Brighton & Hove Albion Football Club
イングランド南部、ロンドンから電車で1時間足らずの海辺の街ブライトン・アンド・ホーヴを本拠とするクラブ。1990年代末にはスタジアムを失って4部で存続の危機に立たされたが、2011年に新本拠地アメックス・スタジアムを手に入れ、2017年に34年ぶりのトップリーグ復帰を果たした。2022-23シーズンからは三笘薫がプレーし、加入1年目からドリブルでプレミアリーグを沸かせた。
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2026-27シーズンのプレミアリーグで3位(20チーム中・勝ち点19)順位表 →
今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。
1901年6月24日に「ブライトン・アンド・ホーヴ・ユナイテッド」として誕生し、まもなく現在の「アルビオン」に改称した。解散したブライトン・アンド・ホーヴ・レンジャーズに代わってサザンリーグに加わり、1902年からは隣町ホーヴのゴールドストーン・グラウンドを本拠とした。1909-10シーズンにサザンリーグを制し、1910年にはフットボールリーグ王者アストン・ヴィラを破ってFAチャリティ・シールド(現コミュニティ・シールド)を獲得。これが今もクラブ唯一の全国タイトルとなっている。1920年にフットボールリーグの新設3部に加盟した。
長く下部リーグにいたクラブが脚光を浴びたのは1970年代。マイク・バンバー会長が1973年にブライアン・クラフを招き、のちに元イングランド代表のアラン・マレリーを監督に据えた。マレリーのもとで3部から駆け上がり、1979年に2部2位で初めて1部に昇格。1982-83シーズンは最下位で降格したものの、FAカップでは初の決勝に進み、マンチェスター・ユナイテッドと2-2で引き分けた(再試合は0-4で敗戦)。延長終了間際の決定機を外した場面は、実況の「…and Smith must score」という一言とともに語り継がれている。
1990年代は苦難の時代だった。経営難から当時の役員会がゴールドストーン・グラウンドを開発業者に売却し、ファンの激しい抗議運動が起きた。1996-97シーズンは一時最下位から13ポイント離されながら、最終節のヘレフォード戦で引き分けて総得点差でフットボールリーグ残留を決めた。1997年には生涯のファンだったディック・ナイトが経営権を握ってクラブを救ったが、本拠地を失ったチームは約70マイル離れたジリンガムのスタジアムを2年間間借りし、1999年からは陸上競技場を改装したウィズディーン・スタジアムで12シーズンを過ごした。2005年には新スタジアム建設の資金集めとして出したチャリティー・シングル「Tom Hark」が全英チャート17位に入っている。
2009年に実業家トニー・ブルームが会長に就き、新スタジアムの建設資金を確保。2010-11シーズンにグスタボ・ポジェ監督のもとでリーグ1(3部)を制し、2011年8月、14年ぶりの本拠地となるアメックス・スタジアムでの初戦を迎えた。2014-15シーズン途中に就任したクリス・ヒュートン監督が2016-17シーズンにチャンピオンシップ(2部)2位に導き、34年ぶりのトップリーグ復帰を果たした。
プレミアリーグ定着後は着実に順位を上げている。グレアム・ポッター監督のもとで2021-22シーズンにクラブ史上最高の9位、2022年9月に就任したロベルト・デ・ゼルビ監督のもとで2022-23シーズンには6位に入り、クラブ史上初の欧州カップ戦出場権を獲得した。2023-24シーズンのヨーロッパリーグではグループ首位で突破し、ラウンド16でローマに敗れた。2024年6月には当時31歳のファビアン・ヒュルツェラーがプレミアリーグ史上最年少の監督として就任。2024-25・2025-26シーズンともに8位で、2026-27シーズンはカンファレンスリーグのプレーオフでトロムソを破ってリーグフェーズに進んだ。
エンブレムエンブレムはカモメを描いた円形のデザイン。1946年から1975年まではブライトンとホーヴの紋章を使っていたが、1970年代にクリスタル・パレスのファンが歌う「イーグルス(ワシ)」に対抗して「シーガルズ(カモメ)」と歌い返したのをきっかけに愛称がシーガルズとなり、1977年にエンブレムもカモメに変わった。1998年にいったん別のデザインになったが、アメックス・スタジアムに移る2011-12シーズンに、1970〜90年代のものに近い現在のデザインに戻した。新しい本拠地への「帰還」を表すための変更だった。ユニフォームは伝統的に青と白の縦縞。
愛称: シーガルズ(The Seagulls、カモメたち) / アルビオン(The Albion)
