サッカーの移籍市場には、「もし」という言葉がやたら飛び交う季節がある。
5月がそれだ。シーズンが終わりに差し掛かり、各クラブが夏の補強計画を練り始める。確定的な話はほとんどなく、代わりに「もし○○が移籍を望むなら」「もしクラブが手放すなら」という仮定の連鎖で市場は動き始める。
イル・マッティーノが伝えたナポリと久保建英に関する報道も、そういう「もし」の話だ。もし久保がスペインを去る決断をしたなら、ナポリは動く——という。
それでも、この「もし」には重みがある。
ナポリが久保の名前を以前からウィッシュリストに入れていたのは、単なる夢想ではないはずだ。コンテが求める選手のプロフィールに久保が合致しているということは、少なくともスカウティングの段階では具体的な評価が下されているということだろう。
ピッチで久保を見ていると、彼の何が評価されているか、ある程度は想像できる。スペースへの侵入の鋭さ、ボールを持った瞬間の判断の速さ、窮屈なゾーンでも消えない技術の確かさ。こういうアタッカーは、守備的なプレッシャーのかかるプレミアリーグ的な戦い方を好む監督には特に響く。コンテがナポリでどんな攻撃の形を作ろうとしているか、久保のプレースタイルはその答えのひとつになりうる。
久保は今、ちょうどキャリアの分岐点に立っている。
2022年からレアル・ソシエダに定着し、スペインでの4シーズンは彼の成長を確かなものにした。ヘタフェ、ビジャレアル、マジョルカと複数クラブへのローンを経て、ようやく「自分のクラブ」を得た選手が、次のステップをどこに見るか。
チャンピオンズリーグという条件がナポリの切り札になるという見立ては、確かに的を射ている。ソシエダがCLの舞台に定期的に立てるクラブかどうか、スペインの順位争いを見れば、その難しさは分かる。それに対してナポリは、今季もCLに出場している。欧州の大舞台を経験したい選手にとって、その差は無視できない。
ただ、もう一つ考えておかなければならない側面がある。
久保建英は6月のW杯を控えている。2回目となるW杯を前に、代表での立場も、クラブでの状況も、すべてが注目を浴びる時期だ。こういうタイミングで移籍話がこれだけ表に出てくること自体、久保という選手が市場でどれだけ高く評価されているかの証明でもある。
W杯はキャリアを動かすことがある。活躍すれば評価は上がり、複数のクラブが一斉に動き始める。逆に言えば、W杯の前後でマーケットの温度は急激に変わる。ナポリが「今から布石を打っておく」姿勢を見せているとしたら、それはW杯後の加速に備えた先手という見方もできる。
「もし久保がスペインを去る決断をした場合」——この言葉は、久保が現状に完全には満足していないかもしれないという含意を持つ。
明言はされていない。だが、毎年のように複数の有力クラブがアプローチを繰り返すという事実は、選手本人の姿勢とクラブの立場の間に、何らかの余白があることを示唆している。
ソシエダでの4年間が久保に与えたものは大きい。それは間違いない。しかし25歳のアタッカーが次のステップを求めるとしたら、それは裏切りでも何でもなく、ごく自然な野心だ。
ナポリの「もし」が現実になるかどうかは、久保自身の決断にかかっている。
移籍市場の「もし」の連鎖は、最終的には選手一人ひとりの意志の話に落ちていく。
