Royal Antwerp Football Club
旧市街の中心グローテ・マルクトのブラボーの噴水と、聖母大聖堂の塔
アントウェルペン中央駅の駅舎内部。ガラスのドームの下に時計を掲げたホールが広がる
市街地北側の旧港、ボナパルト・ドックに残る港湾クレーン
写真: Ankermast(2025年)・CC BY 4.0・Commons / Alvesgaspar(2015年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Michielverbeek(2017年)・CC BY-SA 4.0・Commons(いずれもトリミング加工)
ヨーロッパ有数の港町アントウェルペンを本拠とする、ベルギー最古のクラブ。協会登録番号「1」を持ち、「ザ・グレート・オールド」の愛称で呼ばれる。2022-23シーズンには66年ぶりのリーグ優勝を果たした。2019年から4年在籍した三好康児に続き、2026-27シーズンは野澤大志ブランドン・綱島悠斗・安藤晃希の日本人3人が在籍している。
📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典36件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。
2026-27シーズンのジュピラー・プロ・リーグで12位(18チーム中・勝ち点10)順位表 →
セカンドチーム: 安藤 晃希(ロイヤル・アントワープ II)
今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。
クラブは1880年をみずからの創設年としている。この年にイギリス人たちがつくったクリケットのクラブが起源で、サッカーが本格的に始まったのは1887年とされる。1920年から現在の「ロイヤル・アントワープFC」を名乗り、1926年にベルギー協会がクラブ登録番号(マトリクル)を導入した際に、最古のクラブとして「1」を与えられた。1900年には主力の多くが同じ街のベールスホットへ移り、ここから続く市内のライバル関係が始まった。クラブカラーは当初の黄と黒、サーモンピンクを経て、街の色にならった赤と白になった。
1923年に現在の本拠地ボサウィルが完成すると、1928-29シーズンに初のリーグ優勝。1931年、1944年、1957年にもリーグを制し、1955年には初めてベルギーカップを獲得した。この時代を支えたのが、1944年から20年間在籍した中盤のヴィック・メースだった。1958年に初めて欧州カップ戦に出場したが(相手はレアル・マドリード)、1968年にはクラブ史上初めて2部へ降格し、1970年に1部へ戻った。
1992年に2度目のベルギーカップを制し、翌1992-93シーズンにはカップウィナーズカップで決勝まで勝ち上がった。1993年5月12日、ロンドンのウェンブリーでパルマと対戦し、フランシス・セーフェレインスの同点ゴールで一時追いついたものの1-3で敗れて準優勝。1998年に2部へ降格して2000年に復帰したが、その後は再び2部での戦いが長く続いた。1998年からはマンチェスター・ユナイテッドと提携し、同クラブの若手選手がレンタルで多く在籍した。
2015年に実業家ポール・ヘイセンスがクラブを取得し、2017年に1部へ昇格。2020年8月にはリオル・ラファエロフのゴールでクラブ・ブルッヘを破り、28年ぶりにベルギーカップを制した。2022年に就任したマルク・ファン・ボメル監督のもと、2022-23シーズンは最終節のヘンク戦でトビー・アルデルヴァイレルトが94分に同点ゴールを決め、1957年以来66年ぶりのリーグ優勝。ベルギーカップと合わせて2冠を達成した。翌シーズンはスーパーカップを制し、初出場のUEFAチャンピオンズリーグでは2023年12月13日にボサウィルでバルセロナを3-2で破った。
2026年7月、ヘイセンスは保有株をすべて売却し、元アンデルレヒト会長のワウテル・ファンデンハウテを筆頭とする投資家グループがクラブを引き継いだ。2025年に引退したアルデルヴァイレルトも少数株主として加わり、会長にはアントウェルペン港の元トップ、ジャック・ファンデルメイレンが就いた。
愛称: ザ・グレート・オールド(The Great Old) / レッズ(The Reds)
| シーズン | リーグ | 順位 | トピック |
|---|---|---|---|
| 2021-22 | ジュピラー・プロ・リーグ | 4 | レギュラーシーズン4位、優勝を争うプレーオフ1でも4位。三好康児の在籍3季目[2][8] |
| 2022-23 | ジュピラー・プロ・リーグ | 1 | 66年ぶりのリーグ優勝とベルギーカップの2冠。ファン・ボメル監督の1年目。三好康児の在籍最終シーズン[1][2][23] |
| 2023-24 | ジュピラー・プロ・リーグ | 6 | スーパーカップ優勝。初出場のチャンピオンズリーグはグループ最下位ながら最終節でバルセロナに3-2で勝利。ベルギーカップ準優勝[1][9][12] |
| 2024-25 | ジュピラー・プロ・リーグ | 5 | プレーオフ1で5位。欧州カップ戦出場権をかけたプレーオフでシャルルロワに敗れた。ベルギーカップ4強[2][10] |
