Royale Union Saint-Gilloise
ベルギーの首都ブリュッセルの南部、サン=ジルで1897年に生まれた古豪。戦前に11度のリーグ優勝を誇りながら半世紀近く下部リーグに沈み、2018年にブライトン会長トニー・ブルームが筆頭株主となってから復活、2025年に90年ぶりのリーグ優勝を果たした。三笘薫が欧州での第一歩を踏み出し、町田浩樹がベルギー杯の決勝点で110年ぶりのカップをもたらしたクラブで、2026-27シーズンはハーフナー・ニッキが在籍している。
📅 クラブ紹介(歴史・街・スタジアムなど)は2026年11月5日時点の情報です(出典34件)。試合・順位・今季成績は毎日自動で更新しています。
2026-27シーズンのジュピラー・プロ・リーグで2位(18チーム中・勝ち点26)順位表 →
今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。
1897年11月1日、サン=ジルのミディ広場(現在のヴァン・メーネン広場)で仲間たちが集まって創設された。ベルギーサッカー協会への登録番号(マトリキュール)は「10」。1900-01シーズンに2部で優勝して1部に上がると、1903-04シーズンに初のリーグ優勝。第一次世界大戦前までに7度の優勝を重ね、1905年には欧州の国際大会の先駆けとされるクープ・ファン・デル・ストラーテン・ポントスも制した。
1919年に現在の本拠地がある公園(パルク・デュデン)の麓へ移り、1923年に8度目の優勝。最も輝いたのは1930年代で、主将ジュール・パパールトのもと1933〜1935年に60試合無敗という今も破られていないベルギー記録を作り、3連覇を達成した。この記録から、クラブは今も「ユニオン60」と呼ばれる。通算11度の優勝は、1960年代にアンデルレヒトに抜かれるまでベルギー最多だった。
戦後はプロ化の波に乗り遅れた。1948-49シーズンに初めて降格し、1958-60年のインターシティーズ・フェアーズカップではASローマを破って準決勝に進んだものの、1963年に再び降格。1973年に1部を去ると1980年代初めには4部まで落ち、その後も約40年にわたって2部と3部を行き来した。
転機は2018年5月、ブライトンの会長トニー・ブルームが筆頭株主になったことだった(共同出資者のアレックス・ムツィオが2023年7月から筆頭オーナー)。2020-21シーズンに2部(ディビジョン1B)で優勝。2021年3月13日、48年ぶりの1部昇格を決めた。昇格1年目の2021-22シーズンにはいきなりレギュラーシーズン首位に立ち、ここから毎年のように優勝を争うクラブになった。
2022-23シーズンにはヨーロッパリーグで準々決勝まで進出。2024年5月9日のベルギー杯決勝ではアントワープを1-0で破り、町田浩樹の決勝点で110年ぶりにカップを掲げた。2024-25シーズンはプレーオフを無敗で駆け抜け、5月25日にヘントを3-1で下して90年ぶり12度目のリーグ優勝。2025-26シーズンには初めてチャンピオンズリーグのリーグフェーズに出場し、ベルギー杯ではアンデルレヒトとのブリュッセル決戦を延長の末3-1で制した。
愛称: ユニオン(L'Union) / ユニオニスト(Les Unionistes) / 老婦人(La Vieille Dame) / ユニオン60(Union 60) / アパッチ(Les Apaches) / 黄と青(Les Jaunes et Bleus)
| シーズン | リーグ | 順位 | トピック |
|---|---|---|---|
| 2021-22 | ジュピラー・プロ・リーグ | 2 | 48年ぶりの1部で、昇格組として初めてレギュラーシーズン首位。プレーオフでクラブ・ブルッヘに逆転された。三笘薫(レンタル)と町田浩樹が在籍[1][2][3] |
