サッカー欧州組 wire
上空から見たトゥーシート・コミュニティ・スタジアム。郊外ホーウィッチの商業地と緑に囲まれて建つ(2024年)

上空から見たトゥーシート・コミュニティ・スタジアム。郊外ホーウィッチの商業地と緑に囲まれて建つ(2024年)
写真: Saffronliketheflower(2024年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

CLUB · CHAMPIONSHIP
ボルトン・ワンダラーズのエンブレム

ボルトン・ワンダラーズ

エンブレムの権利はボルトン・ワンダラーズに帰属します(チームの識別のために表示しています)

ボルトン・ワンダラーズ

Bolton Wanderers Football Club

📷 上空から見たトゥーシート・コミュニティ・スタジアム。郊外ホーウィッチの商業地と緑に囲まれて建つ(2024年)(写真: Saffronliketheflower・2024年/CC BY-SA 4.0・Wikimedia Commons・トリミング加工)
  • 駐車場側から見たスタジアムの外観。白い鉄骨の支柱が四隅に立つ

    駐車場側から見たスタジアムの外観。白い鉄骨の支柱が四隅に立つ
    写真: Steve Daniels(2019年撮影) / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    駐車場側から見たスタジアムの外観。白い鉄骨の支柱が四隅に立つ

  • 町の中心に建つボルトン市庁舎(1873年開館)

    町の中心に建つボルトン市庁舎(1873年開館)
    写真: Rept0n1x(2013年撮影) / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    町の中心に建つボルトン市庁舎(1873年開館)

  • 図書館や博物館が入る、弧を描く石造りの建物ル・マン・クレセント

    図書館や博物館が入る、弧を描く石造りの建物ル・マン・クレセント
    写真: Robert Linsdell from St. Andrews, Canada(2015年撮影) / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    図書館や博物館が入る、弧を描く石造りの建物ル・マン・クレセント

写真: Steve Daniels(2019年)・CC BY-SA 2.0・Commons / Rept0n1x(2013年)・CC BY-SA 3.0・Commons / Robert Linsdell from St. Andrews, Canada(2015年)・CC BY 2.0・Commons(いずれもトリミング加工)

創設
1874年
本拠地
ボルトン
スタジアム
トゥーシート・コミュニティ・スタジアム
愛称
トロッターズ(The Trotters)

イングランド北西部、マンチェスターの北西にある旧綿工業の町ボルトンを本拠とする、1874年創設のクラブ。1888年に始まったフットボールリーグの創設12クラブのひとつで、FAカップを4度制している。2000年代にはサム・アラダイス監督のもとでオコチャやジョルカエフらを擁してプレミアリーグで躍進し、2005-06シーズンには中田英寿もプレーした。2026年5月にリーグ1(3部)のプレーオフを制し、2018-19シーズン以来のチャンピオンシップ(2部)に戻った2026-27シーズン、ヘントから伊藤敦樹が加入した。

📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典26件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。

NOW

🇯🇵 ボルトン・ワンダラーズの日本人選手の今

2026-27シーズンのチャンピオンシップで17位(24チーム中・勝ち点17)順位表 →

今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。

HISTORY

📜 ボルトン・ワンダラーズの歴史

1874年、ボルトンのクライスト・チャーチの牧師と、隣接する教会学校の校長が「クライスト・チャーチFC」として創設した。牧師との対立で教会を離れ、決まった本拠地がなく3年で3か所を転々としたことから、1877年に「ワンダラーズ(放浪者たち)」を名乗るようになった。1888年にはフットボールリーグの創設メンバー12クラブのひとつとなり、1895年からは102年にわたってバーンデン・パークを本拠地とした。

1920年代は「カップ戦のボルトン」の時代だった。1923年4月28日、新しいウェンブリー・スタジアムで初めて行われたFAカップ決勝でウェストハムを2-0で破って初優勝。12万7000人を超える観衆を集めたこの試合は「ホワイトホース・ファイナル」として語り継がれる。デイヴィッド・ジャックがウェンブリーでの史上初ゴールを決めた。1926年、1929年にも優勝し、1920年代に3度FAカップを制した。

1935年から1964年までは1部に在り続け、サポーターに黄金期と呼ばれる。その中心がナット・ロフトハウスで、1958年のFAカップ決勝では彼の2得点でマンチェスター・ユナイテッドを破り、4度目の優勝を果たした。一方、1946年3月9日にはバーンデン・パークでのFAカップ準々決勝ストーク戦で観客が押しつぶされ、33人が亡くなる惨事も起きている。1960年代以降は低迷が続き、1987年には初めて4部まで落ちたが、1年で3部に戻り、1989年にはシェルパ・ヴァン・トロフィー(現EFLトロフィー)を制した。

