月)(2026-11-05 閲覧)
  8. [8] Wikipedia(英語版)Ryōya Morishita(2026-11-05 閲覧)
  9. [9] サッカーキング(大橋祐紀、1年目を終えて・2025年5月)(2026-11-05 閲覧)
  10. [10] GOAL 日本版(森下龍矢、クラブのインタビュー・2026年3月)(2026-11-05 閲覧)
  11. [11] Wikipedia(英語版)Alan Shearer(2026-11-05 閲覧)
  12. [12] Wikipedia(英語版)Chris Sutton(2026-11-05 閲覧)
  13. [13] Wikipedia(英語版)Kenny Dalglish(2026-11-05 閲覧)
  14. [14] Wikipedia(英語版)Jack Walker (industrialist)(2026-11-05 閲覧)
  15. [15] Wikipedia(英語版)Bob Crompton(2026-11-05 閲覧)
  16. [16] Wikipedia(英語版)Bryan Douglas(2026-11-05 閲覧)
  17. [17] Wikipedia(英語版)Simon Garner(2026-11-05 閲覧)
  18. [18] Wikipedia(英語版)Brad Friedel(2026-11-05 閲覧)
  19. [19] Wikipedia(英語版)List of Blackburn Rovers F.C. players(2026-11-05 閲覧)
  20. [20] Wikipedia(英語版)Ewood Park(2026-11-05 閲覧)
  21. [21] Wikipedia(英語版)Blackburn Rovers F.C. Under-23s and Academy(2026-11-05 閲覧)
  22. [22] Wikipedia(英語版)Blackburn(2026-11-05 閲覧)
  23. [23] Wikipedia(日本語版)富士宮市(2026-11-05 閲覧)
  24. [24] Wikipedia(英語版)East Lancashire derby(2026-11-05 閲覧)
  25. [25] Wikipedia(英語版)1994–95 FA Premier League(2026-11-05 閲覧)
  26. [26] Wikipedia(英語版)2025–26 EFL Championship(2026-11-05 閲覧)
  27. [27] Wikipedia(英語版)Tony Mowbray(2026-11-05 閲覧)
  28. [28] To The 92(Ewood Park グラウンドガイド)(2026-11-05 閲覧)
  29. [29] チャールトン・アスレティック公式(Ewood Park アウェー観戦ガイド)(2026-11-05 閲覧)

クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。