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2025年11月のチャールトン戦。スタンドが埋まったコヴェントリー・ビルディング・ソサエティ・アリーナ

2025年11月のチャールトン戦。スタンドが埋まったコヴェントリー・ビルディング・ソサエティ・アリーナ
写真: Asj1977(2025年撮影) / CC0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

CLUB · PREMIER LEAGUE
コヴェントリー・シティのエンブレム

コヴェントリー・シティ

エンブレムの権利はコヴェントリー・シティに帰属します(チームの識別のために表示しています)

コヴェントリー・シティ

Coventry City Football Club

📷 2025年11月のチャールトン戦。スタンドが埋まったコヴェントリー・ビルディング・ソサエティ・アリーナ(写真: Asj1977・2025年/CC0・Wikimedia Commons・トリミング加工)
  • コヴェントリー・アリーナ駅側から見たスタジアムの外観。白い鉄骨のマストが屋根を吊る

    コヴェントリー・アリーナ駅側から見たスタジアムの外観。白い鉄骨のマストが屋根を吊る
    写真: Joieman(2023年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    コヴェントリー・アリーナ駅側から見たスタジアムの外観。白い鉄骨のマストが屋根を吊る

  • 1940年の空襲で焼け落ちた旧大聖堂の廃墟(左)と、1962年に完成した新しい聖マイケル大聖堂(右)

    1940年の空襲で焼け落ちた旧大聖堂の廃墟(左)と、1962年に完成した新しい聖マイケル大聖堂(右)
    写真: DeFacto(2018年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    1940年の空襲で焼け落ちた旧大聖堂の廃墟(左)と、1962年に完成した新しい聖マイケル大聖堂(右)

  • 旧大聖堂の塔から西を望むコヴェントリー中心部。右手前の尖塔はホーリー・トリニティ教会

    旧大聖堂の塔から西を望むコヴェントリー中心部。右手前の尖塔はホーリー・トリニティ教会
    写真: Si (mintchociecream)(2011年撮影) / CC0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    旧大聖堂の塔から西を望むコヴェントリー中心部。右手前の尖塔はホーリー・トリニティ教会

写真: Joieman(2023年)・CC BY-SA 4.0・Commons / DeFacto(2018年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Si (mintchociecream)(2011年)・CC0・Commons(いずれもトリミング加工)

創設
1883年
本拠地
コヴェントリー
スタジアム
コヴェントリー・ビルディング・ソサエティ・アリーナ(CBSアリーナ)
愛称
スカイ・ブルーズ(The Sky Blues)

イングランド中部、自転車と自動車の産業で栄えた街コヴェントリーのクラブ。1987年のFAカップ優勝が唯一の主要タイトルで、2001年の降格後は4部まで落ちる苦難を味わったが、2025-26シーズンにチャンピオンシップ(2部)を制して25年ぶりにプレミアリーグへ戻ってきた。2023年からプレーする坂元達裕はクラブで初めてゴールを決めた日本人選手で、昇格の主力として街のサポーターに愛されている。

📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典25件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。

NOW

🇯🇵 コヴェントリー・シティの日本人選手の今

2026-27シーズンのプレミアリーグで16位(20チーム中・勝ち点9)順位表 →

今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。

HISTORY

📜 コヴェントリー・シティの歴史

1883年、自転車メーカー「シンガー」の従業員たちがヒルフィールズ地区のパブで集まり、「シンガーズFC」として誕生した。社長のジョージ・シンガーが初代会長を務めた、自転車工場の街らしい生い立ちだ。1898年に地域に開かれたクラブとしてコヴェントリー・シティに改称し、翌1899年からハイフィールド・ロードを本拠地にした。1908年にサザンリーグへ参加し、1919年にフットボールリーグに加盟。1931-32シーズンにはクラリー・ボートンが1シーズン49ゴールを挙げ、チームは大量得点で「オールド・ファイブ」と呼ばれた。