1990年代前半にはカップ戦で上位リーグのクラブを次々に破る「ジャイアントキリング」で名を上げ、1995年にプレーオフを制して初めてプレミアリーグに昇格した。1997年に郊外ホーウィッチの新スタジアムへ移転。2001年にサム・アラダイス監督のもとでプレーオフを勝ち抜いて再昇格すると、2012年まで11シーズン連続でプレミアリーグに在籍した。オコチャ、ジョルカエフ、イヴァン・カンポら各国代表級のベテランを集め、2004年にリーグカップ準優勝、2004-05シーズンに6位で初めてUEFAカップ出場権を得た。2007-08シーズンのUEFAカップではバイエルン・ミュンヘンと2-2で引き分けている。この時代には、2001-02シーズンに西澤明訓、2005-06シーズンに中田英寿、2012年に宮市亮と、日本人選手も在籍した。

2012年にプレミアリーグから降格すると財政難が深刻になり、2016年には3部へ転落。2019年5月には経営破綻(管理手続き入り)で勝点12を剥奪され、フットボールリーグからの除名寸前まで追い込まれたが、同年8月28日に新オーナーへの売却が完了して存続した。2020年には4部まで落ちたものの、イアン・エヴァット監督のもとで1年で3部へ戻り、2023年にはEFLトロフィーで2度目の優勝。2025-26シーズンはスティーヴン・シューマッハ監督のもとリーグ1を5位で終え、2026年5月24日のプレーオフ決勝でストックポートに4-1で勝って2部昇格を決めた。

ボルトン・ワンダラーズのエンブレム

ボルトン・ワンダラーズ

エンブレムの権利はボルトン・ワンダラーズに帰属します(チームの識別のために表示しています)

エンブレムエンブレムは、クラブの頭文字「BWFC」をボールの形に組み、その下に赤い巻物とランカシャーの赤いバラを添えたもの。1975年にデザインされたものを作り直したデザインで、2001年に巻物とバラを青と赤のリボンに替えた版は不評だったため、バラが戻ったことはファンに歓迎された。最初のエンブレムはボルトンの町の紋章で、象と城の意匠とラテン語の町のモットー「Supera Moras(遅れを乗り越えよ)」が入っていた。ホームのユニフォームは白のシャツに紺のパンツが伝統。1884年には赤い水玉の入った白いシャツを着ており、当時は「スポッツ」と呼ばれた。愛称「トロッターズ」の由来には、ワンダラーズの言い換え、いたずら好きを指す地元の古い言葉、初期のグラウンドの隣にあった豚小屋の中を走ってボールを取りに行ったから、など諸説ある。

愛称: トロッターズ(The Trotters) / ワンダラーズ(Wanderers) / ホワイツ(The Whites)

RECORD

🏆 ボルトン・ワンダラーズの主なタイトルと近年の戦績

シーズンリーグ順位トピック
2021-22リーグ1(3部)94部から昇格して1年目。オラダポ・アフォラヤンがチーム最多14得点[2]
2022-23リーグ1(3部)5EFLトロフィー決勝でプリマスに4-0で勝って優勝。昇格プレーオフは準決勝でバーンズリーに敗退[1][2]
2023-24リーグ1(3部)3自動昇格まであと一歩の3位。プレーオフ決勝でオックスフォード・ユナイテッドに0-2で敗れた[1][2]
2024-25リーグ1(3部)82025年1月にエヴァット監督が退任し、スティーヴン・シューマッハが後任に[1][2]
2025-26リーグ1(3部)5プレーオフ準決勝でブラッドフォードを破り、ウェンブリーでの決勝でストックポートに4-1で勝利。2部昇格[2][3][5]
LEGENDS

⭐ ボルトン・ワンダラーズを象徴する名選手

JAPANESE

🇯🇵 ボルトン・ワンダラーズの歴代日本人選手

VOICES

💬 日本人選手が語るボルトン・ワンダラーズと街

HOMETOWN

🏙️ ホームタウン ボルトン

地域
イングランド・グレーター・マンチェスター州(歴史的にはランカシャー)
人口
約18.4万人(2021年国勢調査)

日本だと神奈川県小田原市(約18.4万人)とほぼ同じ規模

マンチェスターの北西約16キロに位置する町。19世紀に綿紡績で急成長し、最盛期の1929年には216の綿工場と26の漂白・染色工場があった。1779年には町の住人サミュエル・クロンプトンが紡績機「ミュール紡績機」を発明しており、彼が暮らした中世の邸宅ホール・イス・ウッドは今は博物館になっている。綿工業は1980年代までにほぼ姿を消した。

町の中心には1873年に開かれた新古典様式の市庁舎が建ち、その裏手の弧を描く建物ル・マン・クレセントには図書館や博物館、美術館が入っている。14世紀の館スミシルズ・ホールなど古い建物も残る。

スタジアムは町の中心ではなく、西へ約8キロ離れたホーウィッチにある。かつてはスポーツ用品メーカーのリーボックが欧州本部をスタジアムに置いていた。

[1][24][25]

STADIUM

🏟️ ボルトン・ワンダラーズのスタジアム ― トゥーシート・コミュニティ・スタジアム

収容人数
28,001人
開場
1997年

全席座席の新スタジアムとして1997年に開場した。切妻形の屋根と白い鉄骨の支柱が目を引く外観で、スタジアムの一部はホテルになっており、ピッチが見える客室もある。最初の公式戦は1997年9月1日のエヴァートン戦(0-0)で、最多観客は2003年12月28日のレスター戦の28,353人。

