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上空から見たボルシア・パルク。白い屋根のスタジアムが、駐車場と緑地に囲まれて建つ

上空から見たボルシア・パルク。白い屋根のスタジアムが、駐車場と緑地に囲まれて建つ
写真: Arne Müseler(2021年撮影) / CC BY-SA 3.0 de / Wikimedia Commons・トリミング加工

CLUB · BUNDESLIGA
ボルシアMGのエンブレム

ボルシアMG

エンブレムの権利はボルシアMGに帰属します(チームの識別のために表示しています)

ボルシアMG

Borussia Verein für Leibesübungen 1900 e. V. Mönchengladbach

📷 上空から見たボルシア・パルク。白い屋根のスタジアムが、駐車場と緑地に囲まれて建つ(写真: Arne Müseler・2021年/CC BY-SA 3.0 de・Wikimedia Commons・トリミング加工)
創設
1900年
本拠地
メンヒェングラートバッハ
スタジアム
ボルシア・パルク(イスタ・ボルシア・パルク)
愛称
フォーレン(Die Fohlen=子馬たち)

オランダ国境とデュッセルドルフの間、ニーダーライン地方の街メンヒェングラートバッハを本拠とする古豪。若手中心の攻撃サッカーで「子馬(フォーレン)」と呼ばれ、1970年代にブンデスリーガ5度の優勝とUEFAカップ2度の制覇を果たした。2022年に加入した板倉滉が「家に帰ってきたような気分」と語って2026年に復帰し、2026-27シーズンは板倉・町野修斗・橋岡大樹・宇野禅斗の日本人4人が在籍している。

📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典36件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。

NOW

🇯🇵 ボルシアMGの日本人選手の今

2026-27シーズンのブンデスリーガで18位(18チーム中・勝ち点4)順位表 →

今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。

HISTORY

📜 ボルシアMGの歴史

1899年にTVゲルマニア・グラートバッハを離れた選手たちが母体となり、1900年8月1日に市内アイケン地区で「FCボルシア1900」が誕生した。ボルシアはプロイセンのラテン語名で、当時この地がプロイセン領だったことに由来する。1919年には自前の競技場(のちのベーケルベルク)を開き、1960年にはDFBポカール決勝でカールスルーエSCを3-2で破って最初の全国タイトルを手にした。

1963年に始まったブンデスリーガには当初加われなかったが、1964年4月にヘネス・ヴァイスヴァイラーが監督に就任すると、翌1965年に1部昇格を果たす。若い選手が躍動する攻撃的なスタイルから「フォーレン(子馬たち)」と呼ばれ、ギュンター・ネッツァー、ベルティ・フォクツ、ユップ・ハインケスらを擁して1969-70シーズンに初優勝、翌季にはブンデスリーガ史上初の連覇を達成した。1973年のDFBポカール決勝では、延長戦でネッツァーが自ら交代出場して決勝点を挙げた逸話が今も語り継がれている。

1975年にはリーグとUEFAカップの2冠を達成。ヴァイスヴァイラーがバルセロナへ去った後はウド・ラテックが率い、1976・1977年とリーグ連覇を重ねた。1977年にはチャンピオンズカップ(現CL)決勝に進んだがリヴァプールに1-3で敗れ、1978年にはドルトムントにブンデスリーガ史上最多の12-0で勝ちながら得失点差で優勝を逃した。1979年にはアラン・シモンセンのPKでUEFAカップ2度目の優勝を果たし、黄金時代はひと区切りを迎えた。

1995年にDFBポカールを制して16年ぶりのタイトルを獲得したものの、1999年にクラブ史上初めて2部へ降格。2001年に1部へ戻り、2004年7月には新本拠地ボルシア・パルクへ移った。2007年に再び降格したが、翌2008年に2部優勝で即時復帰。2011年に就任したルシアン・ファヴレ監督のもとで入れ替え戦から立て直し、2011-12シーズン4位、2014-15シーズン3位と上位に返り咲いた。

