Sportverein Darmstadt 1898 e.V.
改築前のベレンファルトーア。森に囲まれたスタジアムでの2部リーグの試合(2014年9月)
世界遺産マティルデンヘーエ。結婚記念塔とロシア礼拝堂、手前は「ユリの池(リーリエンベッケン)」
写真: Ungry Young Man from Vienna, Austria(2014年)・CC BY 2.0・Commons / Thomas Wolf, www.foto-tw.de(2022年)・CC BY-SA 3.0 de・Commons(いずれもトリミング加工)
フランクフルトの南、学術都市ダルムシュタットを本拠とするクラブ。2013年に3部降格がほぼ決まっていた状態から、2014・2015年の連続昇格で一気にブンデスリーガまで駆け上がった物語で知られる。2025年夏に古川陽介と秋山裕紀が加わり、2026-27シーズンも2人が2部ブンデスリーガで「リーリエン(ユリ)」のユニフォームを着ている。
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2026-27シーズンの2.ブンデスリーガで16位(18チーム中・勝ち点9)順位表 →
今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。
1898年5月22日、レオポルト・エンスグラーバー教授と学生たちがFKオリンピア1898ダルムシュタットを創設したのが始まり。1919年11月11日にSCダルムシュタット1905と合併し、現在のSVダルムシュタット98となった。クラブカラーの青と白は、この合併の際に街の色を採ったもの。1921年には現在も使う本拠地ベレンファルトーアが開場し、1938年にはナチス時代の合併の要求に応じず、クラブの独立を守った。
1973年に南ドイツ王者となり、翌1974年に発足した2.ブンデスリーガに参加。1977-78シーズンに2部南部で優勝し、初の1部昇格を果たした。選手の多くが仕事を続けながらプレーしていたことから、チームは「ベレンファルトーアの仕事帰りのサッカー選手たち」と呼ばれた。1部は1年で降格したが、1981年にヴェルナー・オルク監督のもとで再び2部南部を制して昇格。しかしこの時も1年で2部に戻った。
1993年には3部のオーバーリーガ・ヘッセンに降格し、以後は3部と4部を行き来する。2008年3月には約110万ユーロの負債を抱えて倒産手続きに入ったが、募金やキャンペーンでレギオナルリーガのライセンスを確保して生き延びた。2011年に4部のレギオナルリーガ・ズュートで優勝して3部へ昇格。2012-13シーズンは降格圏に終わったものの、キッカーズ・オッフェンバッハがライセンスを得られなかったため、3部に残ることができた。
ここから2012年12月に就任したディルク・シュスター監督のもとで快進撃が始まる。2013-14シーズンは3部3位で、2部のアルミニア・ビーレフェルトとの入れ替え戦へ。ホームの第1戦を1-3で落としたが、敵地の第2戦で延長122分にエウトン・ダ・コスタが決勝点を挙げて4-2で勝利し、アウェーゴールの差で21年ぶりに2部へ復帰した。続く2014-15シーズンは2部2位に入り、最終節でザンクト・パウリに1-0で勝って33年ぶりのブンデスリーガ昇格を決めた。3部から2年続けての昇格だった。2015-16シーズンは第33節のヘルタ・ベルリン戦に2-1で勝って残留を決め、14位で終えたが、翌2016-17シーズンは最下位で降格した。
2021年に就任したトルステン・リーバークネヒト監督のもと、2022-23シーズンは第12節から首位を走り、2部2位で4度目のブンデスリーガ昇格を果たした。しかし2023-24シーズンは最下位で1年で降格。2024年9月にフロリアン・コーフェルトが監督に就き、2025年夏には古川陽介と秋山裕紀の日本人2人を獲得した。2025-26シーズンは一時昇格圏に立ったものの終盤に失速して5位に終わり、2026-27シーズンも2部で戦っている。
エンブレムエンブレムの中心に描かれているのは、ダルムシュタット市の紋章から採ったユリの花。このユリがそのままクラブの愛称「リーリエン(ユリたち)」の由来になり、育成年代の選手は「ユングリーリエン(若いユリ)」と呼ばれる。クラブカラーの青と白も、1919年の合併の際に街の色を採ったものだ。
愛称: リーリエン(Die Lilien=ユリたち)
| シーズン | リーグ | 順位 | トピック |
|---|---|---|---|
| 2021-22 | 2.ブンデスリーガ | 4 | リーバークネヒト監督の1年目。得失点差で昇格圏を逃した[1][2] |
| 2022-23 | 2.ブンデスリーガ | 2 | 第12節から首位を走り、最終節を待たずにブンデスリーガ昇格を決めた[1][2][3] |
| 2023-24 | ブンデスリーガ | 18 | 最下位で1年での降格[1][2] |
| 2024-25 | 2.ブンデスリーガ | 12 | 9月にリーバークネヒト監督が辞任し、コーフェルト監督が就任[1][2] |
| 2025-26 | 2.ブンデスリーガ | 5 | 古川陽介・秋山裕紀の加入1年目。前半戦を3位で折り返し、第11〜23節は13戦無敗で一時昇格圏に立ったが、終盤9試合未勝利で5位。DFBポカールはベスト16でフライブルクに0-2で敗退[1][2][11] |
13年間守備の要を務め、公式戦490試合でクラブ最多出場記録を持つ。1977-78シーズンは全試合に出場して初の1部昇格に貢献し、ダルムシュタットのサッカー界の伝説と呼ばれる。[1][17]
