VfL Wolfsburg-Fußball GmbH
満員のフォルクスワーゲン・アレーナ。2015年10月、DFBポカールのバイエルン戦
ミッテルラント運河沿いに並ぶ VW のブランド・タワー(左)と発電所の煙突
街の名の由来になったヴォルフスブルク城
写真: VfLWolfsburgFußball(2015年)・CC BY-SA 3.0 de・Commons / Vanellus(2018年)・CC BY-SA 4.0・Commons / Ymblanter(2020年)・CC BY-SA 4.0・Commons(いずれもトリミング加工)
フォルクスワーゲン(VW)の本社と巨大工場がある企業城下町ヴォルフスブルクのクラブ。VW の工場チームをルーツに持ち、2008-09シーズンにはマガト監督のもとで初のブンデスリーガ優勝を果たした。その優勝メンバーだった長谷部誠と大久保嘉人に続き、2026年1月に加入した塩貝健人がクラブ史上3人目の日本人選手となり、2026-27シーズンはクラブ初の2部で1年での1部復帰を目指している。
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2026-27シーズンの2.ブンデスリーガで3位(18チーム中・勝ち点19)順位表 →
今季成績は2026-27シーズン(7月1日以降)の公式戦すべての合計です。
1945年9月12日、終戦直後の街で「VSKヴォルフスブルク」として創設された。前身は、フォルクスワーゲン工場の企業スポーツ団体として1944年までガウリーガ・オストハノーファーで戦ったチーム。創設直後に主力のほとんどが離れて「1.FCヴォルフスブルク」を作ったため、同年12月に現在の「VfLヴォルフスブルク」へ改称した。1954年にオーバーリーガ・ノルト(当時の1部相当の地域リーグ)へ昇格し、1991年と1992年にはオーバーリーガ・ノルトを連覇した。
1995年には2部所属ながらDFBポカール決勝に進出し、ボルシア・メンヒェングラートバッハに0-3で敗れて準優勝。1997年6月11日、ヴィリ・ライマン監督のもとで2部2位に入り、初のブンデスリーガ昇格を果たした。2001年1月にはサッカー部門が運営会社「VfLヴォルフスブルク・フースバルGmbH」として独立し、VW が過半数を持つ。長年VWの支援を受けてきた実績から、ドイツの「50+1ルール」(クラブ本体が議決権の過半数を持つ規則)の例外として認められている数少ないクラブの一つでもある。2002年12月には新本拠地フォルクスワーゲン・アレーナが開場した。
2007年に就任したフェリックス・マガト監督(スポーツディレクター兼任)のもとで、クラブは頂点に立つ。2008-09シーズン、グラフィッチ(リーグ得点王の28得点)とエディン・ジェコの2トップが合わせて54得点を挙げ、勝ち点69でクラブ史上初のブンデスリーガ優勝。2008年1月に加入した長谷部誠がリーグ戦25試合に出場し、2009年1月に加わった大久保嘉人も優勝メンバーに名を連ねた。翌2009-10シーズンにはチャンピオンズリーグに初出場し、ヨーロッパリーグでは準々決勝まで進んだ。
2014-15シーズンはケヴィン・デ・ブライネがリーグ新記録の21アシストを記録する活躍でリーグ2位に入り、DFBポカール決勝でボルシア・ドルトムントを3-1で破って初優勝。同年夏にはDFLスーパーカップも制した。2015-16シーズンはチャンピオンズリーグでベスト8に進出し、準々決勝でレアル・マドリーと対戦した(第1戦を2-0で勝ちながら第2戦で0-3)。その後は2017年(アイントラハト・ブラウンシュヴァイク)・2018年(ホルシュタイン・キール)と2年続けて入れ替え戦に回り、いずれも勝って残留している。