1961年に就任したジミー・ヒル監督が「スカイブルー革命」を起こす。チームカラーを空色に変え、愛称を「スカイ・ブルーズ」とし、クラブの歌も作った。1964年に3部、1967年に2部で優勝し、クラブ史上初めて1部へ昇格。1969-70シーズンには史上最高の6位に入り、翌シーズンにはフェアーズカップ(UEFAカップの前身)に出場した。1981年には会長となっていたヒルのもとで、ハイフィールド・ロードがイングランド初の全席座席式スタジアムに改装された。

1987年5月、ジョージ・カーティスとジョン・シレットの指揮のもとFAカップ決勝に進み、ウェンブリーでトッテナムを3-2で破って優勝した。1992年にはプレミアリーグの創設メンバーとなり、ロン・アトキンソンやゴードン・ストラカンの下でディオン・ダブリン、ロビー・キーンらを擁したが、財政難で主力を売り続け、2000-01シーズンに降格。34年続いたトップリーグ在籍が途切れた。

2005年に新スタジアム(当時のリコー・アリーナ)へ移ったが、経営は苦しく、2007年に投資ファンドSisuに買収された。スタジアムの賃料をめぐる争いから、2013-14年はノーサンプトン、2019-21年はバーミンガムのセント・アンドリュースで「間借り」のホームゲームを強いられた。2012年に3部、2017年には59年ぶりに4部へ降格したが、同じ2017年にEFLトロフィーを制し、マーク・ロビンズ監督のもと2018年のプレーオフで3部、2020年に3部優勝で2部へと続けて昇格した。

2023年1月に地元の実業家ダグ・キングがクラブを買収し、Sisu時代が終わった。2022-23シーズンはプレーオフ決勝でルートンにPK戦で敗れ、2023-24シーズンはFAカップ準決勝でマンチェスター・ユナイテッドに0-3から追いつきながらPK戦で敗退。2024年11月にフランク・ランパードが監督に就くと、2025年8月にはクラブがスタジアムを買い取り、2025-26シーズンは2部優勝で2026年4月に25年ぶりのプレミアリーグ昇格を決めた。

コヴェントリー・シティのエンブレム

コヴェントリー・シティ

エンブレムの権利はコヴェントリー・シティに帰属します(チームの識別のために表示しています)

エンブレムエンブレムの中心は、城を背負った象がサッカーボールの上に立つ図柄。城を背負う象はコヴェントリー市の紋章に描かれている街の象徴で、クラブはこれをボールと組み合わせている。両脇を鷲と、炎の中から羽ばたく不死鳥が支え、上下のリボンに「COVENTRY CITY」「FOOTBALL CLUB」と記される。2005年の新スタジアム移転時にクラブはモダンな盾形への変更を発表したが、サポーターの強い反発を受けて撤回した。

愛称: スカイ・ブルーズ(The Sky Blues)

RECORD

🏆 コヴェントリー・シティの主なタイトルと近年の戦績

シーズンリーグ順位トピック
2021-22EFLチャンピオンシップ(2部)12セント・アンドリュースでの間借りを終え本拠地へ復帰。ヴィクトル・ギェケレシュがチーム最多のリーグ戦18得点[1]
2022-23EFLチャンピオンシップ(2部)5昇格プレーオフ決勝でルートン・タウンにPK戦で敗れ、プレミア昇格を逃す[1]
2023-24EFLチャンピオンシップ(2部)9坂元達裕の加入1年目。FAカップ準決勝でマンチェスター・ユナイテッドと3-3、PK戦で敗退[1][14]
2024-25EFLチャンピオンシップ(2部)52024年11月にランパード監督が就任。昇格プレーオフ準決勝でサンダーランドに敗退[1][6]
2025-26EFLチャンピオンシップ(2部)12部優勝。2026年4月17日に残り3試合で昇格を決め、25年ぶりにプレミアリーグへ復帰[1][2][5]
LEGENDS

⭐ コヴェントリー・シティを象徴する名選手

JAPANESE

🇯🇵 コヴェントリー・シティの歴代日本人選手

VOICES

💬 日本人選手が語るコヴェントリー・シティと街

HOMETOWN

🏙️ ホームタウン コヴェントリー

地域
イングランド・ウェスト・ミッドランズ
人口
約34.5万人(2021年国勢調査)

