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2025年5月、チャンピオンシップのプレーオフ準決勝を前にしたアシュトン・ゲート。スタンドをサポーターの赤と白のカードによる人文字が埋めた

2025年5月、チャンピオンシップのプレーオフ準決勝を前にしたアシュトン・ゲート。スタンドをサポーターの赤と白のカードによる人文字が埋めた
写真: JHock93(2025年撮影) / CC0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

CLUB · CHAMPIONSHIP
ブリストル・シティのエンブレム

ブリストル・シティ

エンブレムの権利はブリストル・シティに帰属します(チームの識別のために表示しています)

ブリストル・シティ

Bristol City Football Club

📷 2025年5月、チャンピオンシップのプレーオフ準決勝を前にしたアシュトン・ゲート。スタンドをサポーターの赤と白のカードによる人文字が埋めた(写真: JHock93・2025年/CC0・Wikimedia Commons・トリミング加工)
  • 照明に浮かぶメインスタンドのランズダウン・スタンド(2023年)

    照明に浮かぶメインスタンドのランズダウン・スタンド(2023年)
    写真: Steve Daniels(2023年撮影) / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    照明に浮かぶメインスタンドのランズダウン・スタンド(2023年)

  • エイヴォン渓谷に架かるクリフトン吊り橋。ブルネルが設計した街のシンボル

    エイヴォン渓谷に架かるクリフトン吊り橋。ブルネルが設計した街のシンボル
    写真: Robert Lamb(2023年撮影) / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    エイヴォン渓谷に架かるクリフトン吊り橋。ブルネルが設計した街のシンボル

  • 港町ブリストルの旧港。蒸気船SSグレート・ブリテンの近くを帆船マシュー号が進む

    港町ブリストルの旧港。蒸気船SSグレート・ブリテンの近くを帆船マシュー号が進む
    写真: Anthony O'Neil(2010年撮影) / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    港町ブリストルの旧港。蒸気船SSグレート・ブリテンの近くを帆船マシュー号が進む

写真: Steve Daniels(2023年)・CC BY-SA 2.0・Commons / Robert Lamb(2023年)・CC BY-SA 2.0・Commons / Anthony O'Neil(2010年)・CC BY-SA 2.0・Commons(いずれもトリミング加工)

創設
1894年
本拠地
ブリストル
スタジアム
アシュトン・ゲート
愛称
ロビンズ(The Robins)

イングランド南西部最大の都市ブリストルの南側、アシュトン・ゲートを本拠とする「ロビンズ」。1900年代初頭に1部準優勝とFAカップ決勝進出を果たした古豪で、1980年代の破産危機を経て、近年はチャンピオンシップ(2部)で戦いながらアカデミーから代表選手を送り出している。2024年夏にFC町田ゼルビアから平河悠が加入し、2026-27シーズンも背番号7としてプレーしている。

📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典30件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。

NOW

🇯🇵 ブリストル・シティの日本人選手の今

2026-27シーズンのチャンピオンシップで15位(24チーム中・勝ち点18)順位表 →

今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。

HISTORY

📜 ブリストル・シティの歴史

1894年、市南部ベドミンスター地区のセント・ジョンズ・レーンを本拠に「ブリストル・サウス・エンド」として誕生した。1897年にプロ化してサザンリーグに加わる際に「ブリストル・シティ」へ改称。1900年には、1887年に「サウスヴィル」として生まれた地元のライバル、ベドミンスターFCと合併し、1903-04シーズンを最後にセント・ジョンズ・レーンを離れて、ベドミンスターが使っていたアシュトン・ゲートへ移った。

最初の黄金期は20世紀初頭だった。1905-06シーズンに2部で優勝して1部へ昇格すると、翌1906-07シーズンは首位ニューカッスルと勝ち点3差の2位に入り、これが今もクラブ史上最高の順位になっている。1909年にはFAカップ決勝に進んだが、マンチェスター・ユナイテッドに0-1で敗れた。1911年に降格してからはトップリーグに長く戻れなかったが、3部南地区では1922-23・1926-27・1954-55シーズンと3度優勝。1950〜60年代はクラブ最多得点記録を持つジョン・アトイェオがチームを引っ張った。

