サッカー欧州組 wire
建て替え後の初めての公式戦(2023年8月、ハンブルガーSV戦)のキックオフ前、スタンドを埋めたサポーターのコレオグラフィー

建て替え後の初めての公式戦(2023年8月、ハンブルガーSV戦)のキックオフ前、スタンドを埋めたサポーターのコレオグラフィー
写真: Juanzorro(2023年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

CLUB · 2. BUNDESLIGA
カールスルーエSCのエンブレム

カールスルーエSC

エンブレムの権利はカールスルーエSCに帰属します(チームの識別のために表示しています)

カールスルーエSC

Karlsruher Sport-Club Mühlburg-Phönix e. V.

📷 建て替え後の初めての公式戦(2023年8月、ハンブルガーSV戦)のキックオフ前、スタンドを埋めたサポーターのコレオグラフィー(写真: Juanzorro・2023年/CC BY-SA 4.0・Wikimedia Commons・トリミング加工)
  • 街の中心、カールスルーエ宮殿と宮殿前広場。手前は大公カール・フリードリヒの像

    街の中心、カールスルーエ宮殿と宮殿前広場。手前は大公カール・フリードリヒの像
    写真: Bradley Rentz(2017年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    街の中心、カールスルーエ宮殿と宮殿前広場。手前は大公カール・フリードリヒの像

  • 宮殿を要に街路が扇状に広がる「扇の街」。奥はハルトの森

    宮殿を要に街路が扇状に広がる「扇の街」。奥はハルトの森
    写真: Carsten Naber(2016年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    宮殿を要に街路が扇状に広がる「扇の街」。奥はハルトの森

  • マルクト広場に立つ街のシンボル、創設者の墓所のピラミッドと市庁舎

    マルクト広場に立つ街のシンボル、創設者の墓所のピラミッドと市庁舎
    写真: Sitacuisses(2022年撮影) / CC BY-SA 3.0 de / Wikimedia Commons・トリミング加工

    マルクト広場に立つ街のシンボル、創設者の墓所のピラミッドと市庁舎

写真: Bradley Rentz(2017年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Carsten Naber(2016年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Sitacuisses(2022年)・CC BY-SA 3.0 de・Commons(いずれもトリミング加工)

創設
1894年
本拠地
カールスルーエ
スタジアム
BBBankヴィルトパルク(ヴィルトパルクシュタディオン)
愛称
KSC(カー・エス・ツェー)

ドイツ南西部、宮殿を中心に扇状に街路が広がる「扇の街」カールスルーエのクラブ。1909年のドイツ王者を前身に持ち、1993-94シーズンにはUEFAカップでバレンシアを7-0で破る「ヴィルトパルクの奇跡」を起こして4強まで勝ち上がった。2025年夏にレンタルで加入した福田師王が2026年6月に完全移籍し、改築された本拠地で2部からの挑戦を続けている。

📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典40件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。

NOW

🇯🇵 カールスルーエSCの日本人選手の今

2026-27シーズンの2.ブンデスリーガで13位(18チーム中・勝ち点11)順位表 →

今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。

HISTORY

📜 カールスルーエSCの歴史

ルーツは1894年6月6日、体操クラブ「カールスルーエ・トゥルンゲマインデ」を離れた人たちが結成したカールスルーエFCフェニックス。1900年のドイツサッカー連盟(DFB)創設に加わった古参クラブで、1909年にはブレスラウ(現ポーランドのヴロツワフ)での決勝でヴィクトリア・ベルリンを破り、ドイツ王者になった。1912年にアレマニアと合併し、1923年に現在の本拠地がある「ヴィルトパルク」へ移った。一方、市西部では1933年にFCミュールブルクとVfBカールスルーエが合併してVfBミュールブルクが誕生。この2つのクラブが1952年10月16日に合併して、現在のカールスルーエSCが生まれた。

合併直後の1950年代が最初の黄金期だった。1955年にブラウンシュヴァイクでのDFBポカール決勝でシャルケを3-2で下して初優勝。同年8月には約4万5,000人を集めて新しいヴィルトパルクシュタディオンが開場し、翌1956年には本拠地でハンブルガーSVを3-1で破ってポカールを連覇、ドイツ選手権でも決勝に進んだ。1963年には新設のブンデスリーガに参加したが、その後は1968・1977・1983・1985年と降格を繰り返した。