日本だと奈良市(約34.3万人)くらいの規模

イングランドのほぼ中央、バーミンガムの東に位置する街で、ウェスト・ミッドランズではバーミンガムに次ぐ第2の都市。1043年に領主レオフリックと妻ゴダイヴァが修道院を開いたのが街の起こりとされ、重税に抗議して裸で馬に乗り街を回ったという「ゴダイヴァ夫人」の伝説で知られる。

19世紀には自転車産業の中心地となり、1897年にはダイムラーがこの街でイギリス初期の自動車を製造。ジャガーやローバーなどが拠点を構える「イギリスの自動車の街」として発展した。現在もジャガーのブランド本拠が市内にある。クラブ自体も自転車メーカーの従業員が作ったチームから始まった。

軍需工場が集まっていたため、1940年11月のドイツ軍の大空襲で旧市街の大半を失った。戦後に再建された街には、爆撃で焼け落ちた旧大聖堂の廃墟の隣に、建築家バジル・スペンス設計の新しい聖マイケル大聖堂が1962年に完成し、平和と和解の象徴になっている。

1970年代末から80年代初めにはザ・スペシャルズらによる音楽ムーブメント「2トーン」の発信地となり、2021年には「UKシティ・オブ・カルチャー」に選ばれた。ウォーリック大学とコヴェントリー大学の2つの大きな大学があり、学生の多い街でもある。

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STADIUM

🏟️ コヴェントリー・シティのスタジアム ― コヴェントリー・ビルディング・ソサエティ・アリーナ(CBSアリーナ)

収容人数
32,609人
開場
2005年

市の中心から約6キロ北、ガス工場の跡地に建つスタジアム。展示ホールやホテル、カジノを併設した複合施設で、2005年8月20日のQPR戦でこけら落としを迎えた。当初は「リコー・アリーナ」と呼ばれ、2021年から地元の住宅金融組合コヴェントリー・ビルディング・ソサエティが10年の命名権を持つ。2012年ロンドン五輪のサッカー会場にもなった。

長く市などが出資する運営会社の所有で、クラブは賃料をめぐる対立から2度スタジアムを離れたが、2025年8月にクラブが買い取ってついに自前のスタジアムになった。西スタンド入口の前には、ファンの募金で建てられたジミー・ヒル元監督の銅像がある。

1899年から2005年まで106年間使ったハイフィールド・ロード。1981年にイングランド初の全席座席式スタジアムとなり、1967年のウルヴァーハンプトン戦ではクラブ史上最多の観客51,455人を記録した。

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ACADEMY

🌱 育成 ― コヴェントリー・シティ・アカデミー

クラブの育成組織からは、トップリーグやイングランド代表で活躍する選手が数多く育っている。2022年W杯のイングランド代表メンバーだったジェームズ・マディソンとカラム・ウィルソンはいずれもコヴェントリーのアカデミー出身。チャンピオンズリーグを制したダニエル・スタリッジやクリス・カークランドもここから巣立った。クラブでも、マーカス・ホールやゲイリー・マクシェフリーが300試合前後に出場する中心選手になった。

主な出身選手: ジェームズ・マディソン、カラム・ウィルソン、ダニエル・スタリッジ、クリス・カークランド、マーカス・ホール、ゲイリー・マクシェフリー

[1]

SUPPORTERS

📣 コヴェントリー・シティのサポーターとライバル

クラブの歌「スカイ・ブルー・ソング」は、ジミー・ヒル監督とクラブ役員のジョン・キャムキンが1962年に作ったもの。イギリスの名門校の舟歌「イートン・ボート・ソング」のメロディーを使っており、空色のユニフォームとともにヒル時代から受け継がれている。

日本とのつながりでは、F1のハース代表を務める小松礼雄が熱心なサポーターとして知られる。ラフバラー大学への留学をきっかけにクラブを応援するようになり、2026年の日本GP後にはチームとともに練習場を訪れた。坂元達裕を自宅に招くなど、私生活でも親交がある。