1967年に就任したアラン・ディックス監督のもとで、1976年に65年ぶりの1部昇格を果たし、1977-78シーズンにはアングロ・スコティッシュ・カップを制した。しかし1980年に降格すると負債と赤字が膨らみ、3年連続の降格で1982年には4部まで転落して破産を宣告された。新会社がクラブを引き継ぐ際、高給の主力8人が未払い分の半額を受け取って契約解除に応じ、クラブの存続を助けた。この8人は「アシュトン・ゲート・エイト」と呼ばれている。

1983-84シーズンに4部から昇格して立て直しを始め、1994年1月にはFAカップでリヴァプールを敵地アンフィールドで破った。2007-08シーズンには2部で4位に入ってプレーオフ決勝に進んだが、ウェンブリーでハル・シティに0-1で敗れて昇格を逃した。2013年に3部(リーグ1)へ降格したものの、スティーヴ・コテリル監督のもとで2014-15シーズンにクラブ記録の勝ち点99でリーグ1を制し、フットボールリーグ・トロフィーとの2冠で1年で2部に復帰。2017-18シーズンにはリーグカップでマンチェスター・ユナイテッドなどを破って準決勝まで勝ち上がった。

近年は筆頭株主スティーヴ・ランズダウンのもと、アカデミー出身のアントワーヌ・セメニョやアレックス・スコットらを育ててプレミアリーグのクラブへ送り出してきた。2024-25シーズンはリアム・マニング監督のもとで6位に入り、17年ぶりにプレーオフへ進出(準決勝でシェフィールド・ユナイテッドに敗退)。2025年6月に就任したゲルハルト・シュトルーバー監督は2026年3月に退任し、元イングランド代表監督のロイ・ホジソンが暫定で残りのシーズンを指揮した。2026年5月にはリンカーン・シティをリーグ1優勝に導いたマイケル・スクバラが3年契約で新監督に就任し、2026-27シーズンもチャンピオンシップで戦っている。

ブリストル・シティのエンブレム

ブリストル・シティ

エンブレムの権利はブリストル・シティに帰属します(チームの識別のために表示しています)

エンブレム現在のエンブレムは、クラブの愛称の由来であるロビン(ヨーロッパコマドリ)がサッカーボールの上にとまる円形のデザインで、ブリストル・サウス・エンドとして創設された「1894」の年を添えている。創設125周年の2019年3月に発表され、サポーターへの意見聴取や代表者によるフォーカスグループを経て作られた。ロビンは1976年から1994年までもエンブレムに使われており、その間の時代はブリストル市の紋章を簡略化したデザインだった。

愛称: ロビンズ(The Robins) / サイダー・アーミー(Cider Army)

RECORD

🏆 ブリストル・シティの主なタイトルと近年の戦績

シーズンリーグ順位トピック
2021-22チャンピオンシップ(2部)17ナイジェル・ピアソン監督のもと、アンドレアス・ヴァイマンがチーム最多の22得点[1][2]
2022-23チャンピオンシップ(2部)14FAカップ5回戦進出。アカデミー出身のアントワーヌ・セメニョが1月にボーンマスへ移籍[2][22]
2023-24チャンピオンシップ(2部)118月にアレックス・スコットがクラブ史上最高額(約2,500万ポンドと報道)でボーンマスへ移籍。11月にリアム・マニング監督が就任[1][2][21]
2024-25チャンピオンシップ(2部)6平河悠がレンタルで加入(2月に完全移籍)。17年ぶりのプレーオフ進出も、準決勝でシェフィールド・ユナイテッドに2戦合計0-6で敗退[1][2][7]
2025-26チャンピオンシップ(2部)12シュトルーバー監督が3月に退任し、ロイ・ホジソンが暫定監督に。平河悠は1月からハル・シティへレンタル[2][3][8]
LEGENDS

⭐ ブリストル・シティを象徴する名選手

JAPANESE

🇯🇵 ブリストル・シティの歴代日本人選手

VOICES

💬 日本人選手が語るブリストル・シティと街

HOMETOWN

🏙️ ホームタウン ブリストル

地域
イングランド南西部(サウス・ウェスト・イングランド)
人口
約49.5万人(2025年半ば、英国統計局の推計)