| 2022-23 | ジュピラー・プロ・リーグ | 3 | プレーオフ最終節の終盤に逆転負けして優勝を逃す。ヨーロッパリーグ8強(レバークーゼンに敗退)、ベルギー杯4強[1][2][3] |
| 2023-24 | ジュピラー・プロ・リーグ | 2 | ベルギー杯優勝(決勝で町田浩樹が決勝点)。レギュラーシーズン首位もプレーオフで1ポイント届かず。欧州はカンファレンスリーグのラウンド16[1][2][3] |
| 2024-25 | ジュピラー・プロ・リーグ | 1 | 90年ぶり12度目のリーグ優勝(プレーオフ無敗)。スーパーカップ初優勝。ヨーロッパリーグはノックアウトプレーオフでアヤックスに敗退[1][2][14] |
| 2025-26 | ジュピラー・プロ・リーグ | 2 | クラブ初のチャンピオンズリーグ本大会(リーグフェーズ3勝)。ベルギー杯優勝(決勝でアンデルレヒトに延長3-1)。レギュラーシーズン首位もプレーオフで逆転された[1][2][5] |
創設期から在籍したストライカー。1902-03と1903-04の2度、1部の得点王に輝き、初優勝からの黄金時代を支えた。[2][23]
1930年代の主将。60試合無敗の「ユニオン60」を率い、1933〜1935年のリーグ3連覇を果たした。ベルギーには彼の名を冠した「ジュール・パパールト杯」が残る。[1][5][24]
アンデルレヒトから移籍し、ユニオンで現役を終えたDF。引退後はベルギー代表監督(1958-1968)を経て、アンデルレヒトの会長(1971-1996)を長く務めた。[1][25]
2部時代に加入し、主将として2021年の1部昇格と昇格後の快進撃を牽引した中盤の柱。2023年夏にスタッド・ランスへ移籍した。[2][26]
ドイツ3部から加入し、2部優勝と1部昇格に貢献。昇格1年目の2021-22シーズンにリーグ得点王となり、ブライトンへ移籍した。のちにドイツ代表にも選ばれた。[2][27]
2部時代から5シーズンにわたってゴールを守った守護神。主将として2024年のベルギー杯と2025年のリーグ優勝を掲げた。[2][28]
在籍1年で2022-23シーズンのヨーロッパリーグ得点王(6得点、ラッシュフォードと並んで)。2023年夏にクラブ史上最高額とされる移籍金でレバークーゼンへ移った。[2][29]
ユニオンで現役を終え、U-21の指導を経てトップチームの監督に就任。1年目にスーパーカップと90年ぶりのリーグ優勝をもたらし、2025年夏にモナコへ引き抜かれた。[2][30]
加入直後の2018年、今はアンデルレヒトが大きなクラブになったが、ユニオンはブリュッセルでとても愛されている温かいクラブだと語った。取材中には街のカフェに貼られたユニオンのワッペンを指さしていたという。[19]
— 古賀俊太郎
ブライトン合流後、ユニオンでの1年を振り返り、優勝争いをしてレギュラーシーズンを1位で終えられたこと、欧州のサッカーに少しずつ慣れて成長を実感できたことを挙げた。プレーオフで勝てなかった悔しさも口にした。[17]
— 三笘薫
2023年秋の地元紙のインタビューで、文化やチームの考え方の違い、日本より格段に高い練習強度に適応するのは大変だったと振り返る一方、ベルギーの人たちのオープンさを評価。長期離脱中に仲間から「チームには君が必要だ」と声をかけられたことが支えになったと話した。[15]
— 町田浩樹
移籍が決まった2026年5月、ユニオンは欧州で大きな名前を持つクラブだと語り、31歳の自分にとって大きなクラブへ移る最後のチャンスだと受け止めていると話した。[21]
クラブ名の「サン=ジロワーズ」は「サン=ジルの」という意味。サン=ジルはブリュッセル首都圏地域を構成する19の自治体のひとつで、市の南部に位置する。北端にはベルギーで最も利用者の多いブリュッセル南駅(ミディ駅)があり、国際高速列車が発着する。住民の約半数(2025年に49.4%)がベルギー以外の国籍という多国籍な街で、ヴィクトール・オルタらが手がけたアール・ヌーヴォー建築の邸宅が点在し、その一部は2000年にユネスコの世界遺産に登録された。オルタの自邸は現在オルタ美術館になっている。