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ACCESS

✈️ 日本からコヴェントリー・シティの試合を観戦するには

日本からはロンドンの空港を経由し、ロンドン・ユーストン駅から都市間列車でコヴェントリー駅へ向かうのが一般的。最寄りの大きな空港は市の西約18キロのバーミンガム空港で、空港に隣接するバーミンガム・インターナショナル駅からはスタジアム最寄りのコヴェントリー・アリーナ駅へ直通列車もある。

スタジアムへはコヴェントリー・アリーナ駅から徒歩約5分。コヴェントリー駅からは、プレミア復帰に合わせて2026年8月29日から駅まで延長された20番バスがスタジアム近くまで走り、夜11時まで運行している。車の場合は敷地内に約2,200台分の駐車場があり、事前予約が推奨されている。

プレミアリーグ復帰後のチケットは入手が難しい。シーズンチケットは2026年夏に既存の保有者向けの更新期間が設けられ、試合ごとのチケットは有料のクラブ会員(メンバーシップ)向けの抽選・優先販売が中心になる。プレミアリーグでは会員以外への一般販売はほとんど出ないため、早めにクラブ公式サイトで販売方法を確認したい。

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出典

  1. [1] Wikipedia(英語版)Coventry City F.C.(2026-11-05 閲覧)
  2. [2] Wikipedia(日本語版)コヴェントリー・シティFC(2026-11-05 閲覧)
  3. [3] Wikipedia(英語版)History of Coventry City F.C.(2026-11-05 閲覧)
  4. [4] Wikipedia(英語版)Coventry Building Society Arena(2026-11-05 閲覧)
  5. [5] Wikipedia(英語版)2025–26 Coventry City F.C. season(2026-11-05 閲覧)
  6. [6] Wikipedia(英語版)2024–25 Coventry City F.C. season(2026-11-05 閲覧)
  7. [7] Wikipedia(英語版)Clarrie Bourton(2026-11-05 閲覧)
  8. [8] Wikipedia(英語版)Jimmy Hill(2026-11-05 閲覧)
  9. [9] Wikipedia(英語版)Steve Ogrizovic(2026-11-05 閲覧)
  10. [10] Wikipedia(英語版)Cyrille Regis(2026-11-05 閲覧)
  11. [11] Wikipedia(英語版)Dion Dublin(2026-11-05 閲覧)
  12. [12] Wikipedia(英語版)Viktor Gyökeres(2026-11-05 閲覧)
  13. [13] Wikipedia(日本語版)坂元達裕(2026-11-05 閲覧)
  14. [14] Wikipedia(英語版)Tatsuhiro Sakamoto(2026-11-05 閲覧)
  15. [15] GOAL 日本版(坂元達裕のコヴェントリー移籍決定・2023年7月)(2026-11-05 閲覧)
  16. [16] Football Tribe(坂元達裕インタビュー後編・2024年3月)(2026-11-05 閲覧)
  17. [17] Football Tribe(坂元達裕インタビュー後編 2ページ目・2024年3月)(2026-11-05 閲覧)
  18. [18] GOAL 日本版(坂元達裕が語る日本代表への思い・2025年12月)(2026-11-05 閲覧)
  19. [19] Wikipedia(英語版)Coventry(2026-11-05 閲覧)
  20. [20] Wikipedia(英語版)The Elephant Building(コヴェントリー市の紋章の象と城)(2026-11-05 閲覧)
  21. [21] Wikipedia(日本語版)奈良市(2026-11-05 閲覧)
  22. [22] コヴェントリー市議会(プレミア復帰に合わせた20番バスの延長・2026年8月)(2026-11-05 閲覧)
  23. [23] Football Ground Guide(CBSアリーナへの行き方・2026年4月更新)(2026-11-05 閲覧)
  24. [24] Coventry Observer(2026-27シーズンチケット価格・2026年6月)(2026-11-05 閲覧)
  25. [25] GOAL(コヴェントリー対ハルのチケット入手方法・2026年8月)(2026-11-05 閲覧)

クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。