日本だと松山市(約49.4万人)くらいの規模

ロンドンの西およそ170キロ、エイヴォン川のほとりに広がるイングランド南西部最大の都市。エイヴォン川はブリストル海峡を経てセヴァーン川の河口へ注ぎ、中世から大西洋貿易の港町として栄えた。18世紀には奴隷貿易の拠点でもあったという負の歴史も抱えている。

技師イザムバード・キングダム・ブルネルゆかりの街で、彼が設計したクリフトン吊り橋がエイヴォン渓谷に架かり、ロンドンへのグレート・ウェスタン鉄道も彼が手がけた。北部のフィルトンは英仏共同開発の超音速旅客機コンコルドの開発・製造拠点で、2003年の最終飛行もここへ戻った。

バンクシーの出身地とされ、街なかで作品を見ることができる。マッシヴ・アタックやポーティスヘッドに代表される「ブリストル・サウンド」の発祥地でもあり、『ウォレスとグルミット』のアードマン・アニメーションズも本拠を置く。毎年8月にはスタジアム近くのアシュトン・コートで、ヨーロッパ最大級の熱気球の祭典が開かれる。

ブリストル大学と西イングランド大学(UWE)を抱える学生の街でもあり、2つの大学の学生は約6万9,000人。人口は過去10年で1割近く増えており、イングランドとウェールズの平均を上回るペースで伸びている。

[23][24][25]

STADIUM

🏟️ ブリストル・シティのスタジアム ― アシュトン・ゲート

収容人数
約27,000人(座席数は26,462)
開場
1887年

エイヴォン川の南、市の南西部に建つスタジアム。合併前のベドミンスターFCが使っていたグラウンドで、シティは1904年からここを本拠にしている。1935年2月のプレストン戦では、クラブ史上最多の43,335人が詰めかけた。

2014年5月から2016-17シーズン開幕前にかけて大規模な改修が行われ、筆頭株主の名を冠した最大のランズダウン・スタンド(9,506席)、ドールマン・スタンド、アトイェオ・スタンド、サウス・スタンドの4つのスタンドで囲む現在の姿になった。2021年には安全な立ち見エリアも設けられた。

2014年からはラグビー・ユニオンの強豪ブリストル・ベアーズも本拠にしており、サッカーとラグビーが同じスタジアムを使う。1999年のラグビーW杯や2020年の欧州チャンピオンズカップ決勝、2025年の女子ラグビーW杯の試合も開催され、コンサート会場としても使われている。

1894年の創設から1904年までは、同じベドミンスター地区のセント・ジョンズ・レーンが本拠だった。

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ACADEMY

🌱 育成 ― ブリストル・シティ・アカデミー

トップチームは2020年からフェイランドにある練習拠点「ロビンズ・ハイパフォーマンス・センター」を使っている。アカデミーからは近年、プレミアリーグへ羽ばたく選手が続いた。

アントワーヌ・セメニョはいくつものクラブで放出を経験したのち、2017年9月にアカデミーへ加わり、レンタルでの武者修行を経て主力に成長。2023年1月にボーンマスへ移籍し、2026年1月にはマンチェスター・シティへ移った。英仏海峡のガーンジー島から16歳でやって来たアレックス・スコットは、2021年にプロ契約を結んで中盤の主力となり、2023年8月にクラブ史上最高額とされる約2,500万ポンドでボーンマスへ移籍。のちにU-21欧州選手権優勝を経てイングランドのA代表にも選ばれた。

主な出身選手: アントワーヌ・セメニョ、アレックス・スコット

[1][21][22]

SUPPORTERS

📣 ブリストル・シティのサポーターとライバル

クラブの愛称は「ロビンズ」で、エンブレムにもロビンが描かれている。ファンは「サイダー・アーミー」とも呼ばれる。

最大のライバルは同じ街のブリストル・ローヴァーズで、対戦は「ブリストル・ダービー」と呼ばれる。初対戦は1894年9月の親善試合までさかのぼり、両クラブのファンが互いを最大のライバルと見なす激しいダービーとして知られる。ローヴァーズが本拠を置くのは市の北部にあるメモリアル・スタジアムで、もとはラグビーのブリストルが使っていたグラウンド。両クラブがリーグ戦で戦ったのは2000-01シーズンが最後で、近年は所属リーグが分かれて対戦の機会自体が少ない。

