Southampton Football Club
イングランド南部、タイタニック号の出港地として知られる港町サウサンプトンを本拠とするクラブ。教会の青年会から生まれたことから「セインツ(聖者たち)」と呼ばれ、1976年にFAカップを制したほか、ギャレス・ベイルやアラン・シアラーらを育てたアカデミーでも名高い。吉田麻也が7シーズン半にわたって守備を支えたクラブで、現在は松木玖生が在籍し、2026-27シーズンはチャンピオンシップ(2部)でプレミアリーグ復帰を目指している。
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2026-27シーズンのチャンピオンシップで7位(24チーム中・勝ち点24)順位表 →
今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。
始まりは1885年11月21日、セント・メアリー教会の青年会(St. Mary's Young Men's Association)のサッカーチームとして生まれたこと。1894年にサザンリーグへ「サウサンプトン・セント・メアリーズ」として加わり、1896-97シーズンにリーグを制したのを機に現在のサウサンプトンFCとなった。サザンリーグでは6度優勝し、1900年と1902年にはFAカップ決勝にも進んだが、いずれも敗れた。
1920年にフットボールリーグの3部に加わり、翌シーズンに昇格。長く2部で戦った後、テッド・ベイツ監督のもとで1966年に初めて1部へ昇格した。1976年には2部のチームながらFAカップ決勝でマンチェスター・ユナイテッドを1-0で破り、クラブ史上最大のタイトルを獲得。ローリー・マクメネミー監督が率いた1983-84シーズンには、リヴァプールに勝点3差の2位というクラブ最高順位を記録した。
1992年にはプレミアリーグの創設メンバーとなり、2001年に103年間使った旧本拠地ザ・デルから新スタジアムのセント・メリーズへ移転。しかし2005年に降格してトップリーグ在籍27シーズンが途切れると、2009年には親会社の経営破綻で勝点10の減点を受けて3部(リーグ1)まで落ちた。スイスの実業家マルクス・リープヘルによる買収を経て2011年と2012年に2年連続で昇格し、プレミアリーグへ戻った。
復帰後はマウリシオ・ポチェッティーノ、ロナルド・クーマンといった監督のもとで躍進し、2015-16シーズンにはプレミアリーグで6位に入ってヨーロッパリーグ本大会への出場権を獲得。2017年にはEFLカップ決勝に進んだが、マンチェスター・ユナイテッドに2-3で敗れた。2022年1月には投資グループのスポーツ・リパブリックが株式の80%を取得している。
2023年に降格した後は、1年でプレミアリーグに復帰したものの2024-25シーズンに再び降格。2025-26シーズンはチャンピオンシップで4位に入り、FAカップでもアーセナルを破って4強に進んだ。昇格プレーオフ準決勝でミドルズブラに勝ったが、その後、対戦相手の練習をクラブのスタッフが偵察していたことが発覚。EFLからプレーオフ追放と2026-27シーズンの勝点4減点の処分を受け、異議申し立ても退けられた。
エンブレムエンブレムは、1974年にファンから公募したデザインがもとになっている(1990年代に手直し)。中央のボールの上に輪(後光)を描いて愛称の「セインツ」を表し、そのほかにサポーターを表すマフラー、ニュー・フォレストやサウサンプトン・コモンを表す木、川と海が交わる街の地形を表す波線、そして市の紋章から受け継いだ白いバラを配している。それ以前は市の紋章をそのまま使っていた。
愛称: セインツ(The Saints)
| シーズン | リーグ | 順位 | トピック |
|---|---|---|---|
| 2021-22 | プレミアリーグ | 15 | FAカップ8強[1][3] |
| 2022-23 | プレミアリーグ | 20 | 最下位で2部へ降格。リーグカップは4強[1][3] |
| 2023-24 | チャンピオンシップ(2部) | 4 | 昇格プレーオフ決勝でリーズ・ユナイテッドを1-0で破り、1年でプレミアリーグに復帰[1][3] |
| 2024-25 | プレミアリーグ | 20 | 菅原由勢の加入1年目(リーグ戦30試合1得点)。勝点12で、残り7試合の4月に降格が決まった。松木玖生はこの季、トルコのギョズテペへレンタル[1][3][19][21] |
| 2025-26 | チャンピオンシップ(2部) | 4 | FAカップ4強(準々決勝でアーセナルを破り、準決勝でマンチェスター・シティに1-2)。昇格プレーオフ準決勝を勝ち抜いたが、相手チームの練習偵察が発覚してプレーオフから追放された[3][4][5] |
右ウイングとして18年間プレーし、公式戦800試合以上に出場したクラブ最多出場記録の持ち主。1966年W杯で優勝したイングランド代表のメンバーでもある。[1][30]
2度の在籍で公式戦510試合185得点を挙げたクラブ史上最多得点選手。1976年のFAカップ優勝メンバーで、イングランド代表でも46試合21得点。[1][33]
2部のチームを率いて1976年にFAカップを制し、1978年に1部へ復帰。1983-84シーズンにはクラブ最高の2位に導いた。[2][31]
ハンブルクから加入した当時のスター選手。1981-82シーズンには公式戦30得点を挙げ、PFA年間最優秀選手に選ばれた。[29]