クラブの名を欧州に広めたのは、1986年に就任したヴィンフリート・シェーファー監督の時代だ。1年目で1部に復帰し、1992-93シーズンの6位で初めてUEFAカップに出場。1993-94シーズンは1回戦でPSVを破ると、2回戦では敵地でバレンシアに1-3で敗れながら、1993年11月2日の本拠地での第2戦で7-0と大逆転した。4得点のエドガー・シュミットは「ユーロ・エディ」と呼ばれ、この試合は「ヴィルトパルクの奇跡」として語り継がれている。続いてボルドー、ボアヴィスタを退け、準決勝でザルツブルクにアウェーゴール差で敗れたものの4強に進出した。オリバー・カーンやメーメット・ショルもこの時代のクラブから巣立った。

1996年にはDFBポカール決勝に進み(カイザースラウテルンに0-1で敗戦)、インタートトカップ経由で3度目のUEFAカップ出場も果たしたが、1998年3月にシェーファーが解任され、その年に11年間守った1部から降格した。2000年には初めて3部へ落ち、2002年には経営危機にも見舞われる。2007年に2部優勝で1部に戻ったものの2009年に降格。2012年には入れ替え戦でヤーン・レーゲンスブルクに敗れて再び3部へ降格し、2013年に3部優勝で即時復帰した。2015年にはハンブルガーSVとの1部昇格プレーオフで延長の末に敗れている。

2017年に3度目の3部降格を経験したが、2019年に2位で2部へ復帰。2020年2月に就任したクリスティアン・アイヒナー監督のもとで2部に定着した。2018年11月からは試合を続けながら本拠地を全面的に建て替え、2023年7月19日にリヴァプールとの記念試合で新スタジアムとして再出発した。2025年夏には福田師王がボルシアMGからレンタルで加入し、翌2026年6月に完全移籍。2025-26シーズン限りでアイヒナーが退任し、2026-27シーズンはオーストリア出身のマクシミリアン・ゼンフト監督のもとで2部を戦っている。

愛称: KSC(カー・エス・ツェー)

RECORD

🏆 カールスルーエSCの主なタイトルと近年の戦績

シーズンリーグ順位トピック
2021-222.ブンデスリーガ12[1][2]
2022-232.ブンデスリーガ7[1][2]
2023-242.ブンデスリーガ5建て替えを終えた新スタジアムでの最初のシーズン。下部組織出身のラース・シュティンドルが復帰し、この季限りで現役を引退[1][2][4][29]
2024-252.ブンデスリーガ8マルヴィン・ヴァニツェクが主将に就任し、チームの得点源に[1][2][31]
2025-262.ブンデスリーガ10福田師王のレンタル加入1年目(リーグ戦20試合6得点)。4月にアイヒナー監督の今季限りでの退任が発表された[1][2][12][37]
LEGENDS

⭐ カールスルーエSCを象徴する名選手

JAPANESE

🇯🇵 カールスルーエSCの歴代日本人選手

VOICES

💬 日本人選手が語るカールスルーエSCと街

HOMETOWN

🏙️ ホームタウン カールスルーエ

地域
バーデン=ヴュルテンベルク州
人口
約30.9万人(2025年12月末)

日本だと秋田市(約29.2万人)くらいの規模

ライン川に接するドイツ南西部の都市で、州ではシュトゥットガルト、マンハイムに次ぐ第3の都市。1715年にバーデン=ドゥルラッハ辺境伯カール・ヴィルヘルムが宮殿の塔の礎石を置いて築いた計画都市で、宮殿を要(かなめ)として32本の通りが放射状に延びる街並みから「扇の街(フェッヒャーシュタット)」と呼ばれる。中心部のマルクト広場には、創設者カール・ヴィルヘルムの墓所である砂岩のピラミッド(1823〜25年、建築家ヴァインブレンナーの設計)が街のシンボルとして立つ。

1950年に連邦通常裁判所(BGH)、1951年に連邦憲法裁判所が置かれ、「法の都」とも呼ばれる。1825年創立の工科学校を起源とするカールスルーエ工科大学(KIT)を抱える学術都市でもあり、自転車の原型を発明したカール・ドライスや、自動車の発明者カール・ベンツの出身地として知られる。