2025-26シーズンは監督交代が続き(パウル・シモニス→ダニエル・バウアー→2026年3月にディーター・ヘッキング)、16位で入れ替え戦へ。SCパーダーボルンとの入れ替え戦は第1戦0-0、第2戦は延長の末に1-2で敗れ、1997年の昇格から29年続いたブンデスリーガの座を失った。2026-27シーズンはクラブ史上初めて2.ブンデスリーガで戦い、3部のSCフェアルから招いたトビアス・シュトローブル監督が指揮を執る。ヘッキングはスポーツ部門の責任者(ゲシェフツフューラー・シュポルト)に就いている。女子チームは欧州屈指の強豪で、2013年と2014年にUEFA女子チャンピオンズリーグを連覇している。
エンブレムクラブカラーは緑と白。2002年から24年間は、胸壁(ツィンネ)のない現代的な「W」のエンブレムが使われてきたが、2026年5月9日、ホームのバイエルン戦を前に、城の胸壁をかたどった伝統の「ツィンネン紋章」を現代風にした新エンブレムへの回帰が発表された。胸壁つきのデザインは2002年まで使われていたもの。ユニフォームの製作には約2年かかるため、まず特別ユニフォームから導入し、通常のユニフォームに新エンブレムが付くのは2027-28シーズンから。
愛称: ヴェルフェ(Die Wölfe=狼たち) / ヴァイスグリューネン(Die Weißgrünen=白と緑)
| シーズン | リーグ | 順位 | トピック |
|---|---|---|---|
| 2021-22 | ブンデスリーガ | 12 | チャンピオンズリーグはグループステージ最下位で敗退。シーズン途中にファン・ボメル監督からコーフェルト監督へ交代[1][2] |
| 2022-23 | ブンデスリーガ | 8 | ニコ・コヴァチ監督の1年目[1][2] |
| 2023-24 | ブンデスリーガ | 12 | 2024年3月にコヴァチ監督からハーゼンヒュットル監督へ交代[1][2] |
| 2024-25 | ブンデスリーガ | 11 | シーズン最終盤の2025年5月にハーゼンヒュットル監督を解任[1][2] |
| 2025-26 | ブンデスリーガ | 16 | 塩貝健人が1月に加入。入れ替え戦でパーダーボルンに敗れ(0-0、延長1-2)、29年ぶりに1部から降格。DFBポカールは2回戦敗退[2][3][4] |
2001年12月に加入し、約6年でブンデスリーガ149試合57得点。1部定着期の2000年代前半を支えたストライカーで、現在もクラブのリーグ通算得点で上位に名を残す。[2][23]
2007年に監督兼スポーツディレクターとして就任し、2008-09シーズンにクラブ初のブンデスリーガ優勝を達成。長谷部誠をドイツへ呼んだ指揮官でもある。2011年3月に復帰し、2012年10月まで再び指揮を執った。[2][19]
優勝した2008-09シーズンにリーグ25試合で28得点を挙げて得点王となり、ドイツ年間最優秀選手に選ばれた。バイエルン戦で決めたヒールシュートはドイツの年間最優秀ゴールに選ばれている。[8][20]
公式戦142試合85得点でクラブ史上最多得点、ブンデスリーガでも66得点でクラブ最多。優勝シーズンはグラフィッチと強力2トップを組み、2009-10シーズンには22得点で得点王に輝いた。[1][2][21]
2008年1月に加入し、ブンデスリーガ259試合に出場した守護神。2009年のリーグ優勝、2015年のDFBポカール優勝とスーパーカップ制覇のすべてを経験した。[2][22]
2014年1月にチェルシーから加入。2014-15シーズンにリーグ新記録の21アシストを記録してリーグ2位とDFBポカール優勝に導き、2015年のドイツ年間最優秀選手に選ばれた。同年8月にマンチェスター・シティへ移籍。[2][24]
AZから加入し、公式戦144試合70得点。ブンデスリーガ59得点はグラフィッチと並んでクラブ歴代2位タイの記録。[2][25]
