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夕暮れのホームゲーム。屋根に覆われたハインツ・フォン・ハイデン・アレーナのスタンドを観客が埋める(2022年7月)

夕暮れのホームゲーム。屋根に覆われたハインツ・フォン・ハイデン・アレーナのスタンドを観客が埋める(2022年7月)
写真: Architraveller(2022年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

CLUB · 2. BUNDESLIGA
ハノーファー96のエンブレム

ハノーファー96

エンブレムの権利はハノーファー96に帰属します(チームの識別のために表示しています)

ハノーファー96

Hannoverscher Sport-Verein von 1896 e. V.

📷 夕暮れのホームゲーム。屋根に覆われたハインツ・フォン・ハイデン・アレーナのスタンドを観客が埋める(2022年7月)(写真: Architraveller・2022年/CC BY-SA 4.0・Wikimedia Commons・トリミング加工)
  • ホームのスタンドでサポーターが描いたクラブエンブレムのコレオグラフィー(2013年8月)

    ホームのスタンドでサポーターが描いたクラブエンブレムのコレオグラフィー(2013年8月)
    写真: Jonas aus Großwechsungen (Diskussion). Original uploader was Jonas aus Großwechsungen at German Wikipedia(2013年撮影) / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    ホームのスタンドでサポーターが描いたクラブエンブレムのコレオグラフィー(2013年8月)

  • 池に姿を映すハノーファーの新市庁舎。1913年に開館した街のシンボル

    池に姿を映すハノーファーの新市庁舎。1913年に開館した街のシンボル
    写真: MHM55(2024年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    池に姿を映すハノーファーの新市庁舎。1913年に開館した街のシンボル

  • ヘレンハウゼン王宮庭園の大庭園(グローサー・ガルテン)。ヨーロッパ有数のバロック庭園

    ヘレンハウゼン王宮庭園の大庭園(グローサー・ガルテン)。ヨーロッパ有数のバロック庭園
    写真: Hajotthu(2013年撮影) / CC BY 3.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    ヘレンハウゼン王宮庭園の大庭園(グローサー・ガルテン)。ヨーロッパ有数のバロック庭園

写真: Jonas aus Großwechsungen (Diskussion). Original uploader was Jonas aus Großwechsungen at German Wikipedia(2013年)・CC BY-SA 3.0・Commons / MHM55(2024年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Hajotthu(2013年)・CC BY 3.0・Commons(いずれもトリミング加工)

創設
1896年
本拠地
ハノーファー
スタジアム
ハインツ・フォン・ハイデン・アレーナ
愛称
ディ・ローテン(Die Roten=赤いチーム)

ドイツ北部、ニーダーザクセン州の州都ハノーファーを本拠とする古豪。1938年と1954年にドイツ王者となり、1992年には2部のクラブとしてDFBポカールを制した。酒井宏樹・清武弘嗣・原口元気・室屋成ら多くの日本人がプレーしてきたクラブで、2026-27シーズンは水戸ホーリーホックとの提携を経てトップチームに昇格した松田隼風が在籍している。

📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典36件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。

NOW

🇯🇵 ハノーファー96の日本人選手の今

2026-27シーズンの2.ブンデスリーガで12位(18チーム中・勝ち点11)順位表 →

今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。

HISTORY

📜 ハノーファー96の歴史

1896年4月12日、ハノーファーシャー・フースバル・クラブ(HFC)として創設された。名前に反して最初はラグビーをしており、サッカーに取り組むようになったのは1899年から。1913年7月3日にBVハノーヴェラ1898と合併し、現在の「ハノーファーシャー・シュポルト・フェライン・フォン1896」となった。クラブカラーは黒・白・緑だが、前身のHFCの時代から赤いユニフォームで戦い続けてきたため「ディ・ローテン(赤いチーム)」と呼ばれている。

1938年、ベルリンで行われたドイツ選手権決勝で当時の最強チームだったシャルケ04と対戦。3-3で再試合となり、延長の末に4-3で破って初優勝を果たした。1954年にはヘルムート・クロンスバイン監督のもと、のちにW杯を制する代表選手を多く抱えた1.FCカイザースラウテルンを5-1で下し、2度目の優勝。1963年のブンデスリーガ創設時には参加を認められず、地元のライバルであるアイントラハト・ブラウンシュヴァイクが選ばれたが、翌1964年に昇格を勝ち取った。