| 2025-26 | ジュピラー・プロ・リーグ | 11 | レギュラーシーズン10位、ヨーロッパ・プレーオフで5位。野澤大志ブランドン・綱島悠斗の加入1年目で、野澤はクラブの年間最優秀選手に選ばれた[1][11][25] |
20年間アントワープ一筋でプレーし、リーグ戦555試合に出場。1956年にベルギー年間最優秀選手(ゴールデンシュー)を受賞し、1955年のベルギーカップ、1957年のリーグ優勝に貢献した。[2][14]
アントワープ在籍中の1966年にゴールデンシューを受賞。のちにスタンダール・リエージュでも2度受賞し、ベルギー代表としてW杯2大会とEURO1980準優勝を経験した。[2][15]
2度の在籍で計102得点。1987-88シーズンに24得点でリーグ得点王となり、1993年のカップウィナーズカップ決勝ではパルマ相手に同点ゴールを決めた。[1][16]
2020年8月のベルギーカップ決勝で古巣クラブ・ブルッヘから決勝点を奪い、28年ぶりの戴冠をもたらした。同年のゴールデンシューを受賞。[1][2][17]
公式戦105試合52得点。2019-20シーズンのリーグ得点王で、同年のベルギーカップ優勝にも貢献。2020年にベルギーでプレーするアフリカ出身選手の最優秀賞(エボニーシュー)を受賞した。[2][18]
就任1年目の2022-23シーズンにリーグとベルギーカップの2冠、翌2023年にはスーパーカップも制した。2023年のベルギー年間最優秀監督。[1][2][21]
アントウェルペン出身で、ベルギー代表127試合出場のDF。アントワープでは主将を務めた。2023年6月4日のヘンク戦で94分に同点ゴールを決めて66年ぶりの優勝を決め、同年のゴールデンシューを受賞。引退後の2026年には少数株主としてクラブの経営に加わった。[2][13][19]
日本だと八王子市(約57.4万人)くらいの規模
ベルギー北部、スヘルデ川沿いに広がる港町。アントウェルペン港はロッテルダムに次ぐヨーロッパ第2の港で、都市圏の人口は約123万人。約180の国籍の人々が暮らす国際色豊かな街だ。
世界のダイヤモンド取引の中心地としても知られ、中央駅のすぐ隣にダイヤモンド地区が広がる。2012年時点で世界の原石の約84%がここを経由していたとされる。
画家ピーテル・パウル・ルーベンスが暮らした街でもある。旧市街の聖母大聖堂はベネルクスで最も高い123メートルの塔を持ち、内部にはルーベンスの『キリスト昇架』『キリスト降架』が飾られている。ルーベンスが1610年に購入して住居兼工房とした家は、1946年から「ルーベンスの家」として公開されている。
ボサウィルがあるのは市の東部、ドゥールネ地区。約8.4万人が暮らし、130ヘクタールの公園リヴィーレンホフがある。
1923年11月1日に開場した、100年以上の歴史を持つ本拠地。名前は近くにあった庭園「ボスハウル」に由来する。こけら落としはベルギー対イングランド(2-2)で、イングランドが欧州大陸で初めて勝てなかった試合となった。1936年の増築で収容は約5万700人に達し、1946年から1968年にはベルギー対オランダの「低地諸国ダービー」が21回行われた。EURO1972の準決勝(西ドイツ対ベルギー)の舞台にもなっている。
2017年以降は段階的に建て替えが進み、メインスタンド(トリビューン1、5,600席)はわずか20週間で完成した。7,500席のトリビューン4にはクラブのアカデミーが入る。2025年5月に長く使われていなかった東スタンドを取り壊し、同年12月に仮設スタンドが完成して、収容人数は約1万6,000人から約2万1,000人に増えた。クラブ公式サイトでも「ボサウィル(Bosuil)」の名で呼ばれている。
アントワープの育成部門で、ボサウィルの新スタンド(トリビューン4)に拠点を持つ。代表的な出身選手は、2018年から下部組織で育ったアルトゥール・フェルメーレン。2022-23シーズンの2冠に主力として貢献し、2023年のバルセロナ戦で先制点を決めたのち、2024年1月にアトレティコ・マドリードへ移籍した。
主な出身選手: アルトゥール・フェルメーレン
ボサウィルではかつてベルギー対オランダの代表戦が何度も行われ、その熱気から「ドゥールネ北の地獄」の異名がついた。リーグ優勝を決めた2023年、三好康児も別れのあいさつでクラブを愛称「グレート・オールド」と呼んでいる。
最大のライバルは同じ街のベールスホット。1900年にアントワープの選手の多くがベールスホットへ移ったことに始まる因縁で、両者の対戦は「街のチーム(Ploeg van 't Stad)」の座を争うダービーとして、たびたび騒動も起きてきた。
日本からはブリュッセル空港が玄関口になる。全日空が成田との直行便を運航しており、空港駅からはアントウェルペン方面への直通のインターシティ(IC)列車が出ている。
スタジアムへは路面電車5番線で「Deurne - Antwerp Stadion」停留所、またはバス19番で「Deurne - Bosuilplein」停留所へ。自転車置き場は試合中も係員がいる。車の場合、スタジアム敷地の駐車場はシーズンチケット保持者専用で、徒歩圏のゴッセリン駐車場(3人以上の乗車で無料)を使う。
チケットは公式サイト経由のオンライン販売のみで、試合前日まで(完売まで)購入できる。試合当日の販売はない。最新情報はクラブ公式サイトのチケットページで確認したい。
クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。