Ipswich Town Football Club
試合前、散水中のポートマン・ロードのピッチ。2023-24シーズンの開幕日に撮影
かつてのドックを生まれ変わらせたウォーターフロント。岸沿いにホテルや集合住宅が並び、マリーナにはボートが停泊する
クライストチャーチ公園から見た邸宅、クライストチャーチ・マンション
写真: James Cracknell(2023年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Stephen McKay(2023年)・CC BY-SA 2.0・Commons / Robert Lamb(2021年)・CC BY-SA 2.0・Commons(いずれもトリミング加工)
イングランド東部サフォーク州の州都イプスウィッチを本拠とするクラブ。アルフ・ラムジー監督のもとで昇格1年目の1961-62シーズンにイングランド王者となり、ボビー・ロブソン監督時代には1978年のFAカップと1981年のUEFAカップを制した。2025-26シーズンに1年でプレミアリーグへ復帰し、2026年夏にはクラブ史上初の日本人選手として前田大然が加入した。
📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典26件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。
2026-27シーズンのプレミアリーグで14位(20チーム中・勝ち点11)順位表 →
今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。
1878年10月16日にアマチュアクラブとして誕生し、1888年にイプスウィッチ・ラグビークラブと合併して現在の「イプスウィッチ・タウン」となった。本拠地ポートマン・ロードは1884年から使い続けている。長くアマチュアで活動したのち1936年にプロ化し、最初のシーズン(1936-37)にサザンリーグを制覇。1938年5月30日にフットボールリーグへの加盟が認められた。
黄金期の始まりは1955年8月のアルフ・ラムジー監督の就任だった。1956-57シーズンに3部南地区で優勝すると、1960-61シーズンには2部を制して初めてトップリーグへ。昇格1年目の1961-62シーズンにいきなり1部(当時の最上位リーグ)で優勝し、イングランド王者となった。ラムジーは1963年にイングランド代表監督へ転じ、1966年W杯で母国を世界王者に導いている。
1969年1月に就任したボビー・ロブソン監督は、育成組織出身の選手を軸に13年余りチームを率いた。1978年のFAカップ決勝でアーセナルを1-0で破って初優勝し、1980-81シーズンにはUEFAカップ決勝でAZ(オランダ)を2試合合計5-4で下して欧州の頂点に立った。リーグでも1980-81・1981-82シーズンに2年連続で2位に入った。ロブソンは1982年にイングランド代表監督に就任し、のちにPSVやポルト、バルセロナも指揮した。
1991-92シーズンには2部優勝で、翌シーズン発足のプレミアリーグの初代メンバーとなったが、1995年に降格。2000年に昇格プレーオフ決勝でバーンズリーに4-2で勝ってプレミアへ戻ると、2000-01シーズンに5位へ躍進してUEFAカップに出場した。しかし2002年に再び降格し、その後は長く2部で過ごした。2019年には3部(リーグ1)に降格している。
2021年4月、米国の投資グループが主導するゲームチェンジャー20社がクラブの過半数株式を取得。同年12月に就任したキーラン・マッケナ監督のもとで、2022-23シーズンにリーグ1で2位、2023-24シーズンにチャンピオンシップ(2部)で2位と2年連続で昇格し、22年ぶりにプレミアリーグへ戻った。2024-25シーズンは19位で1年で降格したが、2025-26シーズンは最終節でQPRを3-0で下して2位に入り、即座にプレミア復帰を決めた。マッケナは2026年6月に退任し、ゲイリー・オニールが後任に就いている。
エンブレム現在のエンブレムの原型は1972年、サポーターズクラブのコンペで選ばれたデザイン。考案者のジョン・ガメージは、サフォーク州原産の重種馬「サフォーク・パンチ」を中央に据え、街の歴史的建造物の象徴として、1528年にトマス・ウルジー枢機卿が創設した学寮の門「ウルジー・ゲート」の意匠を加えた。1995年に手直しが加えられた。農業が盛んな土地柄を映した馬の図柄は、「トラクター・ボーイズ」という愛称とも響き合う。
愛称: ブルーズ(The Blues) / トラクター・ボーイズ(The Tractor Boys)
| シーズン | リーグ | 順位 | トピック |
|---|---|---|---|
| 2021-22 | リーグ1(3部) | 11 | 2021年12月にキーラン・マッケナ監督が就任[2][11] |
| 2022-23 | リーグ1(3部) | 2 | 勝ち点98・リーグ戦101得点で2位、チャンピオンシップへ自動昇格[1][2] |
| 2023-24 | チャンピオンシップ(2部) | 2 | 勝ち点96で2位、22年ぶりのプレミアリーグ昇格。2年連続の昇格[1][2][11] |
| 2024-25 | プレミアリーグ | 19 | 4月にニューカッスル戦で敗れて降格が決まり、1年でチャンピオンシップへ[1][2][13] |
