サッカー欧州組 wire
上空から見たエランド・ロード。手前が西スタンド(ジョン・チャールズ・スタンド)、ピッチの奥が東スタンド(ジャック・チャールトン・スタンド)

上空から見たエランド・ロード。手前が西スタンド(ジョン・チャールズ・スタンド)、ピッチの奥が東スタンド(ジャック・チャールトン・スタンド)
写真: Arne Müseler, cropped by Blackcat(2023年撮影) / CC BY-SA 3.0 de / Wikimedia Commons・トリミング加工

CLUB · PREMIER LEAGUE
リーズ・ユナイテッドのエンブレム

リーズ・ユナイテッド

エンブレムの権利はリーズ・ユナイテッドに帰属します(チームの識別のために表示しています)

リーズ・ユナイテッド

Leeds United Football Club

📷 上空から見たエランド・ロード。手前が西スタンド(ジョン・チャールズ・スタンド)、ピッチの奥が東スタンド(ジャック・チャールトン・スタンド)(写真: Arne Müseler, cropped by Blackcat・2023年/CC BY-SA 3.0 de・Wikimedia Commons・トリミング加工)
  • エランド・ロード前の「ブレムナー・スクエア」に立つビリー・ブレムナーの銅像

    エランド・ロード前の「ブレムナー・スクエア」に立つビリー・ブレムナーの銅像
    写真: Mtaylor848(2025年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    エランド・ロード前の「ブレムナー・スクエア」に立つビリー・ブレムナーの銅像

  • 東スタンド(ジャック・チャールトン・スタンド)の外観。屋根を支える鉄骨のトラスが外に組まれている

    東スタンド(ジャック・チャールトン・スタンド)の外観。屋根を支える鉄骨のトラスが外に組まれている
    写真: Mtaylor848(2025年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    東スタンド(ジャック・チャールトン・スタンド)の外観。屋根を支える鉄骨のトラスが外に組まれている

  • 市中心部の屋内市場カークゲート・マーケット(リーズ・シティ・マーケッツ)。ヴィカー・レーンとカークゲートの角に建つ

    市中心部の屋内市場カークゲート・マーケット(リーズ・シティ・マーケッツ)。ヴィカー・レーンとカークゲートの角に建つ
    写真: Chemical Engineer(2018年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    市中心部の屋内市場カークゲート・マーケット(リーズ・シティ・マーケッツ)。ヴィカー・レーンとカークゲートの角に建つ

写真: Mtaylor848(2025年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Mtaylor848(2025年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Chemical Engineer(2018年)・CC BY-SA 4.0・Commons(いずれもトリミング加工)

創設
1919年
本拠地
リーズ
スタジアム
エランド・ロード
愛称
ホワイツ(The Whites)

イングランド北部ウェスト・ヨークシャーの中心都市リーズを本拠とするクラブ。ドン・レヴィー監督が率いた1960〜70年代の黄金期に2度、1991-92シーズンにも優勝した3度のイングランド王者で、プレミアリーグ発足前の最後の1部リーグ王者でもある。2024年に加入した田中碧は、1年目に2部優勝とプレミアリーグ昇格の中心となり、チームメイトが選ぶ年間最優秀選手に輝いた。

📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典30件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。

NOW

🇯🇵 リーズ・ユナイテッドの日本人選手の今

2026-27シーズンのプレミアリーグで12位(20チーム中・勝ち点11)順位表 →

今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。

HISTORY

📜 リーズ・ユナイテッドの歴史

前身は1904年創設のリーズ・シティ。第一次世界大戦中に選手へ不正な報酬を払っていたとしてフットボールリーグから除名・解散させられ、資産が売りに出された1919年10月17日、サポーターたちが集まって新クラブ「リーズ・ユナイテッド」の設立を決めた。1920年にフットボールリーグ入りし、1923-24シーズンに2部優勝で初めて1部へ昇格。1950年代にはウェールズ出身のジョン・チャールズがエースとして活躍したが、1957年に当時の世界最高額でユヴェントスへ移籍した。