| シーズン | リーグ | 順位 | トピック |
|---|---|---|---|
| 2021-22 | プレミアリーグ | 9 | 勝ち点51でトップリーグでのクラブ最高順位を更新。三笘薫は加入直後からユニオン・サン=ジロワーズ(ベルギー)へレンタル中[1][3][10] |
| 2022-23 | プレミアリーグ | 6 | 三笘薫がブライトンでデビュー。9月にデ・ゼルビ監督が就任し、勝ち点62でクラブ史上最高の6位。初の欧州カップ戦出場権を獲得し、FAカップは準決勝でマンチェスター・ユナイテッドにPK戦で敗退[1][3][10] |
| 2023-24 | プレミアリーグ | 11 | クラブ初の欧州カップ戦となるヨーロッパリーグでグループ首位、ラウンド16でローマに敗退。三笘薫は2月に背中の負傷でシーズンを終えた。デ・ゼルビ監督のラストシーズン[1][3][10] |
| 2024-25 | プレミアリーグ | 8 | ヒュルツェラー監督の1年目。FAカップ8強。三笘薫がダニー・ウェルベックと並ぶ公式戦11得点でチーム得点王[1][3][10] |
| 2025-26 | プレミアリーグ | 8 | 8位でカンファレンスリーグのプレーオフ出場権を獲得(2026年8月にトロムソを2試合合計4-0で破りリーグフェーズへ)。三笘薫は5月に太ももを痛めて終盤を欠場[3][5][10][29] |
3部南地区時代に左ウイング(アウトサイドレフト)として12年間不動のレギュラーを務め、公式戦566試合に出場。今もクラブ最多出場記録として残る。[4][35]
地元サセックス出身のセンターフォワード。209試合で123得点を挙げたクラブ史上最多得点選手で、1925年にはクラブ初のイングランド代表選手になった。プロのクリケット選手としても活躍した。[4][34]
元イングランド代表MF。3部にいたチームを率いて1979年に初の1部昇格へ導いた。のちにライバルのクリスタル・パレスの監督に就いたことでも知られる。[2][23]
ノンリーグのバートン・アルビオンから加入し、1976-77シーズンにクラブ記録となる36得点。1部昇格を目指した時代のエースで、今もファンに歌われる存在。[21]
136試合83得点を挙げ、2000-01・2001-02シーズンの2年連続優勝・昇格の原動力となった。2024年10月からはヒュルツェラー監督のもとでストライカーを指導している。[22]
2度在籍したストライカー。一度はライバルのクリスタル・パレスへ移ったが、2016年に復帰して2017年のプレミアリーグ昇格に貢献。2018年10月にトミー・クック以来2人目となるアルビオンでの通算100得点に到達した。[9][24]
ブライトン生まれ、U-12からアカデミーで育ったセンターバック。2010年にトップチームデビューし、リーグ1優勝からプレミアリーグ昇格まで経験。2019年から主将を務め、初の欧州カップ戦出場へチームを導いた。[25]
2019年に加入し、レンタルを経て主力に成長。2022年W杯ではブライトン所属のままアルゼンチンの優勝に貢献し、決勝でも先発した。2022-23シーズンはチーム得点王としてクラブ初の欧州カップ戦出場権獲得に貢献した。[1][3][26]
加入時はブライトンのことをよく知らなかったが、自分のスタイルに合う攻撃的で面白いサッカーをしていたこと、早い段階でオファーをくれたことに惹かれたと話した。ホームでもアウェーでも大きな声援を送ってくれるサポーターを喜ばせたいとも語った。[12]
— 三笘薫
プレミアリーグ1年目を終えて、海が近く気候もいいブライトンは本当に住みやすい場所だと評価。ホームでもアウェーでも声を張り上げるサポーターを「本当に特別」と称え、裏方のスタッフも含めてここでとても幸せだと語った。[13]
— 三笘薫
2024年7月、クラブ初の日本遠征で国立競技場の鹿島アントラーズ戦(5-1で勝利)に出場。約5か月の負傷離脱からの復帰戦で、アルビオンが日本で初めて試合をしたことを誇りに思うと話し、母国のファンの前でプレーする重圧も感じたと振り返った。[14]
— 三笘薫
日本だと大阪府茨木市(約28.6万人)くらいの規模
ロンドンの南約47マイル(約76キロ)、イギリス海峡に面した街。海辺のリゾート地ブライトンと、その西隣の住宅地ホーヴの2つの町が1997年に一つの自治体となり、2001年に市(シティ)の地位を得た。今も地元では別々の町という意識が強く、ホーヴの住民が出身を聞かれて「Hove, actually(ホーヴです、実は)」と答える言い回しが知られる。クラブの名前に両方の町が入っているのは、統合よりずっと前からの伝統だ。