プロ生活のすべてをサウサンプトンで過ごし、公式戦540試合209得点。PKは48本中47本を決め、ファンからは「ル・ゴッド」と呼ばれた。ザ・デル最後の公式戦ゴールも彼の一撃だった。[27]
アカデミー出身。1988年4月、初先発のアーセナル戦でハットトリックを決め、17歳240日のトップリーグ最年少ハットトリック記録を樹立した。1992年にブラックバーンへ移籍した。[14][28]
9歳でスカウトされたアカデミー出身。2006年に16歳でトップチームデビューを果たし、公式戦45試合5得点。2007年にトッテナムへ移籍し、のちにレアル・マドリードで世界的スターとなった。[14][32]
2020年1月にサンプドリアへ移った直後、7シーズン半を過ごしたサウサンプトンは居心地が良かったと振り返りつつ、出場機会が減ったことで葛藤があり、もう一度プレーしてキャリアの主人公になりたかったと語った。[26]
— 吉田麻也
加入時、名古屋からオランダを経てサウサンプトンへという同じ道を歩んだ吉田麻也を「自分のレジェンド」と表現。吉田から「家に住んでもいい」と連絡をもらったことや、南野拓実らからクラブで働く人たちの良さを聞いていたことを明かした。[20]
— 菅原由勢
2026年2月、本拠地でのQPR戦でチャンピオンシップ初ゴールを含む2得点を挙げた後、素晴らしい瞬間だったと喜び、エッカート監督が自信を与えてくれていると感謝を口にした。[23]
— 松木玖生
日本だと港町の下関市(約23.4万人)くらいの規模
ロンドンの南西約130キロ、イギリス海峡に通じる入り江サウサンプトン・ウォーターに面した港町。世界最大級のクルーズ船の母港で、1912年にはタイタニック号がここから処女航海に出た。1620年にはメイフラワー号もこの港から出航している。
入り江の形の影響で満潮が1日2回ずつ山を描く「ダブル・ハイウォーター」が起きることで知られ、大型船の出入りに有利な港として栄えてきた。第二次世界大戦の戦闘機スピットファイアが造られた街でもある。
中世の城壁がおよそ半分残り、北の門「バーゲート」が旧市街の入口に立つ。1952年に大学となったサウサンプトン大学を抱える学生の街でもあり、気候は温暖な西岸海洋性。1976年6月には英国の6月の最高気温記録となる35.6度を観測した。
市の中心部に近いノーサム地区のガス工場跡地に、総工費3,200万ポンドで建てられた全席着席のスタジアム。1999年12月に着工し、2001年8月に開場した。ボウル型の造りで、ホームサポーターの中心は北側ゴール裏のノーサム・スタンド。東側のイッチェン・スタンドはその名のとおりイッチェン川に面している。
観客動員記録は2012年4月28日のコヴェントリー戦の32,363人。イングランド代表の試合も2002年と2019年に開かれている。
1898年から2001年まで103年間使ったザ・デル(全席着席化後の収容は約15,000人)。それ以前はアンテロープ・グラウンド(1887-1896)とカウンティ・クリケット・グラウンド(1896-1898)を使っていた。
8歳から21歳までのチームを持つ育成組織で、イングランド有数の「選手を生み出すクラブ」として知られる。拠点のステープルウッド・キャンパスはサウサンプトン・ウォーターをはさんだ対岸のマーチウッドにあり、練習場には歴代のアカデミー出身選手の名前が掲げられている。U-21はプレミアリーグ2、U-18はU-18プレミアリーグで戦う。
1980年代のマット・ル・ティシエやアラン・シアラー、2000年代のセオ・ウォルコット、ギャレス・ベイル、アダム・ララーナ、2010年代のアレックス・オックスレイド=チェンバレン、ルーク・ショー、ジェームズ・ウォード=プラウズと、世代ごとに代表選手を送り出してきた。2014年3月のイングランド対デンマーク戦では、ショー、ララーナ、オックスレイド=チェンバレンの3人のアカデミー出身者が同時にピッチに立った。日本人では高岡伶颯がU-21に所属した。
主な出身選手: マット・ル・ティシエ、アラン・シアラー、ギャレス・ベイル、セオ・ウォルコット、アダム・ララーナ、アレックス・オックスレイド=チェンバレン、ルーク・ショー、ジェームズ・ウォード=プラウズ
「セインツ」の愛称は教会チームとして生まれたことに由来する。ホームの熱気の中心は北側のノーサム・スタンド。PKをほとんど外さず華麗なゴールを量産したル・ティシエは「ル・ゴッド」と呼ばれ、いまもクラブの象徴として語り継がれている。
最大のライバルは約30キロ東の港町ポーツマス。対戦は「サウス・コースト・ダービー」と呼ばれ、2026-27シーズンは同じチャンピオンシップで戦う。ホームのダービーは、チケットの購入資格がクラブ会員で過去に公式戦のチケットを買ったことがある人に絞られた。
日本からはロンドンの空港へ飛び、ロンドン・ウォータールー駅からサウス・ウェスタン鉄道の直通列車でサウサンプトン・セントラル駅へ。所要は最速で約1時間5分、平均で1時間40分ほど。
セントラル駅からスタジアムまでは歩いて約30分(約2.4キロ)。試合日は駅の南側(4番線側、ウェスタン・エスプラネード)から、スタジアム近くのブリタニア・ロードまでシャトルバスが出る。スタジアムに一般向けの駐車場はない。
ホームゲームのチケットは、まずクラブ会員(大人は年35ポンド)向けの先行販売枠で売られ、その後に一般販売が行われる。ダービーなど人気の試合では購入資格が絞られることもあるので、クラブ公式サイトのチケット情報で確認したい。
クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。