ダルムシュタット生まれで、クラブのユース出身。2部でリーグ戦105試合44得点を挙げてから1部の強豪へ羽ばたき、のちにバイエルンでリーグ優勝、ドイツ代表にも選ばれた。2003年からは監督として古巣を率いた。[1][18]
3部残留争いのチームを率いて2014年に2部、2015年に1部へと2年連続で昇格させ、1部でも残留を果たした。2016年にはドイツの年間最優秀監督に選ばれた。[3][19]
連続昇格の時代の主将。リーグ戦161試合19得点。初めてのブンデスリーガとなった2015-16シーズンにはヘディングで7得点を挙げた。[20]
1部復帰の2015-16シーズンにリーグ戦14得点を挙げて残留の立役者に。その後ホッフェンハイム、バイエルンへ移り、ドイツ代表にも選ばれた。[21]
3シーズンでリーグ戦100試合54得点。2020-21シーズンは27得点で2部の得点王に輝き、のちにトルコ代表にも選ばれた。[1][22]
2022-23シーズンにチームを2部2位に導き、7年ぶりのブンデスリーガ昇格を実現した。1部では最下位に終わり、2024年9月に辞任した。[1][3][23]
日本だと神奈川県鎌倉市(約16.9万人)くらいの規模
フランクフルト空港から南へ約20キロ、ライン=マイン地域の南部にあるヘッセン州で4番目に大きな街。1997年から「学術都市(Wissenschaftsstadt)」の称号を持ち、1877年創立のダルムシュタット工科大学、欧州宇宙機関(ESA)の運用センター、欧州気象衛星機構(EUMETSAT)が置かれている。重イオン研究所GSIでは、街の名を冠した元素ダームスタチウムが発見された。
世界最古の製薬会社とされるメルクが本社を置く、市内最大の雇用主。スタジアムの命名権もメルクが持っている。
ミュンヘンと並ぶドイツのユーゲントシュティール(アール・ヌーヴォー)の中心地で、芸術家村が築かれた丘「マティルデンヘーエ」は2021年にユネスコ世界遺産に登録された。1908年に完成した結婚記念塔(Hochzeitsturm)は、てっぺんの形から「5本指の塔」とも呼ばれる街のシンボルだ。2024年夏には、クラブの選手・スタッフ全員がマティルデンヘーエや旧市街、ベレンファルトーアなどを巡る街歩きツアーを行った。
第二次世界大戦中の1944年9月11日から12日にかけての空襲で、旧市街の4分の3以上が破壊された歴史も持つ。
市の東端、ベッスンゲン地区の森の縁に建つ。1921年7月24日に最初の試合が行われた、100年以上の歴史を持つ本拠地。「ベレンファルトーア」の名は、近くの道沿いに並ぶポプラ(方言で「ベレン」)と、狩猟用の獣が逃げないよう森を囲った柵の門(Falltor)に由来する。公式の最多観客は1981年8月15日のバイエルン戦の3万人。
2018年12月から段階的な改築が進み、2020年初めに新しいバックスタンドが完成。メインスタンドは2021年3月に建て替えが始まり、2022年12月17日の親善試合で再オープンを迎えた。現在の収容人数は17,810人(座席8,678・立ち見9,132)。命名権は2014年7月から地元のメルクが持ち、2028年までの延長が決まっている。2016-17シーズンは、この年に亡くなった地元のファン、ヨナタン・ハイメスの名を冠して「ヨナタン・ハイメス・シュタディオン」と呼ばれ、2017-18シーズンからは南側の立ち見スタンドが彼の名前を受け継いでいる。
育成年代のチームは「ユングリーリエン(若いユリ)」と呼ばれる。練習はスタジアム近くにある照明付きの人工芝グラウンド2面と、カスタニエンアレーにあるメルクの名を冠した育成センターで行われている。U-21チームはヘッセンリーガに所属している。
下部組織からは、ダルムシュタット生まれのブルーノ・ラッバディアや、のちにバイエルンなどで活躍したニクラス・ズーレ、セバスティアン・ローデら、欧州5大リーグでレギュラーになった選手が育っている。
主な出身選手: ニクラス・ズーレ、セバスティアン・ローデ、ヨナタン・ブルカルト、ブルーノ・ラッバディア、ロベルト・ソリアーノ、オカ・ニコロフ
会員数は約1万6,000人(2026年7月時点)で、ドイツのスポーツクラブ上位50に入る規模。80を超える公式ファンクラブがあり、ホームゲームでは南側の立ち見スタンドが応援の中心になる。2016年からは「ズュートトリビューネ・ダルムシュタット」の名でまとまって応援しており、2012-13シーズンに結成されたウルトラスの連合「ブロック1898」がその中心にいる。
公式のクラブソングは「ディー・ゾンネ・シャイント!(太陽が輝いている)」。2021年には、耳の不自由なファンも一緒に楽しめるようドイツ手話版が作られた。スイスのヤングボーイズやFCザンクト・パウリのファンと友好関係にある。
日本からの玄関口はフランクフルト空港。ダルムシュタットは空港の南約20キロにあり、空港からの直行バス「エアライナー」や鉄道で市内まで移動できる。
スタジアムは市の東端にあり、路面電車の停留所「Merck-Stadion」がすぐ前。試合日には中央駅や中心部との間に臨時の路面電車が出る。試合のチケットにはRMV(ライン=マイン交通連合)の公共交通の運賃が含まれている。駐車場は約400台分と少ないため、公共交通か徒歩・自転車での来場が勧められている。
チケットはクラブ公式のオンラインチケットショップと、公式のチケット交換サービスで購入できる。売り切れでない試合では当日の窓口でも扱う。販売状況は試合ごとに変わるので、クラブ公式サイトで最新情報を確認したい。
クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。