スタジアムがあるのは、南隣の自治体フォレ(オランダ語ではフォルスト)。緑豊かなデュデン公園の麓にあり、1938年完成のアール・デコ様式の町役場や、旧ビール醸造所を改装した現代美術館WIELS、コンサート会場フォレ・ナシオナルで知られる。
ブリュッセルは欧州連合(EU)の主要機関が集まる国際都市。ユニオンは南部の下町の住民に加え、EUの機関やNATOで働く人たちの間でもファンを増やしている。
デュデン公園の縁にある、100年以上の歴史を持つスタジアム。1919年9月14日、ACミランとの記念試合でこけら落としを迎えた。公園の麓にあることから当初は「スタッド・ド・ラ・ビュット(丘の競技場)」と呼ばれ、のちに元会長ジョセフ・マリアンの名が付いた。1920年のアントワープ五輪では、サッカー競技の3試合がここで行われている。
1926年の改修で建築家アルベール・カレワールトが手がけたアール・デコ様式の正面(ファサード)が完成。上部には彫刻家オスカー・ド・クレルクによるサッカーと陸上競技をモチーフにした7枚のレリーフが並び、2010年に文化財に指定された。2016年からの2シーズンは改修のため国立競技場(ボードゥアン国王競技場)を仮住まいとし、2018年8月に戻ってきた。
収容人数はクラブ公式で約9,000人(Wikipedia などは9,400人)。UEFAの基準を満たしていないため、欧州カップ戦のホームゲームはルーヴェンのデン・ドレーフやアンデルレヒトのスタジアムを借りて開催している。手狭になったことから、クラブはフォレ市内に自己資金で新スタジアムを建てる計画を進めている。
1919年以前はサン=ジルやユクルのグラウンドを転々とした。2016〜2018年は改修のためボードゥアン国王競技場を使用。
スタジアムは家族連れや子どもも多い、和やかで多様な雰囲気で知られる。応援の中心は東スタンドに陣取る2001年結成のウルトラス「ユニオン・ボーイズ」で、1967年結成の「レ・フィデル」など多くのファンクラブがある。クラブの歌は「ル・シャン・デ・ゴール」、ゴールが決まると「ヴァモス・ア・ラ・プラヤ」が流れるのがお決まりだ。
地元ブリュッセル出身の人気歌手アンジェルもスタンドで目撃されるファンのひとり。1938年の大ヒット喜劇『ボスマンとコプノル』は、ユニオンとダーリングというブリュッセルの2大クラブのライバル関係を題材にしている。
日本からはANAが成田とブリュッセル空港を結ぶ直行便を運航している(2025年8月の発表では、2026年3月から週3便に増便)。スタジアムへの起点になるブリュッセル南駅(ミディ駅)には、国際高速列車も発着する。
スタジアムの住所はフォレのブリュッセル通り223番地(Chaussée de Bruxelles 223)。ブリュッセル南駅からトラム82番で「Union」停留所へ行くのが便利で、トラム3・4番の「Albert」停留所や、中央駅方面からのバス52番「Union」停留所も使える。国鉄のフォレ東駅からは徒歩約15分。周辺は路上駐車の規制が厳しく、クラブは公共交通や自転車での来場を勧めている。
チケットはクラブの公式チケットサイトでアカウントを作って購入する(記名式・1回10枚まで)。リーグ戦はまず年間チケット保有者と有料会員「Union+」に優先販売され、一般販売は試合の1週間前から。試合当日の販売はなく、前日18時までに締め切られる。欧州カップ戦のホームゲームはルーヴェンのデン・ドレーフで開催されるので、会場をよく確認したい。
クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。