路面電車を鉄道線に乗り入れさせる仕組みを先駆けた街で、郊外とトラムで直結している。年平均気温11.0度とドイツでも屈指の温暖な土地で、2003年には40.2度を記録した。

[32][33][34][39]

STADIUM

🏟️ カールスルーエSCのスタジアム ― BBBankヴィルトパルク(ヴィルトパルクシュタディオン)

収容人数
33,180人
開場
1955年

宮殿の裏手に広がるハルトの森(ハルトヴァルト)の中にある、市が所有するスタジアム。前身のフェニックスが1923年からこの地でプレーし、1955年8月7日に約4万5,000人を集めて開場した。1956年のDFBポカール決勝や1978年のインターコンチネンタルカップ、ドイツ代表戦の舞台にもなった。

陸上トラックのある旧スタジアムは、2018年11月から試合を続けながら全面的にサッカー専用スタジアムへ建て替えられた。北スタンドから順に南・バック・東と工事を進め、最後にメインスタンドを完成させて、2023年7月19日にリヴァプールとの記念試合で新装オープン(2-4で敗戦)。最初の公式戦は同年8月6日のハンブルガーSV戦(2-2)だった。総工費は当初計画の約1億2,300万ユーロから約1億6,600万ユーロに膨らんだ。

改築でホームの立ち見席はバックスタンドからゴール裏の南スタンドへ移り、熱心なサポーターはここに陣取る。2021年から地元の銀行BBBankが命名権を持ち、2025年8月時点の収容人数は立ち見を含めて33,180人。

1955年開場の旧ヴィルトパルクシュタディオン(陸上トラック付き、計画収容5万人)。同じ場所で2018年から建て替えられた。

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ACADEMY

🌱 育成 ― KSCグレンケ・アカデミー(KSC grenke aKAdemie)

U10からU19までのユースチームとU23、育成途上の選手のための「ペルスペクティーフチーム」を抱えるクラブの育成部門。2019年からリース会社grenkeが命名権を持ち、寮(インターナート)やサッカーのエリート校との連携も備える。ユースの本拠は1964年からヴィルトパルクの敷地内にある。

オリバー・カーンは1975年から、メーメット・ショルは1982年から、ラース・シュティンドルは2000年からこのクラブの下部組織で育ち、いずれものちにドイツ代表になった。

主な出身選手: オリバー・カーン、メーメット・ショル、ラース・シュティンドル

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SUPPORTERS

📣 カールスルーエSCのサポーターとライバル

会員数は約2万1,800人(2026年7月時点)、公式ファンクラブは87(2026年9月時点)。複数のウルトラス・グループが2009年に連合「ULTRA1894」を結成し、改築後は南スタンドが応援の中心になっている。ホームゲームの前には地方の歌「バーデナーリート」を歌い、1990年代初めからはゴールのたびにビゼーの『カルメン』の「闘牛士の歌」が流れる。

ヘルタ・ベルリン、シュトゥルム・グラーツ(オーストリア)、ラシン・ストラスブール(フランス)のサポーターと友好関係にある。マスコットは「ヴィリ・ヴィルトパルク」で、背番号は創設年1894にちなんだ94。

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ACCESS

✈️ 日本からカールスルーエSCの試合を観戦するには

日本からはフランクフルト空港を経由するのが一般的。空港からカールスルーエ中央駅まではICEで約1時間で、パリ方面からもTGVが乗り入れている。最寄りの空港は南西約45キロのカールスルーエ/バーデン=バーデン空港。

スタジアムへは路面電車やバスで中心部のドゥルラッハー・トーア、クローネンプラッツ、マルクトプラッツ(ピラミッド)の各停留所へ行き、そこから徒歩20〜25分。試合日はドゥルラッハー・トーアからキックオフ90分前より無料の臨時バスが出る。試合のチケットは当日、地域交通連合(KVV)のエリア内で公共交通の乗車券として使える。宮殿の庭園側からは自転車でも近づける。

チケットはクラブ公式のチケットショップ(要KSC-ID登録)で買えるほか、当日のスタジアム窓口では1枚につき2ユーロの手数料がかかる。売り切れた試合は、クラブ公式で唯一の正規リセール「KSCチケット・ツヴァイトマルクト」で出回ることがある。最新情報はクラブ公式サイトで確認したい。

