サッカー欧州組 wire
夕暮れのロフタス・ロード。試合中のピッチと、ゴール裏のロフタス・ロード・スタンド(2021年8月)

夕暮れのロフタス・ロード。試合中のピッチと、ゴール裏のロフタス・ロード・スタンド(2021年8月)
写真: Steve Daniels(2021年撮影) / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

CLUB · CHAMPIONSHIP
QPRのエンブレム

QPR

エンブレムの権利はQPRに帰属します(チームの識別のために表示しています)

QPR

Queens Park Rangers Football Club

📷 夕暮れのロフタス・ロード。試合中のピッチと、ゴール裏のロフタス・ロード・スタンド(2021年8月)(写真: Steve Daniels・2021年/CC BY-SA 2.0・Wikimedia Commons・トリミング加工)
  • 試合の日、サウス・アフリカ・ロードのメインスタンド前に集まるフープス(青白の横縞)のサポーター(2008年)

    試合の日、サウス・アフリカ・ロードのメインスタンド前に集まるフープス(青白の横縞)のサポーター(2008年)
    写真: seitentasche(2008年撮影) / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    試合の日、サウス・アフリカ・ロードのメインスタンド前に集まるフープス(青白の横縞)のサポーター(2008年)

  • 住宅街の通りに面したメインスタンドの外観。チケット窓口や入場ゲートが並ぶ(2025年4月)

    住宅街の通りに面したメインスタンドの外観。チケット窓口や入場ゲートが並ぶ(2025年4月)
    写真: Ecco4k(2025年撮影) / CC0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    住宅街の通りに面したメインスタンドの外観。チケット窓口や入場ゲートが並ぶ(2025年4月)

  • 地下鉄ハマースミス&シティ線の高架沿いに店が並ぶシェパーズ・ブッシュ・マーケット(2024年)

    地下鉄ハマースミス&シティ線の高架沿いに店が並ぶシェパーズ・ブッシュ・マーケット(2024年)
    写真: Matthias v.d. Elbe(2024年撮影) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons・トリミング加工

    地下鉄ハマースミス&シティ線の高架沿いに店が並ぶシェパーズ・ブッシュ・マーケット(2024年)

写真: seitentasche(2008年)・CC BY-SA 2.0・Commons / Ecco4k(2025年)・CC0・Commons / Matthias v.d. Elbe(2024年)・CC BY-SA 4.0・Commons(いずれもトリミング加工)

創設
1882年(公称)
本拠地
ロンドン(シェパーズ・ブッシュ/ホワイト・シティ)
スタジアム
ロフタス・ロード(命名権名: MATRADEロフタス・ロード・スタジアム)
愛称
QPR(キュー・ピー・アール)

ロンドン西部、シェパーズ・ブッシュの住宅街に囲まれた小さなスタジアム「ロフタス・ロード」を本拠とするクラブ。1967年に3部のクラブとして初めてリーグカップを制し、1975-76シーズンにはわずか勝ち点1差でイングランド王者を逃した。1992年のプレミアリーグ創設メンバーでもあり、現在はチャンピオンシップ(2部)で戦う。2024年からはパリ五輪で10番を背負った斉藤光毅がプレーしている。

📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典30件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。

NOW

🇯🇵 QPRの日本人選手の今

2026-27シーズンのチャンピオンシップで11位(24チーム中・勝ち点21)順位表 →

今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。

HISTORY

📜 QPRの歴史

クラブの公式な創設年は1882年。この年に生まれた「クライストチャーチ・レンジャーズ」が、1886年に地元の教会系チーム「セント・ジューズ」と合併して現在のクラブになった。選手の多くがロンドン北西部のクイーンズ・パーク地区の出身だったことから、この名前が付いた。合併後のチームとしては1886年が出発点だが、クラブは前身の創設年である1882年を公式の創設年としている。1889年にプロ化し、1899年にサザンリーグへ参加。1907-08シーズンと1911-12シーズンにサザンリーグを制し、1908年には史上初のチャリティ・シールド(現コミュニティ・シールド)でマンチェスター・ユナイテッドと対戦した。

1920年にフットボールリーグ(新設の3部)に加盟。それまでに20近いグラウンドを転々としたが、1917年からロフタス・ロードに落ち着いた。1947-48シーズンに3部南地区で優勝して初めて2部へ。1959年に就任したアレック・ストック監督のもとでクラブは大きく変わり、1966-67シーズンには3部優勝とともに、ウェンブリーで初めて行われたリーグカップ決勝でウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンを3-2で破った。2点のビハインドからの逆転劇で、3部のクラブとして初めての優勝、そしてクラブ唯一の主要タイトルとなった。翌1967-68シーズンには2部2位で初めて1部に昇格した。