黄金期をつくったのは、1961年3月に就任したドン・レヴィー監督だ。就任時のクラブは財政難で2部にいたが、レヴィーは育成を重視し、ユニフォームをレアル・マドリードにならった白一色に変更。1963-64シーズンに2部優勝で1部へ戻ると、1968年にリーグカップとインターシティーズ・フェアーズカップ(現在のヨーロッパリーグの前身にあたる大会)を制し、1968-69シーズンに初のリーグ優勝を果たした。その後も1971年のフェアーズカップ、1972年のFAカップ、1973-74シーズンの2度目のリーグ優勝と勝ち続け、レヴィーは1974年にイングランド代表監督へ転じた。翌1975年にはヨーロピアン・カップ(現チャンピオンズリーグ)決勝に進んだが、バイエルン・ミュンヘンに敗れた。

レヴィーが去った後は徐々に力を失い、1982年に2部へ降格。1988年10月に就任したハワード・ウィルキンソン監督のもとで1989-90シーズンに2部優勝を果たすと、1991-92シーズンには3度目のリーグ優勝を成し遂げた。翌シーズンから1部はプレミアリーグに生まれ変わったため、リーズは旧1部リーグ最後の王者となった。1990年代末からはデイヴィッド・オレアリー監督が若手中心のチームで上位を争い、2000-01シーズンにはチャンピオンズリーグで準決勝まで進んだ。

しかし、欧州大会の収入を見込んだ多額の借り入れが重荷となり、主力を次々に売却。2004年にプレミアリーグから降格し、本拠地と練習場も売却した。2007年には経営破綻(管理手続き)による勝ち点剥奪で、クラブ史上初めて3部へ落ちた。2010年に2部へ復帰した後も、オーナーが何度も代わる不安定な時期が続いた。

転機は2018年6月のマルセロ・ビエルサ監督の就任だった。2019-20シーズンに2部で優勝し、16年ぶりにプレミアリーグへ復帰。1年目は9位と健闘したが、2022年2月にビエルサが退任し、2022-23シーズンに再び降格した。2023年に米NFLサンフランシスコ・49ersの投資部門(49ersエンタープライゼス)がクラブを完全買収し、ダニエル・ファルケ監督が就任。2024-25シーズンに勝ち点100で2部優勝を果たしてプレミアリーグに戻り、2025-26シーズンは14位で残留したうえ、FAカップでは39年ぶりにベスト4へ進んだ。

リーズ・ユナイテッドのエンブレム

リーズ・ユナイテッド

エンブレムの権利はリーズ・ユナイテッドに帰属します(チームの識別のために表示しています)

エンブレム現在のエンブレムは、ヨーク家の紋章でヨークシャーの象徴でもある「ヨークの白バラ」を盾の中に描き、中央に縦書きで「LUFC」の文字を入れたもの。1998年に導入された盾形のデザインが基本で、翌1999年に白バラの中心へサッカーボールが加えられた。クラブ初のエンブレムは1934年に採用したリーズ市の紋章で、その後もフクロウ(市の紋章に由来)、レヴィー時代の1973年に登場したLとUを組み合わせた「スマイリー」、愛称にちなむクジャク入りのものなど、何度も姿を変えてきた。白バラが初めて使われたのは1984年のエンブレムから。

愛称: ホワイツ(The Whites) / ピーコックス(The Peacocks) / ユナイテッド(United)

RECORD

🏆 リーズ・ユナイテッドの主なタイトルと近年の戦績

シーズンリーグ順位トピック
2021-22プレミアリーグ172022年2月にビエルサ監督が退任。後任のジェシー・マーシュ監督のもと、最終節で残留を決めた[1][3]
2022-23プレミアリーグ19シーズン中に監督が2度交代し、最終節で2部降格が決まった[1][2][3]
2023-24チャンピオンシップ(2部)3ファルケ監督の1年目。昇格プレーオフ決勝でサウサンプトンに0-1で敗れた[1][3]
2024-25チャンピオンシップ(2部)1田中碧の加入1年目。勝ち点100で2部優勝し、プレミアリーグ昇格[1][2][3][10]
2025-26プレミアリーグ14残留を確保し、オールド・トラッフォードでのマンチェスター・ユナイテッド戦で1981年以来の勝利。FAカップは39年ぶりのベスト4(準決勝でチェルシーに敗退)[1][2][3]
LEGENDS