| 2025-26 | チャンピオンシップ(2部) | 2 | 最終節でQPRに3-0で勝って2位を確保し、1年でプレミアリーグ復帰[2][11][13] |
1956-57シーズンの3部南地区優勝から2部優勝を経て、1961-62シーズンには1部昇格1年目でリーグ優勝。のちにイングランド代表監督として1966年W杯を制した。ポートマン・ロードには彼の名を冠したスタンドと銅像がある。[3][4]
1961-62シーズンに1部で33得点を挙げて得点王(タイ)となり、初優勝の原動力に。リーグ戦通算200得点超はクラブ最多記録。[1][6]
クラブ最長の709試合を指揮し、1978年FAカップと1981年UEFAカップを獲得。のちにイングランド代表やバルセロナを率いた。2002年にポートマン・ロードに銅像が建てられた。[1][5]
公式戦741試合出場はクラブ最多記録。主将として1978年FAカップを掲げ、1982年W杯ではイングランド代表の主将も務めた。[1][7]
3度にわたって在籍。1980-81シーズンのUEFAカップでは決勝の2試合を含む14得点を挙げ、同年のPFA年間最優秀選手に選ばれた。[8]
トゥウェンテから加入した中盤の選手で、1981年のUEFAカップ優勝メンバー。のちにオランダ代表としてEURO1988優勝にも貢献した。[9]
主将として2000年の昇格プレーオフ決勝を制し、翌シーズンの5位躍進を支えた。在籍中に公式戦223試合連続出場。2002年W杯ではアイルランド代表として得点を挙げた。[10]
マンチェスター・ユナイテッドのコーチから転身し、3部から2年連続昇格でプレミアリーグへ。2025-26シーズンにも昇格を果たし、在任4シーズン余りで3度の昇格を達成した。2023-24シーズンのLMA最優秀監督。[1][11]
日本だと東京都武蔵野市(約15万人)くらいの規模
ロンドンの北東約105キロ、オーウェル川の河口に開けたサフォーク州の州都で、州内最大の街。サクソン時代から人が住み続けるイングランド有数の古い町で、中世には「ギペスウィック」と記された。
街は港とともに発展してきた。かつての工業用ドックは、マリーナやレストラン、サフォーク大学のキャンパスが並ぶウォーターフロントに生まれ変わっている。のちに権勢を振るうトマス・ウルジー枢機卿は1473年にこの街で生まれ、1528年に創設した学寮の門(ウルジー・ゲート)が今も残る。
クラブの愛称「トラクター・ボーイズ」は、この地域の農業の伝統を今に伝えている。
1884年から140年以上にわたって使われ続けている本拠地。イプスウィッチ駅から約400メートルと、駅から歩いてすぐの場所にある。2000年代初めの改修で収容人数は2万2,600人から3万人超に増え、2024年のプレミア昇格後は照明や更衣室などの設備を大幅に更新した。
4つのスタンドのうち2つは往年の名将の名前を冠し、北側が「サー・ボビー・ロブソン・スタンド」、南側が「サー・アルフ・ラムジー・スタンド」。スタジアムの周りにはラムジー、ロブソン、そして1970年代の名DFケヴィン・ビーティーの銅像が立つ。最多観客数は1975年3月8日のFAカップ、リーズ戦の3万8,010人。2003年には、イングランド代表がここで唯一のA代表戦(クロアチアとの親善試合)を行った。
ロブソン監督時代のチームは育成組織出身の選手が軸で、外部から獲得した選手は在任中わずか14人だったとされる。FAユースカップでは1973年・1975年・2005年の3度優勝しており、1975年の優勝メンバーからはのちのクラブのレジェンド、ジョン・ウォークが育った。
練習拠点はプレイフォード・ロード。2025年7月にはプレミアリーグのアカデミー評価で初めて最上位のカテゴリー1に認定され、2025-26シーズンからその水準で運営されている。
主な出身選手: ミック・ミルズ、ケヴィン・ビーティー、テリー・ブッチャー、ジョン・ウォーク、キーロン・ダイアー、リチャード・ライト
「トラクター・ボーイズ」は農業地帯のクラブであることを逆手に取った自虐的な愛称で、2000〜2002年のプレミアリーグ在籍時に広まった。世界各地にサポーターズクラブの支部があり、2006年からはドイツのフォルトゥナ・デュッセルドルフのファンが毎年ポートマン・ロードを訪れる交流も続いている。
全席指定化後の最多観客数(3万152人)は2003年12月のノリッジ戦で記録されたもの。ライバルは隣州ノーフォークのノリッジ・シティで、両者の対戦は東アングリア地方の覇権をかけたダービーになる。
日本からはまずロンドンへ。ロンドン・リヴァプール・ストリート駅からグレーター・アングリア鉄道の直通列車でイプスウィッチ駅まで約1時間10分(速い列車で約1時間)、平日は1時間に最大3本ほど走っている。
ポートマン・ロードはイプスウィッチ駅から約400メートル。駅から徒歩数分で着く。
チケットはクラブ公式のチケットサイト(tickets.itfc.co.uk)で販売される。販売はシーズンチケット保有者、有料会員(メンバーシップ)、一般の順で、会員販売で売り切れて一般販売に回る席がない試合もある。観戦を考えるなら会員登録を検討し、最新の販売スケジュールは公式サイトで確認したい。
クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。