2020-21シーズンにはマルコ・ローゼ監督のもとでチャンピオンズリーグのグループを2位で突破し、43年ぶりに欧州最高峰の決勝トーナメントに進んだ(ラウンド16でマンチェスター・シティに敗退)。その後は監督交代が続き、2021-22シーズン以降はリーグ中位から下位で推移している。2025-26シーズンは開幕直後にセオアネ監督を解任し、オイゲン・ポランスキの下で12位で残留。2026-27シーズンも開幕から6連敗と苦しみ、2026年9月にアレクサンダー・ブレシンが監督に就いた。

ボルシアMGのエンブレム

ボルシアMG

エンブレムの権利はボルシアMGに帰属します(チームの識別のために表示しています)

エンブレムエンブレムは菱形(ラウテ)の中にクラブ名の頭文字「B」を描いたデザイン。クラブカラーは黒・白・緑で、ファンはこの3色を誇りを持って身につけている。ブンデスリーガで5度優勝しているため、ドイツの「優勝回数を示す星」の規定により2つの星を付ける資格を持つ。

愛称: フォーレン(Die Fohlen=子馬たち) / ボルッセン(Die Borussen)

RECORD

🏆 ボルシアMGの主なタイトルと近年の戦績

シーズンリーグ順位トピック
2021-22ブンデスリーガ10ヒュッター監督の1年目(この季限りで退任)。DFBポカール2回戦でバイエルンに5-0で大勝したが、ラウンド16で2部のハノーファーに敗退[9][10]
2022-23ブンデスリーガ10ファルケ監督のもと、板倉滉の加入1年目。DFBポカールは2回戦でダルムシュタットに敗退[9][24]
2023-24ブンデスリーガ14セオアネ監督の1年目。DFBポカールは準々決勝でザールブリュッケンに敗退。2024年1月に福田師王がトップチームへ昇格[9][10][22]
2024-25ブンデスリーガ10板倉滉がリーグ戦32試合4得点。福田師王がブンデスリーガ初得点。DFBポカールは2回戦でフランクフルトに敗退[9][22][24]
2025-26ブンデスリーガ12町野修斗の加入1年目、1月から高井幸大がレンタルで在籍。第3節後にセオアネ監督を解任しポランスキが後任に。第32節でドルトムントを1-0で破り残留確定。DFBポカールはラウンド16敗退[9][10][26]
LEGENDS

⭐ ボルシアMGを象徴する名選手

JAPANESE

🇯🇵 ボルシアMGの歴代日本人選手

VOICES

💬 日本人選手が語るボルシアMGと街

HOMETOWN

🏙️ ホームタウン メンヒェングラートバッハ

地域
ノルトライン=ヴェストファーレン州
人口
約26.7万人(2025年12月末、州統計局)

日本だと福島市(約26.6万人)くらいの規模

ドイツ西部、ライン川の西側に広がるニーダーライン(下ライン)地方の街。デュッセルドルフの中心部から西へ約25キロ、デュッセルドルフとオランダ国境のほぼ中間に位置する。ボルシア自身もクラブの歴史を紹介するページで「ニーダーラインを故郷に」と掲げている。

街の起源は974年に創建されたグラートバッハ修道院。1888年に、近くのベルギッシュ・グラートバッハと区別するため「修道士(メンヒ)」を冠した名前になった。1975年には隣町ライトと合併し、現在の市域になっている。

19世紀半ばから20世紀半ばにかけてはラインラント地方の繊維産業の中心地として発展した。現在は繊維・ファッションのほか、機械・電機、物流、ヘルスケアなどが主な産業。修道院の丘アプタイベルクには現代美術館があり、2013年までは英国陸軍のドイツ司令部(JHQ ラインダーレン)も置かれていた。

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STADIUM

🏟️ ボルシアMGのスタジアム ― ボルシア・パルク(イスタ・ボルシア・パルク)