黄金期は1970年代。スタン・ボウルズやジェリー・フランシスらを擁し、デイヴ・セクストン監督のもとで1975-76シーズンは全日程を首位で終えたが、残り1試合で勝ったリヴァプールに勝ち点1差で逆転され、2位に終わった。翌1976-77シーズンには初の欧州カップ戦となるUEFAカップで準々決勝まで進んだ。1982年には2部のクラブとしてFAカップ決勝に進出し(トッテナムに再試合の末0-1で敗戦)、翌1982-83シーズンに2部優勝。1986年にはリーグカップ決勝にも進んだ(オックスフォード・ユナイテッドに敗戦)。

1992年には新設のプレミアリーグに創設メンバーとして参加し、ジェリー・フランシス監督のもとで初年度に5位に入り、ロンドンのクラブの最上位となった。1996年に降格した後は経営難に陥り、2001年には管理手続き(経営破綻)と3部降格を経験。2007年にF1の実業家バーニー・エクレストンとフラビオ・ブリアトーレがクラブを買収し、2011年には2部優勝でプレミアリーグに復帰した。同年にはエアアジア創業者のトニー・フェルナンデスが筆頭株主になった。その後は2013年降格、2014年にプレーオフ決勝の終了間際の決勝点で復帰、2015年に再び降格と、昇降格を繰り返した。

2015-16シーズンからはチャンピオンシップ(2部)で戦い続けており、2026-27シーズンで12季連続となる。この間、エベレチ・エゼやイリアス・シャイールら若手を育てて送り出してきた。2023年10月にはマルティ・シフエンテス監督が就任して残留争いからチームを立て直し、2025年6月からはフランス人のジュリアン・ステファン監督が率いている。

QPRのエンブレム

QPR

エンブレムの権利はQPRに帰属します(チームの識別のために表示しています)

エンブレム現在のエンブレムは2016年5月に発表されたもの。新デザインを決める前に、クラブは半年間・2段階のサポーター調査を行い、過去4つのエンブレムに使われてきた盾や馬蹄、王冠などの要素について意見を集めた。ファンの多くが簡潔なデザインを望んだことから、円形の中にクラブの頭文字「QPR」を置き、創設年を添えたシンプルな形になった。当時の共同会長トニー・フェルナンデスは、過去のエンブレムを踏まえつつ模倣ではないデザインだと説明している。クラブカラーの青と白は、愛称「フープス」の由来でもある横縞のユニフォームに受け継がれている。

愛称: QPR(キュー・ピー・アール) / フープス(The Hoops、青白の横縞ユニフォームから) / アールズ(The R's) / レンジャーズ(Rangers)

RECORD

🏆 QPRの主なタイトルと近年の戦績

シーズンリーグ順位トピック
2021-22チャンピオンシップ(2部)11シーズンの大半でプレーオフ圏にいたが終盤に失速。マーク・ウォーバートン監督のラストシーズン[1][4]
2022-23チャンピオンシップ(2部)2011月にマイケル・ビール監督がスコットランドのレンジャーズへ去り、後任のニール・クリッチリー監督も46日で解任。元選手のギャレス・エインズワースが指揮を執って残留[1][4]
2023-24チャンピオンシップ(2部)1810月に23位でエインズワース監督を解任し、マルティ・シフエンテス監督が就任。降格圏から立て直して残留[1][4]
2024-25チャンピオンシップ(2部)15斉藤光毅がレンタルで加入し公式戦42試合に出場。序盤16試合で2勝と出遅れたが、12月以降に巻き返した[1][4][16]
2025-26チャンピオンシップ(2部)15ジュリアン・ステファン監督の1年目。前半戦はプレーオフ圏を争ったが、後半戦に4連敗を2度喫して後退。斉藤光毅が完全移籍で残留[1][4][16]
LEGENDS

⭐ QPRを象徴する名選手

JAPANESE

🇯🇵 QPRの歴代日本人選手

VOICES

💬 日本人選手が語るQPRと街

HOMETOWN

🏙️ ホームタウン ロンドン(シェパーズ・ブッシュ/ホワイト・シティ)

地域
イングランド・グレーター・ロンドン(ハマースミス・アンド・フラム区)
人口
約18.3万人(ハマースミス・アンド・フラム区、2021年国勢調査)