2009年にディナモ・ドレスデンの下部組織から加入し、2011年に17歳でクラブ史上最年少のトップチームデビュー。2022年から主将を務め、ブンデスリーガ400試合出場でクラブ最多出場記録を持つ。2015年のDFBポカール優勝メンバーでもある。[2][26][27]
ドイツ北部、ニーダーザクセン州の東部にある街。州都ハノーファーの東約75キロ、ブラウンシュヴァイクの北東約26キロに位置し、ベルリンまでは約230キロ。街の中心を東西にミッテルラント運河が流れ、北岸に工場、南岸に市街地が広がる。
歴史は新しく、1938年7月1日にフォルクスワーゲンの工場で働く人々のための計画都市「KdFワーゲン市」として誕生した。終戦直後の1945年5月、近くにある城の名を取って「ヴォルフスブルク」と改称。城は1302年に貴族バルテンスレーベン家の居城として記録に初めて登場する。1972年には周辺の町村との合併で人口10万人を超えた。
現在も VW の本社が置かれ、約6.5平方キロの工場は2022年にテスラの工場ができるまで世界最大の工場だった。運河沿いの「アウトシュタット」は2000年に開業した VW のテーマパーク兼納車センターで、新車を収める高さ48メートルのガラスの「アウトトゥルム」2棟や自動車博物館「ツァイトハウス」がある。ザハ・ハディド設計の科学館「ファエノ」、1994年開館のヴォルフスブルク美術館も見どころ。
1961年以降、工場の労働力として多くの外国人労働者を受け入れ、とりわけイタリアからの移住者が多い。イタリア国籍の住民は約4,800人と現在も最大の外国人グループで、住民の4割強が移民の背景を持つ。アイスホッケーのグリズリーズ・ヴォルフスブルクもドイツのトップリーグ(DEL)で戦う。
ミッテルラント運河に面した「アラーパーク」に建つサッカー専用スタジアム。2001年に着工し、19か月の工事を経て2002年12月13日に開場した。こけら落としの VfB シュトゥットガルト戦は1-2で敗れている。総工費は5,300万ユーロ。VW の工場やアウトシュタットにも近い。
収容は座席23,568席と立ち見5,349人分。2011年の女子ワールドカップでは試合会場となった。
1947年から2002年まで本拠地だったVfLシュタディオン・アム・エルスターヴェーク(当初の収容21,600人)。メインスタンドは文化財に指定されている。
2008年に建設された育成センター(NLZ)で、U8からU19までの選手を育てている。U-19チームは2010-11シーズンと2012-13シーズンにドイツ王者になった。
トップチームの主将マクシミリアン・アーノルトは、2009年にこのアカデミーへ加わり、U-19ドイツ王者を2度経験してからトップチームに昇格した。
主な出身選手: マクシミリアン・アーノルト
公式ファンクラブは130以上。デンマークのエスビャウfBのファンと友好関係にあり、マスコットは狼の「ヴェルフィ」。公式アンセムは「イマー・ヌーア・ドゥー(いつも君だけ)」。
2026年5月には、2002年まで使われていた伝統の胸壁つきエンブレムへの回帰が発表された。クラブの監査役会長は、胸壁が一体感を生み、伝統を体現するものだと説明している。
ヴォルフスブルクはハノーファーの東約75キロ、ベルリンの西約230キロ。ヴォルフスブルク中央駅はハノーファーとベルリンを結ぶ路線上にあり、ICE が停車する(ただし通過する ICE も多いので時刻表の確認を)。駅は運河のすぐ南にあり、アウトシュタットや VW の工場はすぐそば。
スタジアムへは中央駅から徒歩で約15分。駅の正面出口を出て東へ向かう。車の場合はアラーパーク周辺の駐車場が使える。
チケットはクラブ公式のオンラインショップ(チケットページ)で購入できる。
クラブ紹介は 2026年11月5日 時点の調査です。試合・順位・成績のデータ提供: API-Football。エンブレムはクラブの識別のために表示しています(権利は各クラブに帰属)。