⭐ リーズ・ユナイテッドを象徴する名選手

JAPANESE

🇯🇵 リーズ・ユナイテッドの歴代日本人選手

VOICES

💬 日本人選手が語るリーズ・ユナイテッドと街

HOMETOWN

🏙️ ホームタウン リーズ

地域
イングランド ウェスト・ヨークシャー州
人口
約84.5万人(2024年6月、リーズ市全域の推計人口。英国統計局による)

日本だと堺市(約81万人)くらいの規模

ペナイン山脈の東のふもと、エア川沿いに広がるヨークシャー最大の都市。中世の市場町から毛織物の集散地として発展し、産業革命期には毛織物や亜麻の工場、鉄工業、機械工業で栄えた。1893年に市の地位を得ている。

現在はロンドン以外では英国最大級の金融・ビジネスの拠点で、法律事務所や金融機関が集まる。リーズ大学など5つの大学があり、学生の多い若い街でもある。ヴィクトリア朝のアーケード街が残る中心部には、欧州最大級の屋内市場カークゲート・マーケットがあり、英国を代表する小売チェーン、マークス&スペンサーは1884年にこの市場の露店から始まった。

王立武具博物館(ロイヤル・アーマリーズ)や、クリケットとラグビーの聖地ヘディングリーもある。気候は穏やかな海洋性で、年間降水量は約660ミリと英国では雨の少ない都市の一つ。

[21][22][23]

STADIUM

🏟️ リーズ・ユナイテッドのスタジアム ― エランド・ロード

収容人数
約37,600人
開場
1897年

市の南西部ビーストン地区にある、1919年の創設以来の本拠地。もとは1897年にラグビークラブの本拠として使われ始め、前身のリーズ・シティを経てリーズ・ユナイテッドに引き継がれた。かつての名前「オールド・ピーコック・グラウンド」は、向かいに今も建つパブ「オールド・ピーコック」に由来し、愛称「ピーコックス」の元にもなった。

4つのスタンドには、ドン・レヴィー(北、通称コップ)、ジャック・チャールトン(東)、ノーマン・ハンター(南)、ジョン・チャールズ(西)とクラブの英雄の名が付けられている。1993-94シーズンに完成した東スタンドは、当時世界最大の片持ち式スタンドだった。全席座席化された現在の収容人数は約3万7,600人(37,645人とする資料と37,633人とする資料がある)。最多入場者数は1967年のFAカップ、サンダーランド戦の57,892人。1996年の欧州選手権(EURO96)の会場にもなった。

2026年1月8日、リーズ市の計画委員会が収容人数を最大5万3,000人に増やす拡張計画を承認した。西スタンドと北スタンドを拡張する計画で、工事中もスタジアムは使い続ける。シーズンチケットの順番待ちが約2万6,000人に上ることが拡張の理由の一つとされている。

[1][4][5][6]

ACADEMY

🌱 育成 ― ソープ・アーチ(Thorp Arch)

リーズ中心部から北東へ離れたウェザビー近郊の村ソープ・アーチにある練習場兼育成拠点。1988年に就任したウィルキンソン監督の構想で1990年代前半に整備され、2002年には屋内ピッチやプールを備えた育成施設「ザ・バーン」が完成した。天然芝8面と人工芝2面のピッチがある。

ウィルキンソン時代以降の育成組織からは、多くのイングランド代表選手が育った。地元出身で2019-20シーズンの2部優勝の主力となり、マンチェスター・シティへ移籍したカルヴィン・フィリップスもその一人だ。

主な出身選手: ジェームズ・ミルナー、アラン・スミス、ポール・ロビンソン、カルヴィン・フィリップス

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SUPPORTERS

📣 リーズ・ユナイテッドのサポーターとライバル

サポーターの熱さはイングランドでも指折りで、歴代監督も口をそろえて称えてきた。試合前や試合中に歌われるクラブのアンセムは、1972年のFAカップ決勝に合わせて作られたシングルのB面曲「マーチング・オン・トゥゲザー」。2026年初めの時点でシーズンチケットの順番待ちが約2万6,000人いる。

2017年結成のLGBTのファングループ「マーチング・アウト・トゥゲザー」や、シク教徒のファングループ「パンジャビ・ホワイツ」などもあり、さまざまなファンがクラブを支えている。