[33][35][36]

出典

  1. [1] Wikipedia(ドイツ語版)Karlsruher SC(2026-11-05 閲覧)
  2. [2] Wikipedia(英語版)Karlsruher SC(2026-11-05 閲覧)
  3. [3] Karlsruher SC 公式(クラブ年表 Chronik)(2026-11-05 閲覧)
  4. [4] Karlsruher SC 公式(スタジアムの歴史)(2026-11-05 閲覧)
  5. [5] Karlsruher SC 公式(スタジアムのデータ)(2026-11-05 閲覧)
  6. [6] Wikipedia(ドイツ語版)BBBank Wildpark(2026-11-05 閲覧)
  7. [7] Wikipedia(ドイツ語版)Wunder vom Wildpark(2026-11-05 閲覧)
  8. [8] Wikipedia(英語版)1993–94 UEFA Cup(2026-11-05 閲覧)
  9. [9] Wikipedia(ドイツ語版)Karlsruher FC Phönix(2026-11-05 閲覧)
  10. [10] bundesliga.com「KSC leiht Shio Fukuda aus Gladbach aus」(2025-08-22)(2026-11-05 閲覧)
  11. [11] サッカーキング「福田師王がドイツ2部に武者修行へ?」(2025-08-20)(2026-11-05 閲覧)
  12. [12] サッカーキング 福田師王のカールスルーエ完全移籍(2026-06-12)(2026-11-05 閲覧)
  13. [13] GOAL 日本版 福田師王の移籍後初ゴール(2025-12-21)(2026-11-05 閲覧)
  14. [14] GOAL 日本版 福田師王のレンタル続行(2026-01-05)(2026-11-05 閲覧)
  15. [15] Wikipedia(日本語版)永井雄一郎(2026-11-05 閲覧)
  16. [16] Wikipedia(ドイツ語版)Yūichirō Nagai(2026-11-05 閲覧)
  17. [17] Wikipedia(日本語版)山田大記(2026-11-05 閲覧)
  18. [18] フットボールチャンネル「カールスルーエ所属の山田、ドイツ語の冠詞に苦労」(2014-11-20)(2026-11-05 閲覧)
  19. [19] フットボールチャンネル「山田大記、独2部カールスルーエ退団」(2017-05-22)(2026-11-05 閲覧)
  20. [20] サッカーキング 町田がアキ・コッホ小林を獲得(2026-06-07)(2026-11-05 閲覧)
  21. [21] サッカーキング 選手名鑑 コッホ・アキ(2026-11-05 閲覧)
  22. [22] Soccerway Aki Koch(移籍歴)(2026-11-05 閲覧)
  23. [23] Wikipedia(英語版)Oliver Kahn(2026-11-05 閲覧)
  24. [24] Wikipedia(英語版)Mehmet Scholl(2026-11-05 閲覧)
  25. [25] Wikipedia(英語版)Thomas Häßler(2026-11-05 閲覧)
  26. [26] Wikipedia(英語版)Edgar Schmitt(2026-11-05 閲覧)
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  30. [30] Wikipedia(ドイツ語版)Horst Szymaniak(2026-11-05 閲覧)
  31. [31] Wikipedia(ドイツ語版)Marvin Wanitzek(2026-11-05 閲覧)
  32. [32] Wikipedia(ドイツ語版)Karlsruhe(2026-11-05 閲覧)
  33. [33] Wikipedia(英語版)Karlsruhe(2026-11-05 閲覧)
  34. [34] 秋田県「秋田県の人口と世帯(月報)」2025年12月1日現在(2026-11-05 閲覧)
  35. [35] Karlsruher SC 公式(スタジアムへのアクセス)(2026-11-05 閲覧)
  36. [36] Karlsruher SC 公式(当日券・チケット)(2026-11-05 閲覧)
  37. [37] Flashscore「Karlsruher SC und Christian Eichner trennen sich im Sommer」(2026-04)(2026-11-05 閲覧)
  38. [38] Karlsruher SC 公式(KSC grenke aKAdemie)(2026-11-05 閲覧)
  39. [39] Wikipedia(ドイツ語版)Karlsruher Pyramide(2026-11-05 閲覧)
  40. [40] Wikipedia(英語版)German football rivalries(2026-11-05 閲覧)

クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。