18世紀末から、のちの国王ジョージ4世が通ったことで流行の保養地として発展した。インド風の外観と東洋趣味の内装を持つ離宮ロイヤル・パビリオンや、1899年開業の遊園地つき桟橋パレス・ピアが街のシンボル。駅から海へ向かう途中には、400以上の個性的な店が並ぶノース・レーンや、細い路地が迷路のように続くザ・レーンズがある。
海岸沿いには約8.7キロの小石の浜が続き、レストランやバー、ナイトクラブが並ぶ。英国最大級のLGBTコミュニティを持つ街としても知られ、毎年8月初めにはブライトン・プライドが開かれる。サセックス大学とブライトン大学を抱える学生の街でもある。
スタジアムの命名権を持つアメリカン・エキスプレスは、欧州本部をブライトンに置く市内最大の民間雇用主。三笘薫も海が近く暮らしやすい街だと話している。
市の北東部、サウス・ダウンズの丘陵に囲まれたファルマー地区に建ち、サセックス大学のキャンパスに隣接する。正式な所在地名から「ファルマー・スタジアム」とも呼ばれる。建設計画は2002年に市の許可を得たものの、近隣自治体の反対で政府の審査や司法審査にもつれ込み、最終的な許可が出たのは2007年。2008年12月に着工し、建設費は約9,300万ポンドだった。
2011年7月30日のトッテナムとの親善試合でお披露目され、8月6日の最初の公式戦では、14年前にゴールドストーンで最後に対戦したドンカスター・ローヴァーズを2-1で破った。当初の収容人数は22,374人で、増築を重ねて現在は32,176人。建設時に大量の白亜(チョーク)を掘り出し、スタジアムは地面から3階分掘り下げた位置に造られている。命名権は開場前の2010年にアメリカン・エキスプレスが取得した。
日本とも縁がある。2015年のラグビーW杯では「ブライトン・コミュニティ・スタジアム」の名で使われ、日本代表が南アフリカを34-32で破る大金星を挙げた。2026年9月には、クラブ創設125周年記念試合のアーセナル戦(3-0で勝利)に31,944人が詰めかけ、スタジアムの最多観客数を更新した。
1902年から1997年まで本拠地だったホーヴのゴールドストーン・グラウンド。売却後はジリンガムのプリーストフィールド・スタジアム(1997-99年)、陸上競技場を改装したウィズディーン・スタジアム(1999-2011年)を使った。
U-21チームは21歳以下の最上位リーグであるプレミアリーグ2で戦い、2025-26シーズンに優勝した。U-18チームはU-18プレミアリーグ南地区に所属する。U-21は香港の国際7人制大会HKFCサッカー・セブンズでも2024年と2026年に優勝しており、2026年の決勝では横浜F・マリノスのU-21チームを2-0で破った。
主将ルイス・ダンクはU-12からここで育った地元出身者。7歳で入団したジャック・ヒンシェルウッドのような生え抜きに加え、サウサンプトンを16歳で離れたベン・ホワイトや、アイルランドのボヘミアンズから10代で加わったエヴァン・ファーガソンのように、ほかのクラブから若くして迎えた選手もトップチームへ送り出している。
主な出身選手: ルイス・ダンク、ベン・ホワイト、エヴァン・ファーガソン、ジャック・ヒンシェルウッド
ホームゲームはほぼ毎試合満員で、2025-26シーズンのリーグ戦の平均観客数は31,379人。チケットが売り切れると、クラブ公式のチケット交換サービスで再販される。クラブのアンセムは、1907年に作られたサセックス地方の行進曲「Sussex by the Sea」。
スタジアムを失った時代を経験したファンの結束は固い。1990年代には役員会への抗議運動で経営陣を交代させ、2000年代には新スタジアム実現のための署名や募金活動を続けた。資金集めのシングル「Tom Hark」が全英チャートに入ったのもその一つだ。
日本からはロンドンの空港を経由するのが一般的。ガトウィック空港はブライトンの北約30マイル(約48キロ)にあり、ブライトン行きの列車の多くが停車する。ロンドン・ヴィクトリア駅からブライトン駅までは最速51分。
スタジアムのすぐ横にファルマー駅があり、ブライトン駅から列車で約9分。ホームゲームのチケットを持っていれば、決められた無料交通エリア(ワージング、イーストボーン、タンブリッジ・ウェルズ〈バスのみ〉などからファルマーまで)の電車・バスに試合の前後の時間帯は無料で乗れる(時間帯は試合ごとに案内される)。試合後のファルマー駅はかなり混むので、帰りは時間に余裕を持ちたい。
チケットはクラブ公式サイトでのみ販売され、外部サイトで買ったチケットでは入場を断られることがある。人気カードは会員(MyAlbion+)やシーズンチケット保有者の先行販売で売り切れることが多く、売り切れ後はクラブ公式のチケット交換サービスに再販が出る。発売のスケジュールや購入条件は試合ごとに異なるため、クラブ公式サイトのチケットページで確認したい。
クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。