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ACCESS

✈️ 日本からブリストル・シティの試合を観戦するには

日本からはロンドン経由が一般的。ロンドン・パディントン駅からグレート・ウェスタン鉄道(GWR)の列車でブリストル・テンプル・ミーズ駅まで約1時間40分。

テンプル・ミーズ駅からスタジアムまでは徒歩で約50分あるため、M2系統などの路線バスか、運行がある日は試合日のシャトルバス(AG3)を使うと便利。最寄りの鉄道駅パーソン・ストリートからは徒歩15〜20分。4〜9月は市中心部からフェリーも毎日運航しており、下船地から歩いて約15分。スタジアム周辺の路上駐車は非常に限られる。

チケットはクラブ公式サイトのチケットページ(運営会社ブリストル・スポーツの公式チケットサイト)で購入する。販売方法や価格は試合ごとに変わるので、最新情報は公式サイトで確認したい。

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出典

  1. [1] Wikipedia(英語版)Bristol City F.C.(2026-11-05 閲覧)
  2. [2] Wikipedia(英語版)List of Bristol City F.C. seasons(2026-11-05 閲覧)
  3. [3] Wikipedia(英語版)2025–26 Bristol City F.C. season(2026-11-05 閲覧)
  4. [4] Wikipedia(英語版)Yū Hirakawa(2026-11-05 閲覧)
  5. [5] ゲキサカ(平河悠のブリストル・シティ移籍が正式発表・2024年7月)(2026-11-05 閲覧)
  6. [6] サッカーキング(平河悠、ブリストル・シティにレンタル加入・2024年7月)(2026-11-05 閲覧)
  7. [7] サッカーキング(平河悠、ブリストル・シティへ完全移籍・2025年2月)(2026-11-05 閲覧)
  8. [8] GOAL 日本版(平河悠、ハル・シティへレンタル移籍・2026年1月)(2026-11-05 閲覧)
  9. [9] フットボールチャンネル(平河悠、バーンリー戦で決勝点・2026年9月)(2026-11-05 閲覧)
  10. [10] Number Web(山中忍「ここはサッカーの種類が違う」平河悠・2024年11月)(2026-11-05 閲覧)
  11. [11] Hits Radio Bristol(マイケル・スクバラの監督就任・2026年5月)(2026-11-05 閲覧)
  12. [12] Wikipedia(英語版)Ashton Gate (stadium)(2026-11-05 閲覧)
  13. [13] Ashton Gate Stadium 公式サイト(2026-11-05 閲覧)
  14. [14] Ashton Gate Stadium 公式(アクセス案内)(2026-11-05 閲覧)
  15. [15] Wikipedia(英語版)John Atyeo(2026-11-05 閲覧)
  16. [16] Wikipedia(英語版)Billy Wedlock(2026-11-05 閲覧)
  17. [17] Wikipedia(英語版)Alan Dicks(2026-11-05 閲覧)
  18. [18] Wikipedia(英語版)Andy Cole(2026-11-05 閲覧)
  19. [19] Wikipedia(英語版)Brian Tinnion(2026-11-05 閲覧)
  20. [20] Wikipedia(英語版)Louis Carey(2026-11-05 閲覧)
  21. [21] Wikipedia(英語版)Alex Scott (footballer, born 2003)(2026-11-05 閲覧)
  22. [22] Wikipedia(英語版)Antoine Semenyo(2026-11-05 閲覧)
  23. [23] Wikipedia(英語版)Bristol(2026-11-05 閲覧)
  24. [24] ブリストル市議会(The population of Bristol)(2026-11-05 閲覧)
  25. [25] Wikipedia(日本語版)松山市(2026-11-05 閲覧)
  26. [26] Wikipedia(英語版)Bristol derby(2026-11-05 閲覧)
  27. [27] Wikipedia(英語版)Steve Lansdown(2026-11-05 閲覧)
  28. [28] SoccerBible(ブリストル・シティの新エンブレム発表・2019年3月)(2026-11-05 閲覧)
  29. [29] GWR(ロンドン〜ブリストル間の列車)(2026-11-05 閲覧)
  30. [30] Bristol City 公式サイト(2026-11-05 閲覧)

クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。