収容人数
54,909人(ブンデスリーガ開催時、クラブ公式)
開場
2004年

2002年から2004年にかけて建設され、2004年7月30日に開場。開場の日には、数千人のファンが旧本拠地ベーケルベルクから新スタジアムまで行列をつくって歩いた。かつての英国軍の兵舎跡地に建ち、敷地には練習場やクラブハウス、ユースの寮、クラブ博物館「フォーレンヴェルト」、ホテルなどが集まっている。

2004年の開場以来スポンサー名を付けずにきたが、2026年7月1日からエネルギーサービス企業イスタが命名権を持ち「イスタ・ボルシア・パルク」となった。熱狂的なサポーターが集まるのは北側の「ノルトクルヴェ」。

1919年から2003-04シーズン終了まで本拠地だったベーケルベルク(収容34,500人)。市内アイケン地区にあり、1971年の「缶投げ事件」で無効になったインテル戦7-1など数々の伝説の舞台になった。2004年5月の最終戦から約2年後に取り壊された。

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ACADEMY

🌱 育成 ― ボルシア・ナッハヴフスライストゥングスツェントルム(育成センター)

1960〜70年代に若い選手と攻撃サッカーで「フォーレン」と呼ばれた歴史から、クラブは今も育成を自らの道と位置づけ、ユースからトップチームへの「通り抜けやすさ」を重視している。育成はU9〜U13の基礎、U14〜U16の発展、U17〜U23の育成強化の3段階で、ボール中心で攻撃的・能動的・創造的なサッカーを共通の指針にしつつ、決まったシステムにはこだわらず複数ポジションをこなせる選手を育てている。

ユースの寮「フォーレンシュタール」はスタジアムのあるボルシア・パルク内にある。2025年にはU17がホームで行われた決勝でRBライプツィヒを3-1で破り、44年ぶりにドイツ王者となった。

主な出身選手: ローター・マテウス、シュテファン・エッフェンベルク、マルク=アンドレ・テア・シュテーゲン、マフムード・ダフード、マルセル・ヤンセン、パトリック・ヘルマン

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SUPPORTERS

📣 ボルシアMGのサポーターとライバル

会員数は10万人を超え、ドイツ有数の大クラブ。国内外に1,200以上の公式ファンクラブがある。熱心なサポーターの中心は北側スタンド「ノルトクルヴェ」で、約2万1,500人が陣取る。シーズンチケットは上限3万枚が毎年売り切れ、順番待ちのリストができているほど。

サポーターはリヴァプールと長年の友好関係にあり、1989年のヒルズボロの悲劇の際には遺族のために募金を集めた。マインツのファンとも1994年のポカールの試合をきっかけに友好関係がある。

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ACCESS

✈️ 日本からボルシアMGの試合を観戦するには

デュッセルドルフ空港には日本からの直行便がないため、欧州の主要空港で乗り継いで向かうことになる。デュッセルドルフ中央駅からメンヒェングラートバッハ中央駅へは、RE4・RE13・Sバーン8号線などの在来線が頻繁に走っている。ケルン中央駅からもRE8などで結ばれている。

試合日はメンヒェングラートバッハ中央駅(駅裏口)とライト中央駅から、キックオフ3時間前より5分間隔でスタジアム行きのシャトルバスが出ており、試合後も2時間運行する。ホームゲームのチケットは、ライン=ルール地域(VRR)とアーヘン地域(AVV)の公共交通の乗車券を兼ねる。入場はキックオフの2時間前から。

シーズンチケットは上限3万枚で一般販売はなく、人気の高い試合はクラブ会員に優先購入権がある。一般のファンにとっては、公式オンラインショップの「再販売(ツヴァイトマルクト)」が頼りになり、キックオフ直前まで出品・購入できる。最新情報はクラブ公式サイトのチケットページで確認したい。