1970〜80年代は1部と2部を行き来した。1992年には2部所属ながらDFBポカールで1部の5クラブを次々に破り、決勝でボルシア・メンヒェングラートバッハをPK戦の末に下して優勝。PKを止め続けたGKイェルク・ズィーファースは「ポカールの英雄」と呼ばれた。一方で1996年には3部相当のレギオナルリーガまで降格。1998年に2部へ戻ると、補聴器メーカーの経営者マルティン・キントが会長に就き、2002年にはラルフ・ラングニック監督のもと2部優勝で1部に復帰した。

2002年から2016年までは14シーズン続けて1部に在籍。2009年11月に主将でドイツ代表GKのロベルト・エンケが亡くなるという悲劇に見舞われたが、2010-11シーズンにはミルコ・スロムカ監督のもとクラブ最高の4位に入り、翌シーズンのヨーロッパリーグでは準々決勝まで勝ち進んだ(アトレティコ・マドリードに敗退)。この時期から酒井宏樹、清武弘嗣、山口蛍と日本代表選手が相次いで加入した。

2016年に降格し、翌2017年に1年で1部へ復帰したものの、原口元気と浅野拓磨が加わった2018-19シーズンに再び降格。以降は2部で戦っている。経営面では、キントが出資者の議決権を制限する「50+1ルール」の適用除外を求め、ファンの強い反発を招いた(2018年にDFLが申請を却下)。2025-26シーズンは4位で昇格圏にわずかに届かず、2026-27シーズンも2部で戦う。開幕5試合で勝ち点4にとどまってクリスティアン・ティッツ監督が解任され、サンドロ・ヴァーグナーが新監督に就いた。

ハノーファー96のエンブレム

ハノーファー96

エンブレムの権利はハノーファー96に帰属します(チームの識別のために表示しています)

エンブレムクラブカラーは黒・白・緑。ただしユニフォームは創設期のHFCから受け継いだ赤が伝統で、新聞では1930年ごろから「赤シャツ」と呼ばれ、それが今の愛称「ディ・ローテン」につながっている。エンブレムは1960年代以降たびたび改められてきた。

愛称: ディ・ローテン(Die Roten=赤いチーム) / ゼヒスウントノインツィガー(96er)

RECORD

🏆 ハノーファー96の主なタイトルと近年の戦績

シーズンリーグ順位トピック
2021-222.ブンデスリーガ11シーズン途中に監督が交代。室屋成が右サイドバックとして在籍[2][7][18]
2022-232.ブンデスリーガ10前半戦は5位と好調だったが失速。2部に戻ってきたブラウンシュヴァイクとのダービーは1分1敗[2][8]
2023-242.ブンデスリーガ6水戸から期限付きで加入した松田隼風がU-23チームでプレーし、3部昇格に貢献[2][9][21]
2024-252.ブンデスリーガ9一時は首位に立ったが、シーズン中に2度の監督交代。室屋成のラストシーズン[2][10][18]
2025-262.ブンデスリーガ4開幕4連勝で昇格争いを続けたが、3位(入れ替え戦)に届かず。横田大祐が公式戦31試合5得点4アシスト、松田隼風がトップチームに昇格[2][11][21][24]
LEGENDS

⭐ ハノーファー96を象徴する名選手

JAPANESE

🇯🇵 ハノーファー96の歴代日本人選手

VOICES

💬 日本人選手が語るハノーファー96と街

HOMETOWN

🏙️ ホームタウン ハノーファー

地域
ニーダーザクセン州
人口
約55.8万人(2025年)

日本だと八王子市(約57.4万人)くらいの規模

北ドイツ平野の南端、ライネ川のほとりに広がるニーダーザクセン州の州都。1714年から1837年まではハノーファーの君主がイギリス国王を兼ねる同君連合の関係にあった。東西(ベルリン〜ルール地方)と南北(ハンブルク〜フランクフルト・ミュンヘン)を結ぶ鉄道・高速道路の交差点で、中央駅はドイツの高速列車ICEの拠点のひとつ。