[1][2][5]

ACCESS

✈️ 日本からリーズ・ユナイテッドの試合を観戦するには

日本からはロンドンなど欧州や中東の主要空港で乗り継いで向かう。最寄りのリーズ・ブラッドフォード空港は市中心部から北西へ約13キロ。マンチェスター空港からはリーズ中心部まで直通列車も走っている。

スタジアムはリーズ駅から徒歩で約40分。試合日は駅近くから出るシャトルバス(R2)や、事前購入制のパーク&ライド(郊外の駐車場からのシャトル)が便利。

チケットはクラブ公式の販売サイト(tickets.leedsunited.com)で扱う。人気が高く、ホーム戦の販売は有料会員(My Leeds)向けの段階販売が中心で、会員でも購入が保証されるわけではない。試合ごとの販売スケジュールはクラブ公式サイトの告知で確認したい。

[22][29][30]

出典

  1. [1] Wikipedia(英語版)Leeds United F.C.(2026-11-05 閲覧)
  2. [2] Wikipedia(日本語版)リーズ・ユナイテッドFC(2026-11-05 閲覧)
  3. [3] Wikipedia(英語版)List of Leeds United F.C. seasons(2026-11-05 閲覧)
  4. [4] Wikipedia(英語版)Elland Road(2026-11-05 閲覧)
  5. [5] Leeds United 公式(エランド・ロード拡張の計画承認・2026年1月8日)(2026-11-05 閲覧)
  6. [6] The Construction Index(エランド・ロード拡張承認・2026年1月)(2026-11-05 閲覧)
  7. [7] Wikipedia(英語版)Ao Tanaka(2026-11-05 閲覧)
  8. [8] Leeds United 公式(田中碧の加入発表・2024年8月30日)(2026-11-05 閲覧)
  9. [9] Leeds United 公式(田中碧 加入インタビュー・2024年8月30日)(2026-11-05 閲覧)
  10. [10] GOAL 日本版(田中碧が2部優勝シーズンを振り返る・2025年5月8日)(2026-11-05 閲覧)
  11. [11] Wikipedia(英語版)Yosuke Ideguchi(2026-11-05 閲覧)
  12. [12] フットボールチャンネル(冬の海外移籍で苦しんだ日本人選手・2025年1月)(2026-11-05 閲覧)
  13. [13] Wikipedia(英語版)Don Revie(2026-11-05 閲覧)
  14. [14] Wikipedia(英語版)John Charles(2026-11-05 閲覧)
  15. [15] Wikipedia(英語版)Jack Charlton(2026-11-05 閲覧)
  16. [16] Wikipedia(英語版)Billy Bremner(2026-11-05 閲覧)
  17. [17] Wikipedia(英語版)Peter Lorimer(2026-11-05 閲覧)
  18. [18] Wikipedia(英語版)Howard Wilkinson(2026-11-05 閲覧)
  19. [19] Wikipedia(英語版)Lucas Radebe(2026-11-05 閲覧)
  20. [20] Wikipedia(英語版)Marcelo Bielsa(2026-11-05 閲覧)
  21. [21] City Population(リーズ市の人口・英国統計局の推計)(2026-11-05 閲覧)
  22. [22] Wikipedia(英語版)Leeds(2026-11-05 閲覧)
  23. [23] M&S Archive(M&S in Leeds)(2026-11-05 閲覧)
  24. [24] Wikipedia(英語版)Thorp Arch (training ground)(2026-11-05 閲覧)
  25. [25] Wikipedia(英語版)James Milner(2026-11-05 閲覧)
  26. [26] Wikipedia(英語版)Alan Smith (footballer, born 1980)(2026-11-05 閲覧)
  27. [27] Wikipedia(英語版)Paul Robinson (footballer, born 1979)(2026-11-05 閲覧)
  28. [28] Wikipedia(英語版)Kalvin Phillips(2026-11-05 閲覧)
  29. [29] Brentford FC 公式(エランド・ロード観戦ガイド・2026年8月)(2026-11-05 閲覧)
  30. [30] Leeds United 公式(ホーム戦チケット販売の告知例・2023年1月)(2026-11-05 閲覧)

クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。