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出典

  1. [1] Borussia Mönchengladbach 公式(クラブの歴史 マイルストーン)(2026-11-05 閲覧)
  2. [2] Borussia Mönchengladbach 公式(ヒストリー)(2026-11-05 閲覧)
  3. [3] Borussia Mönchengladbach 公式(クラブについて)(2026-11-05 閲覧)
  4. [4] Borussia Mönchengladbach 公式(スタジアムとクラブ敷地・ベーケルベルク)(2026-11-05 閲覧)
  5. [5] Borussia Mönchengladbach 公式(ファン)(2026-11-05 閲覧)
  6. [6] Borussia Mönchengladbach 公式(育成センターの概要)(2026-11-05 閲覧)
  7. [7] Borussia Mönchengladbach 公式(試合日の案内・シャトルバス)(2026-11-05 閲覧)
  8. [8] Borussia Mönchengladbach 公式(チケット・FAQ)(2026-11-05 閲覧)
  9. [9] Wikipedia(ドイツ語版)Borussia Mönchengladbach(2026-11-05 閲覧)
  10. [10] Wikipedia(英語版)Borussia Mönchengladbach(2026-11-05 閲覧)
  11. [11] ブンデスリーガ公式(ボルシア・パルクの命名権売却・2025年11月)(2026-11-05 閲覧)
  12. [12] ブンデスリーガ公式(2026-27シーズンのスタジアム紹介)(2026-11-05 閲覧)
  13. [13] Wikipedia(英語版)Hennes Weisweiler(2026-11-05 閲覧)
  14. [14] Wikipedia(英語版)Günter Netzer(2026-11-05 閲覧)
  15. [15] Wikipedia(英語版)Berti Vogts(2026-11-05 閲覧)
  16. [16] Wikipedia(英語版)Jupp Heynckes(2026-11-05 閲覧)
  17. [17] Wikipedia(英語版)Allan Simonsen(2026-11-05 閲覧)
  18. [18] Wikipedia(英語版)Uwe Kamps(2026-11-05 閲覧)
  19. [19] Wikipedia(英語版)Marco Reus(2026-11-05 閲覧)
  20. [20] Wikipedia(英語版)Lucien Favre(2026-11-05 閲覧)
  21. [21] Wikipedia(日本語版)大津祐樹(2026-11-05 閲覧)
  22. [22] Wikipedia(日本語版)福田師王(2026-11-05 閲覧)
  23. [23] サッカーキング(板倉滉のボルシアMG復帰・2026年8月)(2026-11-05 閲覧)
  24. [24] Wikipedia(英語版)Ko Itakura(2026-11-05 閲覧)
  25. [25] サッカーキング(高井幸大のボルシアMGレンタル加入・2026年1月)(2026-11-05 閲覧)
  26. [26] サッカーキング(ボルシアMGがドルトムントを破り残留確定・2026年5月)(2026-11-05 閲覧)
  27. [27] ブンデスリーガ公式(町野修斗のボルシアMG加入・2025年7月)(2026-11-05 閲覧)
  28. [28] サッカーキング(橋岡大樹のボルシアMG加入・2026年7月)(2026-11-05 閲覧)
  29. [29] サッカーキング(宇野禅斗のボルシアMG完全移籍・2026年6月)(2026-11-05 閲覧)
  30. [30] GOAL 日本版(板倉滉、ボルシアMGへの愛着を語る・2024年9月)(2026-11-05 閲覧)
  31. [31] サッカーキング(DFBポカール2回戦 ボルシアMG対カールスルーエ・2026年10月)(2026-11-05 閲覧)
  32. [32] Wikipedia(英語版)Mönchengladbach(2026-11-05 閲覧)
  33. [33] Wikipedia(ドイツ語版)Mönchengladbach(2026-11-05 閲覧)
  34. [34] Wikipedia(日本語版)福島市(2026-11-05 閲覧)
  35. [35] Wikipedia(英語版)Mönchengladbach Hauptbahnhof(2026-11-05 閲覧)
  36. [36] Wikipedia(英語版)Düsseldorf Airport(就航路線)(2026-11-05 閲覧)

クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。