「緑の中の大都市」と呼ばれ、市域の1割以上が公共の緑地。中心部近くには650ヘクタールの市有林アイレンリーデが広がり、スタジアムのそばには1936年に造られた78ヘクタールの人造湖マッシュ湖がある。ヘレンハウゼン王宮庭園の大庭園(グローサー・ガルテン)はヨーロッパを代表するバロック庭園として知られる。

2000年にはドイツで初めての万国博覧会(Expo 2000)が開かれた。毎年7月の射撃祭(シュッツェンフェスト)は世界最大規模で、約90万人が訪れる。広島市とは1983年から姉妹都市で、戦争の犠牲者を悼むエギディエン教会の廃墟には、1985年に広島から贈られた「平和の鐘」が置かれている。

[6][12][36]

STADIUM

🏟️ ハノーファー96のスタジアム ― ハインツ・フォン・ハイデン・アレーナ

収容人数
49,000人
開場
1954年

市の中心部の南、マッシュ湖のほとりのスポーツパークに建つ。1954年9月に「ニーダーザクセンシュタディオン」として開場。空襲で壊れた市内の建物の瓦礫を積み上げて土手をつくり、その上にスタンドを築いた。当初の収容人数は86,656人で、当時の西ドイツではベルリンのオリンピアシュタディオンに次ぐ大きさだった。1974年W杯、EURO 1988、2006年W杯の会場にもなっている。

2006年W杯に向けて2003年から改修され、約7割を取り壊して陸上トラックのないサッカー専用スタジアムに生まれ変わった。2005年1月に再オープンし、全49,000席(うち立ち見約8,000)が屋根に覆われている。命名権によって「AWDアレーナ」「HDIアレーナ」と名前を変え、2022年7月から現在の名前になった。地元では今も「ニーダーザクセンシュタディオン」と呼ばれることがある。

1950年代までは市内プフェルデトゥルムの自転車競技場(1959年に取り壊し)が本拠地で、大一番はアイレンリーデシュタディオンで戦った。

[1][2][5]

ACADEMY

🌱 育成 ― ハノーファー96 アカデミー(育成部門)

2014年5月、歴史あるアイレンリーデシュタディオンの敷地に育成センターを整備することを決めた。セカンドチームのU-23はこのスタジアムを本拠とし、2024-25シーズンには初めて3部リーグで戦った(1年で降格)。

2023年7月から水戸ホーリーホックと3年間の育成提携を結び、毎シーズン1人の選手をU-23チームに受け入れている。第1号の松田隼風は2年間のレンタルを経てトップチームと契約した。1990年代にはのちのスロムカ監督がU-19を指導し、ゲラルト・アサモア、セバスティアン・ケール、ペア・メルテザッカーといった代表選手が育った。

主な出身選手: ペア・メルテザッカー、セバスティアン・ケール、ゲラルト・アサモア

[2][21][33]

SUPPORTERS

📣 ハノーファー96のサポーターとライバル

会員数は約25,000人(2026年6月時点)で、ニーダーザクセン州で最大のスポーツクラブ。サッカー以外にも多くの競技部門を持つ。ホームゲームの前には、1998年に生まれたクラブ歌「96 – アルテ・リーベ(古き愛)」がスタジアムで流れる。

ハンブルガーSVのファンとはドイツでも屈指の強い友好関係で知られ、アルミニア・ビーレフェルトのファンを加えた3クラブで「ノルト・アリアンツ(北の同盟)」と呼ばれる。一方で2010年代後半には、キント会長が50+1ルールの適用除外を求めたことに熱心なファン層が抗議し、応援をボイコットする時期もあった。

[2]

ACCESS

✈️ 日本からハノーファー96の試合を観戦するには

日本から向かう場合は、ヨーロッパの主要空港で乗り継いでハノーファー空港(HAJ)に入るか、フランクフルトなどから高速列車ICEでハノーファー中央駅を目指すのが一般的。

スタジアムの住所はロベルト・エンケ通り。中心部から路面電車(シュタットバーン)3・7・9・13号線で「Waterloo」、または3・7・13号線で「Stadionbrücke」停留所へ。バス100・200番の「Robert-Enke-Straße」も近い。試合のチケットを持っていれば、ÜSTRAのエリア内のバス・電車に無料で乗れる。