区の人口は日本だと小田原市(約18.4万人)くらいの規模

スタジアムがあるのは、ロンドン中心部のチャリング・クロスから西へ約8キロのシェパーズ・ブッシュ。区としてはハマースミス・アンド・フラム区に属する。街の中心には木々に囲まれた三角形の緑地「シェパーズ・ブッシュ・グリーン」があり、その北側には2008年に開業した大型ショッピングセンター「ウェストフィールド・ロンドン」が建つ。地下鉄の高架沿いには食料品や日用品の店が並ぶシェパーズ・ブッシュ・マーケットがあり、エチオピア系の店が集まる通りもあるなど、多様な人々が暮らす地域だ。

北隣のホワイト・シティには、1908年のロンドン五輪のために建てられたホワイト・シティ・スタジアムがあった。QPRも観客を増やそうと1931-33年と1962-63シーズンにここで試合をしたが、いずれもロフタス・ロードに戻っている。スタジアムは1985年に取り壊され、跡地はBBCの拠点を経て「ホワイト・シティ・プレイス」になった。近くのウッド・レーンにはBBCの旧テレビジョン・センターもある。音楽ホール「シェパーズ・ブッシュ・エンパイア」もこの街の名所の一つ。

クラブ名の由来になったクイーンズ・パーク地区は、現在の本拠地から北へ数キロのロンドン北西部にある。創設当初はこの一帯でグラウンドを転々とし、その後ロンドンが西へ広がるのにつれて、ファン層も西ロンドン一帯へと広がっていった。

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STADIUM

🏟️ QPRのスタジアム ― ロフタス・ロード(命名権名: MATRADEロフタス・ロード・スタジアム)

収容人数
18,439人
開場
1904年

1904年にアマチュアクラブのシェパーズ・ブッシュFCが使い始めたグラウンドで、QPRは1917年に移ってきた。第1次世界大戦で旧本拠地パーク・ロイヤルを軍に接収されたためだった。1968年から1981年にかけて4面のスタンドがすべて建て替えられ、現在の箱形のスタジアムになった。最多観客は1974年4月のリーズ戦の35,353人。現在は全席で約1万8,000人と小さく、四方のスタンドがピッチに迫る。

1981年には英国のプロサッカーで初めて人工芝を導入した。ボールの弾み方が独特で、この人工芝の時代に2部優勝やカップ戦決勝進出を果たしたことから「ホームの利」とも言われたが、1988年に天然芝へ戻された。2022年からは一部の区画に立ち見用のレール・シートが設けられている。

スタンドは周りの通りの名前で呼ばれてきた。クラブの事務所があるサウス・アフリカ・ロード側がメインスタンドで、熱心なホームのファンはゴール裏のロフタス・ロード・スタンド(通称ロフト)に集まり、アウェー席はスクール・エンドにある。エラズリー・ロード・スタンドは2022年、クラブの英雄スタン・ボウルズの名を取ってスタンリー・ボウルズ・スタンドになった。2019年から2022年までは、2006年に命を落とした元ユース選手キヤン・プリンスを記念する慈善団体に命名権を贈り「キヤン・プリンス財団スタジアム」と呼ばれた。2023年からは命名権契約で「MATRADEロフタス・ロード・スタジアム」の名が付いている。

1931-33年と1962-63シーズンには、1908年ロンドン五輪のメイン会場だった近くのホワイト・シティ・スタジアムで一時的にホームゲームを開催した(1985年に解体)。

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ACADEMY

🌱 育成 ― QPRアカデミー

ロンドン西部で育った才能を受け入れてきた育成組織。のちにイングランド代表の主力となるラヒーム・スターリングは10歳でQPRのアカデミーに入り、15歳だった2010年にリヴァプールへ移籍した。

2010年代後半には、イアン・ホロウェイ監督が10代で加入したエベレチ・エゼやイリアス・シャイールらにデビューの機会を与え、若手を軸に据えた。エゼは2020年にクラブ史上最高額の移籍金でクリスタル・パレスへ移り、ベルギー生まれのシャイールはモロッコ代表としてカタールW杯のメンバーに入った。

主な出身選手: ラヒーム・スターリング、エベレチ・エゼ、イリアス・シャイール

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SUPPORTERS

📣 QPRのサポーターとライバル

ファンは西ロンドンとその周辺の州から集まる。規模は大きくないが結束は固く、1987年8月創刊のファンジン(サポーターの手作り雑誌)『ア・キック・アップ・ジ・アールズ』は今も毎月発行されている。ホームの熱心なファンは、ゴール裏のロフトとスタンリー・ボウルズ・スタンドの一角に集まって声を出す。選手入場時とゴールの後には、ポストパンク・バンド、ピッグバッグの曲が流れるのが恒例。