名前はスポンサーとともに変わってきた。開場から2014年までは長年のスポンサーにちなむ「リーボック・スタジアム」、その後マクロン・スタジアム(2014〜2018年)、ボルトン大学スタジアム(2018〜2023年)を経て、2023年7月から地元ボルトンの建材メーカーの名を冠した現在の名称になった。

東側はナット・ロフトハウス・スタンドで、南西の角の近くには2013年に除幕されたロフトハウスの銅像が立つ。2026年9月には一部を立ち見の安全席(セーフ・スタンディング)にすることと、アウェー席をサウス・スタンドの上層に移すことが発表された。

1895年から1997年までは町の中心から約1.6キロのバーンデン・パークが本拠地。最盛期には7万人近くを収容した。

[1][4][14]

SUPPORTERS

📣 ボルトン・ワンダラーズのサポーターとライバル

伝統的なライバルは隣町のベリーだったが、ベリーが2019年にフットボールリーグから除名されたこともあり、近年は対戦がない。同じランカシャーでフットボールリーグ創設メンバーのブラックバーン、バーンリー、プレストンとも古くからのライバル関係にある。

近年最大のライバルとされるのは、同じグレーター・マンチェスターのウィガン・アスレティック。2025年4月1日には敵地での一戦をクリス・フォリノの後半アディショナルタイムの決勝点で制し、10年ぶりにこのダービーで勝った。

1992年に発足した公式サポーターズクラブ(BWSA)には英国内外の支部が加わっており、毎月の会合はスタジアムで開かれている。

[1][6]

ACCESS

✈️ 日本からボルトン・ワンダラーズの試合を観戦するには

日本から向かう場合、玄関口はマンチェスター空港。スタジアムはボルトンの町の中心ではなく郊外のホーウィッチにあるので注意したい。

最寄りはマンチェスターとプレストンを結ぶ路線のホーウィッチ・パークウェイ駅で、スタジアムの西スタンドから約200メートル、歩いて数分。マンチェスター・ピカデリー駅からの直通列車があり、ノーザン鉄道が1時間に2本運行している。試合日にはクラブがボルトン各地からバスを用意する。

チケットや販売時期の案内はクラブ公式サイト(bwfc.co.uk)で確認したい。

[4][26]

出典

  1. [1] Wikipedia(英語版)Bolton Wanderers F.C.(2026-11-05 閲覧)
  2. [2] Wikipedia(英語版)List of Bolton Wanderers F.C. seasons(2026-11-05 閲覧)
  3. [3] Wikipedia(日本語版)ボルトン・ワンダラーズFC(2026-11-05 閲覧)
  4. [4] Wikipedia(英語版)Toughsheet Community Stadium(2026-11-05 閲覧)
  5. [5] Wikipedia(英語版)2026 EFL League One play-off final(2026-11-05 閲覧)
  6. [6] Wikipedia(英語版)2026–27 Bolton Wanderers F.C. season(2026-11-05 閲覧)
  7. [7] Wikipedia(英語版)Nat Lofthouse(2026-11-05 閲覧)
  8. [8] Wikipedia(英語版)David Jack(2026-11-05 閲覧)
  9. [9] Wikipedia(英語版)Eddie Hopkinson(2026-11-05 閲覧)
  10. [10] Wikipedia(英語版)Sam Allardyce(2026-11-05 閲覧)
  11. [11] Wikipedia(英語版)Jay-Jay Okocha(2026-11-05 閲覧)
  12. [12] Wikipedia(英語版)Youri Djorkaeff(2026-11-05 閲覧)
  13. [13] Wikipedia(英語版)Kevin Davies(2026-11-05 閲覧)
  14. [14] Wikipedia(英語版)List of Bolton Wanderers F.C. records and statistics(2026-11-05 閲覧)
  15. [15] Wikipedia(英語版)Atsuki Itō(2026-11-05 閲覧)
  16. [16] フットボールチャンネル(伊藤敦樹のボルトン完全移籍・2026年8月)(2026-11-05 閲覧)
  17. [17] フットボールチャンネル(伊藤敦樹、ウルヴズ戦で先制弾・2026年10月)(2026-11-05 閲覧)
  18. [18] Wikipedia(英語版)Ryo Miyaichi(2026-11-05 閲覧)
  19. [19] Wikipedia(英語版)Hidetoshi Nakata(2026-11-05 閲覧)
  20. [20] フットボールチャンネル(中田英寿、所属クラブ歴代ポジション)(2026-11-05 閲覧)
  21. [21] 新潮社 著者プロフィール(中田英寿)(2026-11-05 閲覧)
  22. [22] Wikipedia(英語版)Akinori Nishizawa(2026-11-05 閲覧)
  23. [23] フットボールチャンネル(欧州で活躍できなかった日本人選手10人・西澤明訓)(2026-11-05 閲覧)
  24. [24] Wikipedia(英語版)Bolton(2026-11-05 閲覧)
  25. [25] Wikipedia(日本語版)小田原市(2026-11-05 閲覧)
  26. [26] To The 92(Bolton Wanderers グラウンドガイド)(2026-11-05 閲覧)

クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。