ホームゲームのチケットはクラブ公式のオンラインショップで販売され、スマートフォンに入れて使うデジタルチケットにも対応している。スタジアムのファンショップでも前売りを扱うが、試合当日は購入できない。最新情報はクラブ公式サイトのチケットページで確認したい。

[34][35][36]

出典

  1. [1] Wikipedia(英語版)Hannover 96(2026-11-05 閲覧)
  2. [2] Wikipedia(ドイツ語版)Hannover 96(2026-11-05 閲覧)
  3. [3] Wikipedia(日本語版)ハノーファー96(2026-11-05 閲覧)
  4. [4] Wikipedia(英語版)List of Hannover 96 records and statistics(2026-11-05 閲覧)
  5. [5] Wikipedia(ドイツ語版)Heinz-von-Heiden-Arena(2026-11-05 閲覧)
  6. [6] Wikipedia(ドイツ語版)Hannover(2026-11-05 閲覧)
  7. [7] Wikipedia(英語版)2021–22 2. Bundesliga(2026-11-05 閲覧)
  8. [8] Wikipedia(英語版)2022–23 2. Bundesliga(2026-11-05 閲覧)
  9. [9] Wikipedia(英語版)2023–24 2. Bundesliga(2026-11-05 閲覧)
  10. [10] Wikipedia(英語版)2024–25 2. Bundesliga(2026-11-05 閲覧)
  11. [11] Wikipedia(英語版)2025–26 2. Bundesliga(2026-11-05 閲覧)
  12. [12] Wikipedia(日本語版)八王子市(2026-11-05 閲覧)
  13. [13] Wikipedia(日本語版)酒井宏樹(2026-11-05 閲覧)
  14. [14] Wikipedia(日本語版)清武弘嗣(2026-11-05 閲覧)
  15. [15] Wikipedia(日本語版)山口蛍(2026-11-05 閲覧)
  16. [16] Wikipedia(日本語版)原口元気(2026-11-05 閲覧)
  17. [17] Wikipedia(日本語版)浅野拓磨(2026-11-05 閲覧)
  18. [18] ブンデスリーガ公式(室屋成の退団・2025年5月)(2026-11-05 閲覧)
  19. [19] Hannover 96 公式(室屋成の加入発表・2020年8月)(2026-11-05 閲覧)
  20. [20] Hannover 96 公式(室屋成の契約延長・2022年12月)(2026-11-05 閲覧)
  21. [21] ゲキサカ(松田隼風のハノーファー完全移籍・2025年6月)(2026-11-05 閲覧)
  22. [22] サッカーキング(碇明日麻のハノーファーU-23への期限付き移籍・2025年6月)(2026-11-05 閲覧)
  23. [23] サッカーキング(横田大祐のハノーファー加入・2025年7月)(2026-11-05 閲覧)
  24. [24] サッカーキング(横田大祐の完全移籍・2026年6月)(2026-11-05 閲覧)
  25. [25] サッカーキング(横田大祐のレンジャーズ移籍・2026年8月)(2026-11-05 閲覧)
  26. [26] Wikipedia(英語版)Robert Enke(2026-11-05 閲覧)
  27. [27] Wikipedia(英語版)Steve Cherundolo(2026-11-05 閲覧)
  28. [28] Wikipedia(英語版)Altin Lala(2026-11-05 閲覧)
  29. [29] Wikipedia(ドイツ語版)Jörg Sievers (Fußballspieler)(2026-11-05 閲覧)
  30. [30] Wikipedia(ドイツ語版)Dieter Schatzschneider(2026-11-05 閲覧)
  31. [31] Wikipedia(ドイツ語版)Hans Siemensmeyer(2026-11-05 閲覧)
  32. [32] Wikipedia(ドイツ語版)Helmut Kronsbein(2026-11-05 閲覧)
  33. [33] Wikipedia(英語版)Mirko Slomka(2026-11-05 閲覧)
  34. [34] Hannover 96 公式(ホームゲームの1試合チケット)(2026-11-05 閲覧)
  35. [35] ハノーファー市観光局 visit-hannover(Hannover 96・スタジアムへのアクセス)(2026-11-05 閲覧)
  36. [36] Wikipedia(英語版)Hanover(2026-11-05 閲覧)

クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。