マスコットは黒猫の「ジュード」。1990年代にスタジアムに住み着き、当時のジェリー・フランシス監督が幸運の印と見なした黒猫がモデルで、名前は前身の一つ「セント・ジューズ」にちなむ。ザ・クラッシュのミック・ジョーンズら、有名人のファンも多い。

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ACCESS

✈️ 日本からQPRの試合を観戦するには

日本からはロンドン・ヒースロー空港への直行便がある(JALは羽田-ロンドン線を1日2往復で運航、2026年冬ダイヤ時点)。シェパーズ・ブッシュはロンドン中心部から西へ約8キロ。

最寄りは地下鉄セントラル線のホワイト・シティ駅と、ハマースミス&シティ線のウッド・レーン駅で、いずれも徒歩5分ほど。シェパーズ・ブッシュ駅とシェパーズ・ブッシュ・マーケット駅からも歩いて15分ほどで、ロンドン・オーバーグラウンドのシェパーズ・ブッシュ駅も使える。スタジアムは住宅街の中にあり、周辺道路は試合日に駐車規制がかかる。

チケットはクラブ公式サイトのチケットページで扱っている。収容約1万8,000人と小さいスタジアムなので、日程が決まったら早めに確認したい。

[25][26][30]

出典

  1. [1] Wikipedia(英語版)Queens Park Rangers F.C.(2026-11-05 閲覧)
  2. [2] Wikipedia(英語版)Loftus Road(2026-11-05 閲覧)
  3. [3] Wikipedia(日本語版)クイーンズ・パーク・レンジャーズFC(2026-11-05 閲覧)
  4. [4] Wikipedia(英語版)List of Queens Park Rangers F.C. seasons(2026-11-05 閲覧)
  5. [5] Wikipedia(英語版)2026–27 Queens Park Rangers F.C. season(2026-11-05 閲覧)
  6. [6] Wikipedia(英語版)Stan Bowles(2026-11-05 閲覧)
  7. [7] Wikipedia(英語版)Rodney Marsh(2026-11-05 閲覧)
  8. [8] Wikipedia(英語版)Gerry Francis(2026-11-05 閲覧)
  9. [9] Wikipedia(英語版)Les Ferdinand(2026-11-05 閲覧)
  10. [10] Wikipedia(英語版)Alec Stock(2026-11-05 閲覧)
  11. [11] Wikipedia(英語版)Eberechi Eze(2026-11-05 閲覧)
  12. [12] Wikipedia(英語版)Tony Ingham(2026-11-05 閲覧)
  13. [13] Wikipedia(英語版)George Goddard (footballer)(2026-11-05 閲覧)
  14. [14] サッカーキング(斉藤光毅がQPRへレンタル移籍・2024年8月)(2026-11-05 閲覧)
  15. [15] GOAL 日本版(斉藤光毅のQPR加入・2024年8月)(2026-11-05 閲覧)
  16. [16] サッカーキング(QPRが斉藤光毅の完全移籍を発表・2025年8月)(2026-11-05 閲覧)
  17. [17] GOAL 日本版(斉藤光毅がQPRへ完全移籍・2025年8月)(2026-11-05 閲覧)
  18. [18] Wikipedia(英語版)Kōki Saitō (footballer)(2026-11-05 閲覧)
  19. [19] web Sportiva(斉藤光毅インタビュー・2024年10月)2ページ目(2026-11-05 閲覧)
  20. [20] web Sportiva(斉藤光毅インタビュー・2024年10月)3ページ目(2026-11-05 閲覧)
  21. [21] 英国家統計局 ONS(2021年国勢調査 ハマースミス・アンド・フラム区)(2026-11-05 閲覧)
  22. [22] Wikipedia(日本語版)小田原市(2026-11-05 閲覧)
  23. [23] Wikipedia(英語版)Shepherd's Bush(2026-11-05 閲覧)
  24. [24] Wikipedia(英語版)White City Stadium(2026-11-05 閲覧)
  25. [25] Brentford FC 公式(ロフタス・ロードへのアウェー観戦ガイド)(2026-11-05 閲覧)
  26. [26] Aviation Wire(JAL 2026年度下期の国際線計画・2026年8月)(2026-11-05 閲覧)
  27. [27] theScore(QPRが新エンブレムを発表・2016年5月)(2026-11-05 閲覧)
  28. [28] Wikipedia(英語版)Raheem Sterling(2026-11-05 閲覧)
  29. [29] Wikipedia(英語版)Ilias Chair(2026-11-05 閲覧)
  30. [30] QPR 公式(チケット)(2026-11-05 閲覧)

クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。